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79.天性の荒神

ご覧いただきありがとうございます。

「………」


 どういうことだろうと、明香は寸の間考えた。確かに、橙日帝は次元が違うほどに大きく酷烈な気を放つことで畏怖されているが――


「あの、神は皆様そうですよね。どの神も和神と荒神の二面をお持ちなのでは……」

「父上は特殊でいらっしゃるんだよ」


 頬をかきながらティルが言う。これまでよりも若干神妙な顔付きに変わっていた。


「通常の神は、普段は穏やかな和神の状態だよね。で、怒りとか苦しみとかが高まった時だけ激しい荒神になる」


 荒神化した場合、神威の強さや大きさは和神状態とは比較にならぬほど激増する。


「だけどごくまれに、普段から荒神の状態である神が存在するんだ。そういう神は、通常の神が荒神化するより遥かに荒々しく強大な神威を標準で纏っていて、素の状態でも通常の荒神を圧倒する」


(それは……大変じゃない?)


 仲睦まじい皇国と帝国が統べるこの世界では、属国同士の小競り合いくらいしか争いが起こらない。だが、戦争がほぼないにも関わらず戦力や軍事力が衰退しないのは、荒ぶる神へ対応しなければならないからだ。

 

 畏敬の対象である神そのものへの手向かいはせずとも、激しい神威や神使による間接的・副次的な被害には対処をしなければならない。むろんそれは命がけの行為であるため、必然的に鍛えられるのだ。

 とはいえ、それらは対症療法でしかなく、御威を持つ者が怒れる神を宥めなくては根本的な解決はできない。人は神には勝てない――荒神というのはとても恐ろしい存在なのだ。


 そんな荒神すら素のままでひねり潰せるのが、「普段から荒神の状態である神」なのだという。

 ラウがティルの言に続ける形で口を開いた。


「それだけでも一線を画して最強だというのに、そのような神はそこからさらに荒神化をすることもできる。いわば二重の荒神化だ。そうなればもはや手が付けられない。それこそ地上の世界など容易く焦土にしてしまうだろう。対処できるのは皇家や帝家くらいのものだ」

「そして父上は――そういう神なんだよ。無上の神威を持つ至高神にして、常から荒神である神なんだ。底なしの荒ぶる力を自由自在に、この上なく豪快かつ繊細の極みで使いこなされる」


 ラウに続いたティルの説明に、明香の口がぱかっと開く。紅茶碗に伸ばしかけていた手が途中で止まってしまうが、それどころではない。

 テアが小さく頭を振った。


「その力は、同じ天威師の私たちから見ても絶対的かつ異次元の一言に尽きる。正真正銘、誰も太刀打ちできない――それどころか相手にすらならない。わざわざ二重荒神化などせずとも、通常のままで他の全てを圧倒する。唯一対等に渡り合えるとすれば……」


 最初は説明調だった言葉は徐々に独白のようになり、ふつりと途切れてしまったため、最後に何と言おうとしていたのかは分からなかった。

 ミアが静かに深呼吸してから言う。


「その規格外の力こそが、絶対の命令権を有する所以(ゆえん)ですわ。帝家と皇家の者は自身が有する特性には耐性があります。真帝族同士は互いに命令できませんの。……通常なら」


 付け足された一音は、例外もあるのだと暗に示唆していた。それを明確な言葉として補足したのは高嶺だ。


「だが、父上に関しては違う。余りにも規格外すぎる力をお持ちのため、真帝族すら事もなく支配下に置くことができる。正しく特別なお方だ」


 言い切ってから、纏う空気をふわりと緩める。同時に浮かべたのは、絶大な信頼に満ちた眼差しだ。


「だが父上は荒神とは思えぬほど慈悲深い。私たちのことはよく上出来だと褒めて下さるし、滅多にお叱りにもならない。少し前、帝城で合奏させていただいた際に音を外してしまい、父上の演奏を乱してしまったが、優秀なお前でもたまにはそういうこともあるだろうと笑って流して下さった」

「あーそれ、サロンにあるピアノでしょ? 母上が調律なさってるやつ。調子が悪いかもしれないからまた見てもらうって仰ってたよ」


 合いの手を入れたティルに、高嶺は微笑んで答える。


「そうでしたか。父上の前ではきちんとするように、礼を失さぬようにと母上に常々言い含められておりますので、音程を間違えた際はご不快にさせてしまったかと気を揉んだのですが」

「うん、俺たちもよく言われる。母上もそんなに神経質になられなくてもいいじゃんねぇ」

「父上は滅多なことでは失敗なさらないからな。だが寛容なお方ゆえ、明香も案ずることはない」


 安心していいのだと告げるラウに、明香は頷いた。高嶺たちが心から信頼している父なのだ。きっといい人なのだろう。きっと心配は要らないのだろう。そう思える。


「はい。皆様を、皆様のお父様を、私の大事な家族を――私は信じます」


 もう一度首肯して言うと、帝家の面々がほっとした顔をした。

 ティルがふんわりと相好を崩し、どこかあどけない笑みをこぼす。


「ああ、良かった……ありがとう明香」


 ラウも僅かに頰を染め、とても嬉しそうな顔をしている。テアとミアはうっすら涙ぐんでいた。

 その様子を見て、ふと思う。


(もしかしたら、本当に不安だったのはお義兄様方の方だったのかも……)


 自分の良くない部分も含めた姿をきちんと曝け出して明香と向き合い――その結果、もしも信用してもらえなかったら。もしも恐怖されたら。万が一嫌われたら。その可能性を考え、内心では相当気を揉んでいたのかもしれない。


(多分、お義兄様方にとって家族は特別な存在。自分の身内として受け入れた人に拒まれたら、ものすごく傷付く。そういう人たちなんだ)


 彼らは己の家族とその予備軍をとてもとても大切にする。あれだけのことをし続けたメイリーアンですら、家族になる予定の者だからとぎりぎりまで見捨てなかったほどだ。


(もちろん単なる善人じゃないだろうけど。怖い面、非情な面、理不尽な面……色んな顔を持ってるはず。でも、それは誰でもそうだし、当然のことだから)


 それに、今のひと時で見せてくれた優しい面もまた、まごう事なき本物であるはずだ。


(これから先、色々な部分を見ることになっても――私はきっとお義兄様方を信じられる。どうしてもおかしいと思うところはきちんと話し合って、時には意見を戦わせながら……一緒に歩いて行ける)


 一人ではなく皆で一緒に進める。互いに手を取り合って、共に。心の中でそう呟いた時。


「兄上、義姉上方、そろそろお時間が……」


 部屋の空気がほんわりと柔らかくなったところを見計らったように、高嶺がそっと切り出した。


(そうだ、もう時間が押してたんだ!)


 明香も含め、皆の表情がさっと切り替わる。


「ああ、そうだな。――さて、それでは私たちは遷都の儀の調整に入らねばならない。折良く話もひと段落したところであるし、名残惜しいが茶会は終了だ。テア、ミア、明香にも手伝ってもらうことが出てくるゆえ、また追って連絡する」


 ラウの言葉に、太子妃たちはそれぞれ応えを返す。


「どーんとお任せ下さい!」

「承知いたしましたわ」

「頑張ります!」


 続けて、ティルがテアとミアを見る。


「二人ともこの後は空いていたよね。申し訳ないけれど、俺と兄上が行う予定だった決済の政務を代行してもらえないかな。高嶺と都合が合う今のうちに遷都の儀の話し合いを詰めてしまいたいんだ」

「ええ、もちろんですとも」

「うふふ、何でもお申し付け下さいな」


 テアとミアが二つ返事で引き受ける中、明香は高嶺を見た。


「ということは、高嶺様は残られるのですよね。私、先に帰った方がいいでしょうか」

「そうだな。一度宮に戻り、顔を見せてやれば女官長たちも安心する。何しろ今朝から大変だったゆえ」


(うん、メイリーアンさん扮したアーネリアさんが私を連れて行っちゃったもんね)


 宮の者には高嶺が説明してくれたとのことだが、それでも佳良たちは心配していることだろう。


「ありがとうございます。では、お先にお暇させていただきます」


 見送ってくれるつもりなのだろう、ラウたちも席を立つ。


「ラウお義兄様、ティルお義兄様、テアお姉様、ミアお姉様。今日はありがとうございました。お会いできてとても嬉しかったです」


 そう述べた明香は、最後にお辞儀しようと身動ぎした。

 しかし、それに先んじてラウとティルが動く。すっと滑るような自然な動作で明香の前に出た。そして、二人ともに胸に手を当てて跪き、まずはラウが一礼してから立ち上がると――すらりとした指でそっと明香の髪を絡めとり、口づけた。


生生世世(しょうじょうせせ)、あなたをお護りする。我が宝玉」


(……え)


 理解が追い付かず頭を真っ白にしている間に、ティルも兄と同じく一礼すると、髪に唇を当てる。


(……きゃー!?)


 数拍の後、明香の頭からぼふんと煙が上がった。


「お、お義兄さ……っ」

「あはは、ごめんねぇ。びっくりさせちゃった」

「明香は私の宝玉となったゆえ、それに応じた挨拶をと思ったのだ。ティルも同じ考えだったようだな」

「え、あっ、ほうぎょく。――宝玉!?」


(私が!?)


 帝家の者に自身の宝と認識される、選ばれし者。


(家族か相当特別な関係にある人じゃないと宝玉になんかなれないのに)


 確かに明香は彼らの家族だが――自分など分不相応ではないかとの思いが渦を巻く。そんな不安を軽やかに払しょくするように、ラウとティルが微笑んだ。


「そなたの魂は暖かく美しい。その輝きを心底愛しく思う」

「宝物にして愛でたいなぁって思ったんだよ、心から」


(お義兄様)


 明香がラウとティルを信じたように、彼らの方も明香を真に受け入れてくれたのだ。


「――ああそうだ。最後に、西の御子の件だが」


 明香が顔を真っ赤にしていると、唐突にラウが重要事をねじ込んできた。


「は、はい」


 一気に熱が引いた。ひとまず意識を切り替え、明香は耳を傾ける。


「天蜜を少し増やそうと思う」


 快晴の瞳を明香に据え、静かな面持ちで告げる。


「メイリーアンが変わったように、西の御子とて自省すれば変わるやもしれぬ。そうすれば神々の心象も上方修正される可能性はある。だが現状のままでは、天蜜不足の苦痛に思考が埋め尽くされ、己を省みるどころではない。変わる機会を得られないまま無期刑を受けさせられるというのは些か酷であろう」


 天蜜がなければ自身の維持が覚束なくなることに関しては、西の御子の咎ではなく皇家の特性なのだから、と呟き、ラウはティルと顔を見合わせて頷き合った。

 テアが明香に向かって力強く微笑む。


「西の御子にはこれから茨の道が待っている。けれど、きちんと刑を受けて償って、(みそぎ)を終えれば――きっと来世では、彼女を大切に想う人々の魂と再び縁を結べるだろう。彼女には両親や祖父母、帝家の対など、彼女を大事にしてくれる人たちがちゃんといたから」


 ただ人の場合、一部の例外を除けば生まれ変わる際に前世の記憶を失くし、魂を真っ白にする。従って、来世の花梨は正しくは花梨ではない別の人間だ。


 ――だが、それでも同じ魂と根幹を持つ。


 そして、例え一度白紙に戻った魂でも、奥の奥に蓄積した縁や絆、業は残る。記憶が無くても、覚えていなくても、最奥に刻まれた愛情や繋がりは、きっと彼らをもう一度結び付けてくれるだろう。


「兄上方ならびに義姉上方のお慈悲に感謝申し上げます」


 高嶺が深く頭を下げた。

 僅かではあれど光明が差したことに、明香も顔を輝かせて義兄二人を見つめた。


「本当にありがとうございます、お義兄様!」


 ラウとティルがどこか面映ゆそうに目を細める。心が少し軽くなったまま、彼らが開けてくれた扉を開いて外に出ると、しんと静まり返った廊下には誰もいなかった。


「それでは失礼させていただきます」


 辞去の挨拶を述べると、義兄たちは端整な面差しをふっと和ませた。


「明香。繰り返しになるが、私たちはいついかなる時もそなたらの味方だ。我ら真帝族は真皇族を抱く剣と盾。真皇族が願うこと望むこと、全てを叶える」

「どんなことでもいい、何でもいいから、困ったことがあったら頼ってね」


 ラウに続き、ティルも紺碧の海の眼に力強い光を灯して言う。一歩下がったところにいるテアとミアも、優しい視線を注いでいた。


「はい、お義兄様」


 応えた明香が微笑み返そうとした、その時だった。


 何の前触れもなく、全身の毛穴が開くような恐怖が脳天を直撃し、一瞬で足の爪先まで駆け下りた。

ありがとうございました。

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