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62.泰斗の指導

ご覧いただきありがとうございます。

明けましておめでとうございます。

今年も頑張って書いていきたいです。

「……きゃああぁぁ!」


 頭を抱えていきなり絶叫した明香に、残り少なくなった茶を飲んでいた泰斗がむせた。


「けほっ……どうしたの、明香!?」

「ど、どうしよう……太子殿下が……」


 明香は舌をもつれさせながら高嶺の提案を説明した。ふんふんと聞いた泰斗が小首を傾げる。


「事情は分かったけど、そんなに慌てることないんじゃない? できるようになったんでしょ?」

「いやそうなんだけど、本当に最低限にしか修得できてないの。天威を鳳凰の形にするところが上手くいかなくて。何ていうか、自分が鳳凰になるのとは違って、形代を創る感じだから難しくて……。その後の乗って飛ぶのは乗馬の応用でいけるんだけど」


 しゅんと俯き、明香は己の迂闊さを呪いながら呟いた。


贔屓目(ひいきめ)で見たら何とか鳳凰だと思えるかな、っていうくらいの鳥にしかできないの。どうしよう……それなりにできるなんて言っちゃ駄目だった。まだまだですって正直に言っておけば良かったのに」


 新婚の夫に対して、ほんの少しだけ見栄を張りたい気持ちがあったのだ。


(自主練したのは皇宮の敷地外にある修練場だから、高嶺様の天威が張り巡らされてないんだよね。だからご覧になってないはず)


 皇宮に隣接しているものの、その敷地からはぎりぎりで外れる修練用の広場がある。そこで練習したため、天威で視ていなかった高嶺はその出来がそれくらいのものか把握しておらず、明香の自己申告を信じてしまったのだろう。


「どうしよう、だって私失敗できないのに。みっともないところは見せられないの。なのに……。今からでも誇張でしたって殿下に謝って――」


 泣きそうな顔で言いかけた明香は、泰斗を見て口を噤んだ。泰斗は思いのほか優しい顔をしていたのだ。勉学や修練に関しては厳しい義兄だ、てっきり冷ややかな目をしていると思っていたのに。


「明香、落ち着いて。明香と太子殿下では、『それなり』の基準が違ったんだろうね。明香はまだ不十分なところはあっても、最低限の体裁が整えられるようになればそれなりにできるようになったと感じた。でも太子殿下は、それなりと聞いて、外できちんと見せられる程度まで修得したと思った」


 言葉の受け取り方や感じ方は人によって違うから、と泰斗は苦笑する。


「だから明香が謝ることはないよ。太子殿下も同じく。次からはきちんと細部まで確認してすり合わせをするように、二人ともが意識すればいいだけ」


 そして、さっと椅子から立ち上がる。


「明香がどうしてそんなに気負ってるのか気になるけど、それはひとまず置いておく。今回は僕が手伝うよ。太子殿下はもう少ししたら行くと仰ったんだよね。今から行く、じゃなくて。なら少なくてもまだ時間はある。練習できるよ」

「で、でも、今からちょっとだけ練習するくらいじゃ……」

「いいから早く」


 ぴしゃりと言い切った泰斗に押されるようにして、裏庭に出る。人気のない静かな庭には、深い緑の匂いが立ち込めていた。


「どうするの?」


 明香は不安気に泰斗を見る。


(手伝うって言ってくれたけど……いくら教えるのが上手くても、義兄様は御威を持ってないのに)


 だが、泰斗は至って落ち着いている。


「まずは苦手な部分をやってみて。天威を鳳凰にするところ」

「う、うん」


 明香は力を集中させ、両手を掲げた。虹色を帯びた紅の輝きが眼前で弾け、翼を持つ鳥となって顕現する。だが――。


(鳳凰じゃない、よね……)


 先程は、贔屓目で見れば鳳凰に見えると言ってしまったが、こうして確認するとそれも誇張だった。何とか鳥のようなものに見えなくもないよく分からないもの、が精々だ。


(緋日皇陛下の鳳凰はとっても綺麗だったって言われてるのに)


 初代の天威は、非常に穏やかで硝子細工のように華奢であったが、緋日皇はそれを変幻自在に操っていたそうだ。


(私のはこんな不格好な……)


 自分では全くそのような気は無いとはいえ、曲がりなりにも『初代の再来』と評されている身としては恥ずかしくていたたまれない。顔から火が出そうな思いで俯いたが、泰斗は呆れることも馬鹿にすることもなかった。明香が召喚した鳥もどきを真剣な眼差しで見遣り、うんと頷く。


「天威の調整が不十分だね。頭の中で思い浮かべている精緻な鳳凰像を上手く表現し切れていない」


 そして、明香の手に自身の手を重ねる。


「目を閉じて。僕がいいと言うまで絶対に開けないで。――開けたら本気で怒る」


 耳元で囁かれたいつもより一段低い声に、明香は慌ててぎゅっと目を瞑った。


「鳳凰を思い浮かべて。強く、はっきりと」

「はい」


 聞こえてくる指示通り、己の衣装に刺繍されている鳳凰を脳裏に描く。至近距離で寄り添う泰斗の髪先が、明香の頰をくすぐった。


(あ、義兄様の髪……相変わらず柔らかい)


 斎縁家にいた頃は、栄生たちの手が離せない時に、風呂上がりの泰斗の髪を乾かしていた。綺麗な布で丁寧に拭き上げ、ふんわりと乾いた髪に触れると、まるでもふもふの猫を撫ででいるように感じたものだ。


「その鳳凰を写し取るように意識しながら、天威を発動させる。細い筆状にした天威で、思い浮かべた鳳凰の輪郭をなぞっていく感じで。焦らなくていいよ。もし間違えたらそこからやり直せばいい。ゆっくりで大丈夫」

「はい」


 冷静に紡がれる声に従い、細く絞り込んだ天威を頭の中の鳳凰に這わせていくと、それを支えるように仄かな力が纏い付いた。繊細で美しく、優しく、だが一本芯の通った力だ。


 目を閉じている明香には見えていないが、淡い黄色味を帯びた白光が、虹の輝きを発しながら紅光に絡み、導いていた。


 時折揺らぎ、鳳凰の輪郭から逸脱しかけてしまう明香の天威を、その(てん)色の力がしっかりと補佐して矯正する。


「なぞり終わったら、この形を記憶に刻む。次からすぐに顕現させられるように」

「記憶に、刻む……?」

「そう。明香の天威は今、思い描いた鳳凰の形を細部まで写し取った状態になっている。この状態のまま、自分の意識を天威の隅々までしっかりと巡らせて、浸透させて」

「はい」


 集中し、発動中の天威に意識を流し込む。力と心が溶け合い、一つになって明香の中を巡った。脳裏の鳳凰に生命が吹き込まれ、優美な両翼を翻して舞う。紅光と共に在った黄白の光がふっとかき消えた。


「よし、目を開けて」


 肌を撫でていたふわふわの猫っ毛が離れる。満足気な泰斗の声に従って瞳を開いた明香は、小さく息を呑んで眼前を見つめた。見事な紅い鳳凰が、天の川のような煌めきを飛沫のように煌めかせながら、宙を揺蕩っていた。


「これが明香の鳳凰だよ。気品があってとても美しい。まるで朝焼けの光がそのまま鳥になったようだ」

「私の……」


 呆然と呟く明香に、泰斗は鳳凰を眺めながら頷く。


「形代っていうのは言い得て妙だったね。確かにこれは天威で使役を創るようなものだから」

「……」


 明香は黙って泰斗を見つめる。


(義兄様、何でこんなに御威の使い方を教えるのが上手いの? 陛下の関係者だから?)


 この斎縁泰斗という青年は、一体何者なのだろう。そういうことも、いつか全部話してくれるだろうか。


(……きっと時が来たら説明してくれる。だって、ちゃんと話すって言ってくれたもの。信じてるよ、義兄様)


 当の泰斗は明香の視線に気付いていない。その目はここではないどこか遠くを見ていた。そして、茫洋とした眼差しのまま呟く。


「ねえ、明香。滅多にないことだけど、形代にも心が宿る場合があるんだよ」

「心? ……自律思考するってこと? 御威の扱いに長けた人だと、自分で考えたり判断したりする形代も創れるんだよね」


 白珠や高嶺はきっとそのような形代を生み出せるはずだ。そう思いながら告げた答えだったが、泰斗の返しは否だった。


「ううん。自律思考とは違う。言葉の通り、形代自身に唯一無二の魂と意思が宿るんだ。人間や神と同じように。そして、己の信念と想いのままに、創造神から注がれた力を振るう。時には、創造神の意思を離れて自身が主と定めた別の神のために動くこともある」

「そんなことあるんだ」


 形代は己を創った神に忠実であるのが原則であり、感情や個我を持つことはない。だが、時には例外が発生することもあるらしい。


「そういう時、形代は消去される。主の言うことを聞かない使役なんか要らないからね。でも、もし――創造神が形代の権利を放棄して、さらに形代に慕われた別の神がその想いを受け入れれば。そうすれば形代は己を創造した神の麾下から外れ、主と定めた神の神使に昇格する。主神の眷属になれるんだ」

「へえ……」


(やぱり義兄様は何でも知ってるなぁ)


 改めて感心しつつ、明香はかつて習った知識をさらい出す。


「えーと、形代は神の道具で消耗品。でも神使は神の眷属で身内なんだよね」


 泰斗はぼんやりとした様子で軽く首肯した。明香の方は見ず、彼方に視線を向けたままで言う。


「そうだよ。だから同じ神の使役でも、形代と神使は全く違う。片やただの使い捨て、片や神族の一員」


 そして、誰に言うでもなく小さな声でひとりごちた。


「――私も……神使になりたいと願ったことはある……」

「え、何か言った?」


 聞き取れなかった明香が首を傾げてその顔を覗き込むと、はっとしたようにぱちぱちと瞬きし、仕切り直すように話を戻した。


「いや、何でもないよ。――まあとにかく。これでもう大丈夫。明香の天威と鳳凰、それに意識と記憶が全て繋がって一つになったから。今度からは、鳳凰を出したいと思って天威を発動させるだけで、意識が記憶に連結して、この鳳凰がすぐに喚び出せる」


 そして、鳳凰以外のものでも今回と同じ手順で出せるようになるのだと続けた。


「形を記憶する最初だけ少し時間がかかるけど、それも慣れてくればこつが掴めて一瞬でできるようになるから。慌てずにやればできるよ」

「うん、ありがとう義兄様」


 頷き、改めて鳳凰を見ると、その体躯は想像以上に柔らかい羽毛で覆われていた。


(触り心地が良さそう)


 自身を鳳凰と化した時も、もしやこんなにもこもこな姿になっているのだろうか。


(そういえば、陛下がお連れの褐色の鳥もふかふかだった)


 初代緋日皇の使役なのではないかと予測しているあの巨鳥は二羽存在するようで、一羽は天界の神々を宥める際、黄土色の不思議な生き物と共に明香を助けてくれた。


(あの黄土色の子もすごくもふもふころころしてたし――ん?)


 そこであることに気が付き、明香は泰斗を見た。


(そう言えば……)


 視線に気付いた泰斗が首を傾げて問いかけてくる。


「ん、何?」

「義兄様……」


 呟いた時、控えめな声が場の空気を揺らした。


「明……皇女」


 裏庭に通じる神官府の扉から、高嶺がひょっこりと顔を出している。困ったように愁眉を開き、女性のように整った顔に陰を落としていた。

ありがとうございました。

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