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50.全部一人のせいなんですか?

ご覧いただきありがとうございます。

「さて、それで本日の件は……」


 ラウがそう言葉を続けかけた時。 


「――私が悪いのです、大変申し訳ございませんでした!」


 切羽詰まった声で割り込んだのはメイリーアンだった。


「本日のことは私が画策したのです。宴での失態を取り返そうと、アーネリアを(かた)り先んじて皇女殿下を迎えに行き、元々支給されていた飾り玉と帝女殿下方のハンカチーフを見せて信を得た上でこちらにお連れしました。帝女殿下方が腹心のアーネリアを迎えに行かせるという予定は知っておりましたので」


 今日の茶会は私的なものであるというだけで、内密の行事や秘伝の儀式ではない。大まかな時間や基本的な工程表は公開されている。でなければ、他の予定が立てにくくなるからだ。


「メイリーアン、口を閉じなさい。太子殿下のお言葉を遮るなど有り得ぬことだ。一体誰の許可を得て発言しているのか」


 帝家の御前であるためか、抑えた口調でライハルトが制止をかける。だが、メイリーアンは怯えた目でちらちらカイシスを見ながら、一人喋り続けた。


「そしてモンザート侯爵に私が迎え役になったと虚偽の報告を行い、帝女殿下方が遅れるためどうしたらいいかと念話で相談したのです。それを信じた侯爵は親切心で駆け付け、皇女殿下のために心づくしの接待を行いました。情に厚く世話焼きな侯爵ならば、きっとそうすると踏んでおりました。その結果、皇女殿下にご満足いただき、侯爵もろとも私もお引き立てを賜れれば、騙りの罪は帳消しになり我が評判も向上すると考えたのです」


 あらかじめ決めてあった芝居書きを読むようにぺらぺらと話すメイリーアンに、広間の皆が呆気に取られている。


(穴しかないよ、そのむちゃくちゃな作戦……)


 どこから突っ込めばいいのか分からない。帝女が手配した迎えに成りすますことから始まる様々な虚言や詐称は、全て不敬罪だ。仮に奇跡が起きて明香のお気に召したとしても、確実に帝家の不興は買うだろう。それは帝国民には致命的ではないのか。


(ていうかーー今のってつまり、全部私が悪いんですって言ってるんだよね)


 だが、それにしては何かもやもやとした感情が胸に凝る。


(モンザート侯爵は本当に何も知らなかったの?)


 アーネリアとして迎えに来た時から、大きな緊張と迷いを見せていたメイリーアン。自分の計画に不安を抱えていたためかもしれないが、彼女はさらにカイシスに対して恐怖をも見せていた。


(侯爵か誰かに脅されて、もしもの時は自分が勝手にやったことにして罪をかぶれとか言われてた、なんてことは……。でも、作戦がずさんすぎる)


 もっと巧妙で綿密な計画くらい、いくらでも立てられるはずなのに。


(仮に侯爵が絡んでたとして、目的は? ……やっぱり()()()()にあやかろうとしてたんなら、釘を刺しておいて本当に良かったのかもしれない……)


 それは、皇国と帝国の初代皇帝にまつわる話だ。緋日皇と翠月帝は、一定数以上の者を招く会食や宴を除けば、滅多に臣下と食事をすることがなかった。他意があってのことではなく、単に建国期の多忙さゆえである。

 しかし情に(あつ)い緋日皇は、それでもどうにか時間を作り、特に信頼する者とは個別に食を共にすることがあった。それらの者が属する家は翠月帝にも引き立てられ、後に庶子を賜って一位貴族や大公家となり、例外なく栄華を極めている。

 それゆえに、緋日皇は繁栄と栄達の象徴としても崇められており、食堂に緋日皇の小さな像を置いている家もあると聞く。明香はその緋日皇の再来と言われている存在だ。


(私と個別に食事をすることが狙いだったかもしれないからね)


 第二の緋日皇と目される明香と食卓を共にしたことは、カイシスとモンザート家にとって大きな美点かつ追い風になるかもしれない。明香をだました悪人はメイリーアンであり、カイシスは親切心から接待を行った善意の人である、ということらしいのでなおさらだ。歓待に対して明香が義理でも礼を言えば、帝家とて不快に思っても表には出しにくいだろう。


 だが、カイシスの歓待を断るという選択肢は取りたくなかった。客人を食事でもてなす――これは初代皇帝の御世にはまだ無かった習慣であり、その後の帝国が発展していく中で、三千年かけて育んで来た大切な文化の一つなのだ。そこに込められた由来も意味もきちんとある。それを尊重することは皇族の義務である。


 だからこそ、カイシスの接待を受けつつ、広間の皆に聞こえるように釘を刺したのだ。自分は帝国の習慣に合わせて食事に応じただけであり、カイシスやモンザート家を信用したわけではないのだと。緋日皇の共食(きょうしょく)とはまた意味が違うのだと、遠回しに宣言しておいた。


「誠に申し訳ございません、殿下。全てのことはメイリーアンお嬢様が独断で行ったこととはいえ、私の教育不足も否めぬでしょう。母君を早くに亡くされ、父君たる先代大公閣下は仕事でお忙しく、私が後見に任ぜられておりました」


 カイシスが胡散臭い笑みで叩頭し、ちらとメイリーアンを見やる。とてつもなく嫌な眼差しだった。

 まるで、獣に追われて必死に逃げ惑う者を、安全圏から眺めて笑っているような――這いつくばった弱者を高みから踏みにじる強者の嘲笑。


「しかし、我が力が及ばずこのような人格に育ってしまったのです。私としても非常に情けなく恥ずかしい限りでして、とても先代様に顔向けができませぬ。どうか幾重もの身勝手をしでかしたメイリーアン様をお許し下さいませ」


(はぁ? 何なのこの人。今の、メイリーアンさんを庇ってるつもり? むしろ追い詰めてるよね)


 メイリーアンは今にも泣きそうな顔で目を伏せ、体を縮めていた。ライハルトは無言と無表情を貫いている。


(大公閣下も知らん顔してないで何か言ってあげればいいのに)


 ライハルトを横目で睨みつつ、明香はカイシスを無視してラウとティル、それにテアとミアに微笑みかけた。


「太子殿下方に申し上げます。畏れながら、本日の茶会の準備を早くからお済ませ下さっていたのですね。とても楽しみにしておりましたので、嬉しい限りにございます」


 ここは帝国だ。皇国の者である明香が出しゃばるべきではない。しかし、一応はこの一件に巻き込まれた立場でもあるのだから、少しくらいならば意見を表明してもいいだろう。

 途端に、やはりカイシスを意識から切り捨てたラウとティルが即応して来た。


「義妹のためなのだから当然だ。そなたには朝から苦労をかけてしまった」

「わぁ、皇女がそう言ってくれて俺も嬉しいなぁ。今日は迷惑をかけて本当に申し訳なかったね」

「いいえ、私はただ食事をご馳走になっただけですわ。何か害になることをされたわけではないので、特段気にしておりません。それに、我が一族の者が神器を持ち出した件では、帝家の方々にこそ寛容な対応をしていただいたのですし。今はただ、この後の茶会を純粋に楽しみたいと思っております」


 自分には何事もなかったのだから事を荒立てないでやってくれ、余り厳しい処分を与えてくれるなと言外に懇願する。そして、手にしていた扇をぱちりと一度鳴らした。弱すぎず威圧的にもなりすぎない、絶妙な力加減で。


「――とはいえ。太子妃殿下方がご急件とお聞きした際はどうされたのだろうかと懸念いたしましたし、こうして様々なことが分かり驚きもしました」


 ラウたちでもメイリーアンでもなく、カイシスを真っ直ぐに見据えながら淀みなく言い放つ。


「今回は太子殿下方にお会いできた喜びと茶会への期待で胸がいっぱいですので、これ以上の思いは出て参りません。しかし、今後類似のことが起こった場合、あるいは我が国や皇家に影響が出る場合、それは今回とは全く別の問題となりますので、どうかご承知おき下さい」


 穏便に済ませるのは今回だけだ、この(ぬる)い対応が今後においても先例になると思うな、と念を押す。


「モンザート侯爵、本日は()()()()()()()()()()()


 最後のまとめとして言いながら、瞳に力を入れてにっこりと笑み崩れてやると、カイシスは圧倒されたように身を引いて愛想笑いを返し、そっと目を逸らした。


(よし、かなーり強引になっちゃったけど、これで何とか収まってくれれば。侯爵が怪しいことは、茶会で太子殿下方に伝えよう。言わなくても分かってらっしゃるかもしれないけど……)


 そう思った時、脳裏で声が響いた。

ありがとうございました。

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