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66.新しい家族と共に

ご覧いただきありがとうございます。

次話で第2章が終わります。

 瓦礫や破片が散乱したままの広間と中庭では、聞き取りと検分が行われていた。


「高嶺!」

「明香ー!」


 広間に足を踏み入れた途端、ラウとティルが一瞬で高嶺の側に移動してきた。明香もテアとミアにむぎゅっと抱き締められる。こちらに気付いた皆が平伏しようとしたが、ラウが制止して作業を続けさせていた。


「時間がかかってしまい、申し訳ございません」


 高嶺が上品な仕草で謝罪する。その手を取りながらティルが微笑んだ。


「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」


 同時に高嶺の顔色がさらに良くなっていくのを確認し、明香は安堵の息を吐いた。


(ティル様も天蜜を渡して下さってるみたい。良かったぁ)


 そっと周囲を見回すと、大勢の人々が慌ただしく行き交う広間の中には、高官と思われる豪奢な官服を来た者たちに対応しているライハルトとカイシス、そしてその横で俯いているメイリーアンの姿があった。メイリーアンの詐称や神器貸し出しの件で確認作業が取られているのかもしれない。


「…………」


 目礼して来たライハルトに視線で応え、胡散くさい笑みを浮かべているカイシスから目を逸らした明香は、さらに視線を巡らせた。


 扉が開け放たれたままの中庭では、フルードが幾人かの人々と話しているのが見える。相手はより濃い翠の法衣を着ているので、先輩神官たちだろう。神喚びで使っていた台座を前に、手振り身振りを交えて口を動かしているところを見ると、今回の件の説明や実況検分をしているようだ。


 なお、ここまで先導してくれたローアンとソフィーヌはいつの間にか脇に退き、壁の側で控えている。


「皇女。茶会の前に不足の事態が続いてしまったが、疲れていないか」


 状況をざっと把握したところで、ラウが労うように声をかけてきた。ティルも穏やかに微笑み、テアとミアは包み込むような眼差しを向けてきている。


「はい、大丈夫です」


 自分は一人ではないのだと、何度も言われた言葉が蘇った。多くの者が側にいて、支えようとしてくれている。じんと胸が熱くなるが、ラウを見た途端に実務的なことも思い出した。


(――あ、そうだ。忘れないうちに)


「あの、これ……。持って行ってしまいすみませんでした」


 袂から水晶の神器――淡色のあわいを取り出して手渡す。視界の端で、メイリーアンがはっとこちらを見たのが映った。


(きっと返して欲しいんだろうな。多分一番かそれに近いくらい大事なものだろうし)


 だが、今回の森の狼神の一件には、この神器が大きく関わっている。率直な表現をすれば、元凶と言ってもいい。ゆえに、例えメイリーアンの私物であっても、帝家の判断で証拠物件として一時預かりにすることはやむを得ない。


「ありがとう。――これはこたびの物証品であるゆえ、しばし帝家で預かる」


 ラウが水晶を受け取り、メイリーアンにも聞こえるように告げた。


「太子殿下の御意のままに」

「……承知いたしましてございます」


 ライハルトが即座に目礼し、唇を噛んだメイリーアンも渋々ながら頭を下げ、了承の意を示して来た。


「さて、そろそろ検分はひと段落かな。俺たちはこの後予定があるから、悪いけど後は任せていい?」


 ティルが壁際に控えたローアンとソフィーヌに声をかけると、二人は動じた風もなく微笑し、美しく一礼した。


「じゃあ頼んだよ。あ、今回は現場保存の必要もないし、もう片付けちゃっていいよね」


 パァン、とティルが手を打ち鳴らすと、紺色の波濤が半壊した中庭と広間を包み込む。その波紋が収まった時、破壊されていた部分はすっかり元通りに修復されていた。


「さぁ、茶会に行きましょう!」

「ですが……」


 意気揚々とテアが告げると、高嶺はちらとメイリーアンに目をやった。天威による遠視で広間の状況を把握していたのか、それともラウとティルが念話で逐一報告して経緯を承知していたのか――メイリーアンを気にしているようだ。

 明香も同様の思いだった。


(このまま行っていいのかな。メイリーアンさんは……)


 カイシスの横で所在無げに佇む彼女を見ると、ふとそんな感情が生まれる。


(メイリーアンさんにだって友人とか仲のいい人はいる、よね……? だって、護身用の霊具を持たせてくれる人はいたんだから)


 明香と高嶺が憂いを帯びたのをみとめたテアとミアも、見る間に表情を曇らせる。ラウとティルがすぐさま言った。


「彼女のことは気に留めずとも構わない」

「そうそう、何も気にしなくていいんだよ」


 ラウが軽く手を振ると、官吏たちの間を縫って進み出てきた帝国の法衣を纏う女性が、メイリーアンに近付いた。


「大公女様、参りましょう。イステンド大公邸までお送りいたしますので、自室にてお慎み下さい」


 女性に連れられたメイリーアンがとぼとぼと広間を出ていく。入り口で明香の方を見ると、申し訳なさそうな顔を浮かべて小さく頭を下げた。そして視線を滑らせ、ラウを見る。その瞳に宿る――息を呑むほどに深い後悔の感情と慙愧(ざんき)の念。


(ああ、何て……)


 圧倒されてしまいそうなくらい大きく切ないそれに、明香は束の間、呼吸を忘れた。


(何て悲しそうな顔をするんだろう、この人は……)


 高飛車で素行不良な女だという風の声。遠慮がちながらもそれを肯定した永樹。しかし、人は変われるのだとも続けた言葉。様々なものが脳裏を巡った。

 凍り付いている明香の様子に気付いた高嶺が言う。


「メイリーアン嬢はあの者に任せておこう。あの者は帝国の神官で、我が国で言えばそなたの女官長のようなものだ」


(つまり、帝国版の佳良様ってことか)


 ――ならば、きっと大丈夫だろう。


 あの女性のことを全く知らないにも関わらず、そう思えてしまう。それほどまでに佳良の存在は自分の中で大きくなっていたのだと気付いた。


 そうこうしている間にメイリーアンは退出し、嘲笑と冷笑を浮かべたカイシスがその惨めな姿を見送る。


(……やっぱりあの侯爵は好きになれない)


 明香は複雑な思いで唇を噛み締めた。なお、ライハルトは一貫して表情を崩さず、細かな胸の内は読み取れなかった。


「俺たちは予定通り、皇族方と茶会を行う。その間の取次や緊急案件の対応などは、あらかじめ取り決めておいた通りにするように」


 同時に、簡潔に告げられたティルの言葉が、この場を立ち去る合図となった。


「行こう、明香」


 高嶺が微笑して手を差し出してくる。


(さぁ、いよいよだ)


 明香は迷わずにその手を取った。


「はい、高嶺様」


 ラウたちがにこにことそれを見守っている。

 彼らから漂う和やかな空気が、明香を既に自分たちの身内として懐に入れているのだと教えてくれる。


(今からこの人たちとお茶会なんだ――私の家族と)


 これから側に在り、助け合い、支え合っていくことになる者たち。

 夫と義兄姉という新たな家族と共に、明香は茶会への一歩を踏み出した。


ありがとうございました。

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