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69.茶会の始まり

ご覧いただきありがとうございます。

(わぁ、すっごくいい感じの部屋)


 淑やかな所作で衣を捌き、案内された一室に足を踏み入れた明香は、内心で歓声を上げた。


 帝国分庁にて帝国太子たちとの茶会会場として用意されていた部屋は、広すぎず狭すぎず、落ち着いた色合いの調度で統一されていた。

 窓から燦々(さんさん)と陽射しが降り注いでおり、冬であっても暖かな陽だまりができている。


「皇女、こちらへどうぞ」


 ラウとティルが慣れた動作で椅子を引き、大きな円卓の椅子を引いて明香を座らせてくれる。

 卓には帝国の茶菓が山と乗っており、一口で食べられるような小ぶりな焼き菓子や小さく切り分けた軽食、果物が中心だった。


「座っててね。今日はこっちがホスト――お招きした側だから」


 てきぱきと茶の用意をしているティルが言う。熱い湯が白煙と共に丸い茶器に注がれると、さっぱりとした柑橘系の香りが部屋を満たした。茶葉と混ざり合った透明な湯が、みるみるうちにこっくりとした琥珀色に染まっていく。


「これは蜜柑の着香茶だ」


 明香の視線に気付いたラウが穏やかに教えてくれる。そしてすぐに続けた。


「いや、皇女は帝国の言語や文化に精通しているようだから、皇国語で言う必要はなかったかな」

「はい。蜜柑の着香茶――オレンジのフレーバーティーですね。帝国語の単語はどうぞ帝国語のままでお話し下さい。私もそのようにさせていただきます」


(すっきり飲めそうなお茶で助かった~)


 内心で胸を撫で下ろしながら即答すると、ラウたちは満足そうに頷いた。

 湯気を立つ茶が人数分並べられ、ラウ、テア、ティル、ミア、高嶺、明香の順で丸い卓を囲んで着席すると、茶会が始まる。


「このチョコチップクッキーが美味しいんだぞ。あとブルーベリーのマフィンと、クリームチーズケーキと、いちごとクリームのサンドイッチと、マスカットゼリーと……」

「明香は甘いものが好きでしょう。たくさん召し上がってね」


 テアとミアが取り皿に菓子を盛りつけてくれる。とても美味しそうだが、たくさんは取りづらいと思っていた明香は目を輝かせる。


(やったー!)


「ありがとう、お姉様」


 ぱぁっと微笑む明香を、卓に頬杖を付いたティルがにこにこ眺めている。


「明香はかわいいなぁ。あ、名前で呼んでいい?」

「はい」

「形代越しではなく実際に会ってみたいと、ずっと思っていた」

「――形代?」


 続いてかけられたラウの言葉に首を傾げると、二人の義兄は微笑んだ。


「君の周りにいた人たちの中には、こちらが手配した人員や形代が含まれていたからね」

「だからそなたのことは少し知っている。高嶺も幾度か形代を通じてそなたと関わっていた」

「そうだったんですか!?」


 白珠が関わっていたのだろうとは思っていたが、太子たちまで絡んでいたとは。


(じゃあ、高嶺様は前から私を知ってたんだ。どの人がその形代だったんだろう。後で聞いてみようっと)


 息を呑む明香に、ティルがくすくす笑う。


「近所の人の何割かは陛下の人員とか形代だったね。あと、君に勉強を教えた人も形代」

「あの先生もですか!? 人間そっくりでしたけど!」


(先生まで! ものすごく分かりやすくていい先生だったけど――陛下の使役だったんだ)


 皇国と帝国では、5歳から11歳までの初等教育は必須となっている。通学あるいは自宅学習の二通りがあり、明香は後者だった。講師資格を持つ者が、特別に格安の料金で指導を申し出てくれたのだ。家から通える教育施設が全て満員と言われ、頭を抱えていた両親は大喜びでそれに飛びついた。


 両親が困っているのを聞いた近所の人が世話を焼いてくれたというから、教育施設の状況も近所の者も教師も、おそらく全て白珠が裏でお膳立てしたのだろう。


(初等教育を修了してすぐ後に家が火事になったんだっけ)


 その後は、斎縁家にて愛情あふれる鬼教育が待っていた。


(……てことは私、初等教育の段階からずーっと、陛下にみっちり仕込まれ続けてきたってことかぁ)


「もしかして、お姉様方が斎縁家にいらっしゃったのも?」

「うん、私もミアも、明香に会うために斎縁家に行っていたんだよ」


 テアがにっこりと微笑みを浮かべる。


「ということは、私の出自は皆さまご存知だったのですね」


 どこまで知っていたのか、明香が皇家の者だということは承知の上だったのか、テアとミアに会えたら聞きたいと思っていたが――答えはやはり()だったようだ。


「――全部知っていたのに、当事者の明香に秘密にしていてすまなかった」

「あなたが覚醒するまで真相は伏せておくことにしていましたの」


 一瞬部屋が静まり返り、すぐにテアとミアが真摯な眼差しを向けてきた。


「そなた一人を仲間外れのようにして申し訳なかった。怒るなら遠慮なく怒ってほしい」


 高嶺が静かに言う。詰られることを受け入れている、穏やかに凪いだ瞳だった。ラウとティルも同様だ。


「い、いえ、全然怒ってませんから! 実際に力に目覚めるまで下手なことは言えないのは分かりますし。仮に事前に教えられていたとしても、余りに信じられないことですから――とても失礼ですけど、新手の詐欺じゃないかと疑って、不信感を抱いていたかもしれません」

「新手の詐欺……」


 ティルがやや呆然とした顔で呟く。きょとんと眉を下げた表情は、2~3歳幼くなったように見えた。明香は懸命に力説する。


「実際、覚醒してからも全然信じられなくて……神官になったことすら夢みたいで、皇女や天威師だと聞かされた時はなおさらでした」


 きっと何かの間違いだと自分に言い聞かせていた。唐突にお前は霊威師だ、いや天威師で皇女だと言われ、すぐに飲み込めるはずがない。


「皇家の佩玉に触って光ったこととか、高嶺様の直々のご説明とか、四大高位神様方との会話とか、天界の神様方とのやり取りとか、自分の体が紅く発光して虹色の光も出たとか、そういうことが全部そろってやっと納得できたんです」


 散りばめられた幾つもの符号が繋がり、結び付き、合わさった結果、何とか自分の素性を受け入れることができた。


「ですから、力に目覚める前はそっと見守って、導いて下さったやり方が私には合っていたんだと思います。ありがとうございます!」

「……ありがとう、明香」


 高嶺が、心からの想いが伝わるような声音で言葉を紡いだ。全部知っていたならもっと早く言ってほしかった、なのに皆でこそこそして――と非難されることも想定していたのだろう。


「いい子だねぇ、君」


 紅茶碗――帝国語ではティーカップと呼ばれている茶器を傾けながら、笑顔に戻ったティルが言う。行き届いた教育と修練を重ねてきたことが感じられる、洗練された仕草だった。


「話してるとさ、何か楽しくなるよ」


 浮かべている笑みは、官吏たちに向けていた仮面のようなものとは違う、くしゃりと微笑むような瑞々しいものだ。明香を見やりながら、ラウが同調した。こちらも瞳の奥に暖かな光を宿らせている。


「そうだな。それに、形代を通すより直に見た方がずっと美しい」

「そうでしょう」


 高嶺が素早く同意する。テアとミアも力強く頷いた。


「いいえ、私なんて別に……」


 慌ててぱたぱたと手を振る明香に、不意に表情を改めたラウが静かに告げた。


「明香。私たちはもう一つ、そなたに謝らねばならないことがある」

「え? 何でしょうか?」

「モンザート侯とメイリーアン嬢の不審な動きを、私たちは最初から察知していた。だが諸事情あり、あえて泳がせ様子を見ていた」


 申し訳なさがひしひしと伝わってくるような声音と表情だった。ティルも笑顔を引っ込め、再び神妙な顔になっている。


 自分たちはメイリーアンとカイシスのことに深く関われない、と告げたテアとミアの悔しそうな顔が浮かぶ。事前に止めずに泳がせていたのは、それが理由なのだろうか。


 テアとミアが眉を寄せて続けた。


「もちろん、決して目は離さないようにしていた。明香の手に余る状態になればすぐに助けに入ることができるように」

「けれど、明香は全て上手く切り抜けましたので――結果として長く侯爵の相手をさせることになり、負担をかけてしまいましたわ。皇女宮の女官たちも驚かせてしまったことでしょう。そちらは高嶺様が上手く収めてくれましたが」


 抗議と怒りを向けられるのを覚悟しているかのような皆の眼差しを順繰りに眺め、明香はけろりとした表情で頷く。


「あ、やっぱり分かってらしたんですか。そうなんじゃないかなって思ってました」


 今度はラウたちが瞬きする番だった。


「ここは帝城ですから、私の状況はお分かりだったんじゃないかなって。急に違う方の接待を受けるくらい、自力で乗り切りなさいということかなと思っていました」

「……冷たいとは思わなかったの?」


 ティルの問いには、何を仰ってるんだろうと思いながら首を横に振り、あっけらかんと笑った。


「いいえ、全然。皇族や帝族なら急に予定が変わることはあります。本番の公務の時にいきなりそうなって失敗するより、今日実習して学んでおく方がいいですよね。むしろいい練習台をもらったと思いました」

「練習台」


 ラウが繰り返した。淡い碧眼が愉快そうに細められる。


「帝国の上位貴族、モンザート侯爵家の当主を練習台扱いかぁ」


 ティルも笑いをかみ殺した表情でくくっと肩を震わせた。


(あ、今のは失礼な発言だったかも)


「す、すみません! そんなつもりで申し上げたのではなくて。つまりあの、私の経験値を上げるためにも、本番で失敗しないための実地研修をする意味でも、今日は貴重な機会を得られました」


 真帝族の掌中にある場所で、いざとなれば救援を求める余地がある状況で、皇女ではあれど一応は私人という身軽な立場の状況で、落ち着いて練習に臨むことができた。


「だから皆様が謝ることなんかないです。皇家や帝家では、綺麗事じゃすまない色々な事情や駆け引きもあると思います。私は皇女ですから、皆様と一緒に戦う立場です。ですからむしろ感謝したいくらいです。公務にそのまま使える経験をさせていただいてありがとうございます」

「明香……」


 テアとミアが目を潤ませてこちらを見ている。高嶺は黙したまま優しい顔をしていた。

 ラウとティルは黙って茶を一口飲み、ぽつりと言う。


「――そなたの魂は暖かいな。地下深くに佇んでいる者を、明るい日向に誘う力を持っている。だが歪みを知らない無垢ではない。清濁を呑み込み、影にも汚い面にも寄り添える器量を持っている」

「さっき君と話してると楽しいって言ったけど、ちょっと追加。前向きになれるよ、君の言葉を聞いてると」


(いや、褒め過ぎだから! お世辞って分かっててもむず痒いよ!)


 気分を落ち着けようと菓子を一口食べるが、喉に詰まってむせそうになる。何でもない顔をして堪え、優雅な所作で茶を飲んでしのいだ。

ありがとうございました。

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