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55.永樹との再会

ご覧いただきありがとうございます。

 森から空へ駆け上がった狼神は皇宮の上空をぐるりと旋回し、天へと昇って行く。明香は高嶺と共に叩頭してそれを見送った。

 やがて狼神が空の果てに消えると、麒麟姿の高嶺が声をかけてきた。


『明香、降りよう。私が分庁に向かう前に、四大高位神の神使は全員帰られた。今は皇宮の天威も復活している』

『それは良かったです』


 ほっとしながら高嶺に従って下降し、神官府の敷地内の中で人気のない場所に降り立つと、着地と同時に変化を解いて人の姿に戻る。


「上手く飛べていた。そなたの紅い羽根はいつ見ても綺麗だ。まるで世界に目覚めをもたらす朝日のように美しい」

「あ、ありがとうございます。殿下も、その、とってもお綺麗でした」


 真顔で惚気(のろけ)る高嶺に、明香は羽と同じ色に染まった顔を俯かせながら返す。


(き、急にそんなこと言わないで下さいー!)


 恥ずかしさと照れ臭さにもじもじしつつも、何とか気持ちを立て直す。


(だめだめ、しっかりしないと。高嶺様には聞くことがあるんだから!)


 そして高嶺を見上げ、再度口を開いた。


「あの、殿下。一つお聞きしたいことがあります。私の宮の女官たちのことです」


 先程皇宮を見下ろした時、眼下に自分の宮も見えた。それもあり、佳良たちのことを忘れないうちに確認しておこうと思ったのだ。


「メイリーアンさんがアーネリアさんに成り済まして私を連れて行った件について、宮の者に説明していただいたとお聞きしました。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」


 偽の使者に皇女を引き渡してしまったという面を問題視されれば、佳良たちは何か罰を受けるかもしれない。それが心配だった。明香の考えを察したように、高嶺が小さく微笑む。


「別に構わない。それについては私からも話そうと思っていた。責任を感じた彼女たちが自ら厳しい処罰を望まぬよう、説明をした時点で処遇を言い渡した」

「処遇、ですか?」


 明香の声が硬くなる。やはり何かしらの措置は取られたようだ。


「今回は口頭の厳重注意とした」


 結果論ではあるが、明香が怪我を負うような目には遭わなかったこと。迎えが来た時は通信の霊具や御威が使えない状況であり、外部に確認が取れなかったこと。メイリーアンに身分証明として出された帝城関係者用の飾り玉が本物であったこと。テアとミアの手巾も本物を提示され、天威を帯びた小物を持つ者を前に疑義を挟める状況ではなかったこと。

 それらを考慮し、注意に留めることにしたと言う。


「そなた付きの女官の処遇を独断で決めてしまい、誠にすまない」


 太子に頭を下げられてしまった明香は慌てて手を振る。


「いいえ、いいんです。私も女官長たちの処分は望んでいませんでしたから」


 そもそも、偽者に気付けなかったのは明香も同じなのだ。甘いと思われるかもしれないが、何とか最低限の処罰で抑えられないかと思っていた。


(良かった)


 懸念が解決したことで心が軽くなる。宮に戻ったら自分からも佳良たちに謝辞を言わなくてはと思っていると、高い声が響いた。


「殿下!」


 ぱたぱたと軽い足音を鳴らし、童顔の小柄な官吏が走ってくる。


(あ、永樹(えいじゅ)さん)


 永樹は高嶺と明香の前で慌ただしく跪拝した。


「大事ございませんか? 先ほど分庁の方から神威と思われる炎が上がっておりましたので、確認も兼ねて神官府に参じておりました」


 高嶺が軽く頷くと、思案する様子を見せた。


「案ずるな、既に解決済みだ。今から報告に行く。そなたも共に聞いていてもよいが、ついでに他の案件の話題も出るかもしれないからな……そうだ、明香」


 唐突に名を呼ばれた明香は、きょとんと顔を向ける。


「はい」

「この永樹は私に付いている官吏だ。すまないが、今回の件の説明をしてやってくれないか。森の神の荒神化からお還りまでをそのまま話せばいい。私はその間に報告を済ませてくる」

「私でいいんですか?」

「ああ、頼む」

「分かりました」


 男性である永樹と二人きりになるが、問題はない。公務を行う立場でもある女性皇族は官吏や男性役人との対話も必須になるため、必要であれば男性と二人になることも認められていた。


「なるべく早く戻る」


 言い置いた高嶺がふっとかき消える。天威で神官府に移動したのだろう。


(……えーと)


 しんと静かになった空間で、明香は永樹を見た。視線を感じたらしい永樹が全身を固くしたのが分かる。


「こ、皇女殿下にご挨拶いたします。私などのためにお手間を頂戴してしまい、何とお詫びを申し上げればよいか」


(そんな緊張しなくても)


 内心で思う明香だが、皇族と対面すれば普通はこうなるだろうとも考える。


「謝ることはありません。案件の首尾を確認することも、報告を上げることも、れっきとした仕事の一部です。あなたも私も、己の職務を正当に行っているだけです」


 こんな言葉がすらすら出てくるのは、泰斗の徹底教育と高嶺の丁寧な講義のおかげだ。


「ありがたきお言葉」

「顔を上げて下さい。……あなたとは以前にお会いしましたね」

「覚えていて下さったのですか?」


 永樹が恐る恐る顔を上げ、丸い目を見開いた。


「もちろん。私が皇宮に来たばかりの時、一緒に神官府まで行きましたもの」


 そしてふっと肩の力を抜き、茶化すようにいう。


「鶏の神官が皇女だったなどびっくりでしょう? 私、鶏の皇女に格上がりしてしまったの」


 あの時、鶏と喧嘩して徴が出た神官かと聞いてきたのは彼だ。


「い、いえそんなことは!」


 汗を流しながらあたふたと否定した永樹だが、明香が笑っているのを見ると瞬きし、つられたように微笑んだ。それにより、緊張も少しだが緩んだようだ。

 よし、と思いつつ、明香は改めて口を開いた。


「それで、本題ですが。先程の炎の神威の件です」

「――はい。何事が起こったのでしょうか」


 真面目な表情に戻って聞く体勢に入った永樹に、明香は順序立てて森の神の件に関する経緯を説明していった。


「そのようなことが……」


 真剣な面持ちで話に聞き入っていた永樹が呟く。


「皇女殿下が恙無く収めて下さり、誠にようございました」

「太子殿下方のお力添えあってのことです。帝国の神官も懸命に対処しておられました」


 自分が手柄を総取りする事態は御免(ごめん)(こうむ)ると、明香は即座に断言した。

 一方の永樹は、純朴そうな顔に険を帯びている。


「あの森の神は、皇国にとっても帝国にとっても大切な御方です。それを撃とうとするとは……。しかも、原因となった神器もそのご令嬢の持ち物だったのでしょう」


 どうやらメイリーアンに思うところがあるらしい。


「あの方の対応には、藍闇太子殿下も帝国の太子殿下方も、様々に苦労なさっておられました」

「メイリーアンさんを知っているのですか?」

「はい。私は藍闇太子殿下の官吏ですので、殿下の兄君である黈日太子殿下のお話はそれなりに耳に入ります。……お可哀想に。ご苦労というよりは、傷付いておられたと思います」


 優しい垂れ目が悲しみと切なさを宿してますます下がっている。やはり自分が抱いた印象とは齟齬(そご)があるようだと、明香は内心で首をひねった。


「メイリーアンさんは元は黈日太子殿下の婚約者だったと聞いています。それが白紙になったのは、ご本人の素行に要因があるとも。けれど……私は今日会ったばかりですが、メイリーアンさんは大人しそうな方に見えました」


 明香が見たところ、とても人を傷付ける性格のようには感じなかったのだが。しかし、アーネリアに扮したりテアとミアからの戴きものを身分証明の口実に使ったりと、ただの気が弱い令嬢にはできないことをやってのけてもいる。


「あなたはメイリーアンさんをどう思いますか。個人的な見解で構いません。率直な意見が聞きたいの」


 明香の言葉に、永樹は驚いたように目を丸くした。何度か瞬きし、迷うように視線をさ迷わせる。


(て言っても、ここは皇宮だし。もう天威が復活したのならいつも通り陛下や高嶺様のお目が届いてるんだから、いくら私が許可したって下手なことは言えないよね)


 もしかしたらすごく返事に困る質問をぶつけてしまったかもしれない。そう思い至って焦る明香に、考えていた永樹はゆっくりと唇を動かした。


「……そうですね。率直に申し上げて、メイリーアン・ノルギアスというご令嬢は、非常に自我が強いお方だったと感じております。ご自身の身分や地位を前面に押し出し、下位の者への当たりが強く、彼女に苦しめられた者や迷惑をかけられた者は多い。私にとっては好ましい方ではありませんでした。もちろん、一個人の私見にすぎないのですが」

「そう……」


 遠回しな言い方をしているが、永樹にとってのメイリーアンは性格の悪い我儘娘という認識らしい。やはり、壁際で小さくなっていた今日のメイリーアンとは像が一致しない。


「ただ、婚約が解消されてから彼女は変わりました。殿下がご覧になったのは、変わった後の姿でございます。人は良い方にも悪い方にも変われるものです。……とはいえ、土壇場やふとした瞬間に、変え切れない歪みが垣間見えることはあります」


 その言葉を聞いた明香の脳裏を、幾つかの光景が掠めた。


(……そういえば)


 彼女は、あくまで帝家からの貸与品である神器を我が家の家宝と言い、まるでノルギアス家の物であるように表していた。また、森の狼神の様子をよく観察することがないまま、躊躇なく霊具で撃とうとした。その場には統率役かつ上位者である太子や太子妃たちがいたのに、彼らに何の確認もせずにだ。

 さらに、周囲の人々に対して我が臣民という言葉を使っていた。それは主家の立場での表現だ。


 彼女は彼女なりに周囲の者を護ろうとしていたのだろうと、明香は解釈している。

 だが、あえて意地の悪い見方をするならば、彼女の言動は独りよがりな思考のようにも感じるし、未だに自分が帝家側の者である――つまり太子の婚約者であるという意識が抜けていないと取れなくもない。


「殿下……」


 無言になった明香の様子に、永樹が不安そうに声をかけた。はっとした明香は急いで笑顔を向ける。


「話してくれてありがとう。この場で話したことはここだけのことにします。陛下や太子殿下に何か言われたら、私が説明します。あなたに不利益がいくことはないようにしますから、安心なさって」

「あ、いえ、そのようなお気遣いは……」


(――あれ?)


 その時、恐縮した永樹の後方に黒い塊が見えた。

ありがとうございました。

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