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40.天威はあなたの力です

ご覧いただきありがとうございます。

「あっ、お、お帰りなさい殿下!」

「ああ」


 堂々巡りで悩んでいた思考が吹き飛んだ。


「待たせてすまぬ」

「いいえ、大丈夫です」


高嶺が不意に目を細め、明香の肩に手を伸ばした。


「花びらが付いている」


 細い指で桜の花びらを摘み取り、くすっと笑う。


「あ、ありがとうございます」


 頬が熱くなるのを感じながら礼を言うと、優しい眼差しが返ってきた。


「これは新しく新調した衣だな。似合っている」

「いえそんな! 私が纏うと衣に着られている気がします。せっかく新しく作ってもらったのに」


 佳良や松庵を含め、皆は口々に似合っていると褒めてくれるが、きっとお世辞だろう。


「私が依頼した。そなたに一番似合う鳳凰をと。製作者はそなたの義兄――斎縁当主だ」

「えっ、義兄様がこれ作ったの!?」


 思わず素の口調が出てしまった。慌てて口を抑えると、高嶺が目を細めて微笑んだ。女官たちの情報によると、明香といる時の高嶺は普段より遥かによく笑うらしい。


「それだけではない。そなたの宮を造ったうちの一人も斎縁当主だ。複数名の共同製作だが、その一人だ。宮の設計から意匠、装飾まで全て頼んだ」

「ええぇ!?」


 もはや細工職人ではなく大工ではないか。そういえばしばらく前、大きな依頼が入って忙しいと呟きながら、せっせと皇宮に通っていた。かなり長い期間かかっており、泊り込みになることもあったが、あれは宮を造っていたのだろうか。


(私のための宮だって知ってて造ってたの?)


 例の夢さえなければ、大喜びで礼を言えたはずなのに。ぎゅっと唇を噛んだ明香は、それでも笑顔を作った。


「身内びいきな意見ですが、義兄の器用さはずば抜けてすごいと思います!」

「ああ、本当にそう思う。私が不器用な分、余計にな」

「え、殿下って細かい作業が苦手なんですか?」


(意外! でも私と一緒だから、おそろい~!)


こっそりと喜んでいると、自身の手の平を睨むように眺めた高嶺が渋面を作った。


「以前、儀式で使う絵を描く機会があってな、薔薇園に佇む麒麟を描写したのだが――腐りかけの食屍鬼(グール)が溶岩の中で溺れているようにしか見えない出来だった」


(く、腐りかけの食屍鬼(グール)……)


 一体どんな絵だったのだろうか。逆に気になる明香であった。

 高嶺はやや気まずそうに言う。


「だが、絵が用意できなければ祭祀ができない。いつも代理で描いてくれていた者がいたが、あの時は風邪で寝込んでいた。しかもちょうど催しが多い時期で、他の神官や絵師も皆忙しかった」


 誰にも頼める状況ではなかったのだという。実際は、太子の要請ならば何を置いても最優先で応じられただろうが、高嶺の方が遠慮したのだ。


「だから――私はずるをした。天威を腕に纏って筆を持ったのだ。そうすれば上手く描けるから……御威を持たず己の腕だけで作品を作っている者にとっては、とんだ背徳行為だろう」


 決まり悪そうに発される言葉は、段々と小声になっていた。明香はきょとんと首を傾げる。


「え、ずるじゃないですよ。天威だって殿下のお力の一部なんですから。殿下が生まれ持ってきて、今まで一生懸命に努力して努力して磨いてきた力です。だからその天威を使って描かれた絵だって、きちんとご自分の力で描かれたものになると思いますけど」

「…………」


 高嶺が僅かに目を見開いて明香を見つめた。


「そう、言ってくれるのか」

「はい。殿下はずるなんかなさっていません。きちんとご自身のお力でお作りになられました」


 力強く言い切った明香を、高嶺はやや驚いたように眺めていた。その切れ長の双眸に、ふと安堵が滲む。

 どこか救われたような、ほっとしたような瞳だった。だが、その中にも僅かなほろ苦さがあるように見えるのは気のせいだろうか。


「――そうか。ありがとう」


 呟くように言った高嶺が、ふと思い出したように目を輝かせた。


「ああそうだ、我が国ではそなたのことが大評判だぞ。真の御子姫が降臨されたと」

「いざ実物を見たら、皆がっかりしそうですけど……」

「そんなことはない。神官長とそなたの女官長も、そなたの人格や気概を褒め称える書簡を乗りに乗って熱筆し、陛下の弁の後押しに尽力してくれた」


(いやあぁぁ! 松庵様、佳良様、なんてことするんですか! 私なんて跳ねっ返りの鶏娘だったのご存知でしょ!)


 実は二人して面白がっているのではないか――などと疑心暗鬼になる明香は、重さを増した気がする胃をそっと抑えた。


(うぅ……私、本当に立派な皇女になれるのかな。いや、なるしかない。ならなきゃいけない。頑張るぞ!)


 心の中で拳を握っていると、不意に神妙な顔になった高嶺が言う。


「紅日皇女。そなたと私は既に正式な夫婦となった」

「はい」


(殿下がお忙しいから、床入りはまだだけど)


 高嶺の言によると、目立った凶事が起こっていない今のうちに婚姻を取り行ってしまうことにしたそうだ。


(正式な婚姻の手続きって、夫婦が信奉する神様に結婚の報告をして祝福をいただくだけで終わるし)


 明香と高嶺の婚姻は既に白珠から至高神に報告がなされ、承認と祝意を得ている。関連する幾つもの儀式や行事、宴などは、年単位で期間を空けて事後に行っても全く問題ない。節制してやらないという選択も可能だという。


 高嶺がそっと自身の左胸に手を当てると、心の臓に当たる部分が輝き、虹色に光る糸が現れた。その糸は明香の左胸に繋がっている。


「神の糸ですね」


 明香は自分と高嶺を繋ぐ虹色の糸を見つめながら言う。神の糸とは、天の神々によって定められた恋人を繋ぐ(えにし)が具現化したものだ。この糸で結ばれた者同士は『天命の伴侶』と称される。先天的に糸が結ばれて生まれる者もいれば、深く愛し合った者同士の想いが神に認められて後天的に結ばれる場合もある。

 なお、天威師に対して神の糸を結ぶことができるのは、天に坐す至高神のみである。至高神の承認と祝福を受けた明香と高嶺の糸は、虹色の輝きを放っていた。


(天命の伴侶は本能的に惹かれ合うんだよね。直感でこの人が自分の相手だって分かるから)


 高嶺を見た時に感じた、あの甘く優しい胸のときめき。あれは天が定めた己の伴侶への思慕だったのだ。白珠は明香と高嶺を結ぶ神の糸が視えていたため、事前確認などをせず即座に婚姻を取りまとめたのだという。二人とも婚姻を嫌がらない、むしろ喜ぶと分かっていたからだ。


(でも、皇家や高位貴族の婚姻に愛は不要って考え方もあるよね)


 強大な権力と重い責任を持つ天上人の結婚においては、当人の感情や想いだけで相手を選ぶことはできない。愛を根拠とする天命の伴侶はむしろ邪魔であると主張する者もいるのだ。そして、その言い分にも一理ある。


(だから私は頑張らないと。殿下の伴侶として相応しい人にならなきゃ。神の糸ありきの夫婦じゃなくて、私自身が太子殿下の妻に見合う器にならないと)


 密かに自身を激励していると、高嶺が自らと明香を繋ぐ光の糸を弄びながら言った。


「皇家と帝家は同族内で婚姻を重ねてきた。いずれ生まれる私たちの子も、近しい身内と神の糸が繋がっているかもしれない。糸を持たずに生まれる者も大勢いるため、どうなるかは分からないが」


 皇家、帝家、それに高位貴族や属国の王侯において近親婚は珍しくない。泰斗と佳良の講義でも伝えられている内容だ。


従兄弟姉妹(いとこ)同士で結婚したりも普通にあるんですよね」

「ああ。血が近すぎると遺伝上良くないこともあるが、霊威師以上の者は己の御威で遺伝の問題を超越できる。現在では世情も踏まえてご法度になっているとはいえ、極論を言えば親子婚や兄弟姉妹婚をしても問題はないのだ」


 なお、禁止されているのは実の親子兄弟姉妹の婚姻のみなので、義理の場合は問題なく結婚可能である。

 ――と、そのような話をしながらのどかな皇宮内を歩いていると、今までの講義で聞かされた内容がぱらぱらと頭の中を巡った。


(皇家には伝承や秘密が多いからなぁ)


 高嶺の講義では様々なことを教わった。天威師たる真皇族と真帝族は先祖返りを起こした生まれながらの至高神であること、初代が降臨し建国に至った経緯とその原因である神の怒り、皇家の体質と天蜜の必要性、帝家が皇家に対して持つ支配の力――他にも数多くの秘伝を継承されている。


 なお、帝家の支配のことを聞いた際、四大高位神が降臨した時に高嶺を縛り上げたあの(くろ)い光の紐と関係があるのか聞いてみた。全き天威師である高嶺を手も足も出させずに拘束できる力など、そうあるはずがないからだ。すると高嶺は、困ったような顔で否定した。


『そうか、あれが視えていたのか。そなたも天威師だからな。だが、あれは違う。帝家の命令とはまた別だ』


 僅かに目を逸らして答える様子を見るに、余り詳しくは説明できないことなのだろうと見当が付いたため、それ以上は聞かなかった。


(私が日神様の御子じゃなくて徴すら出なかったとしても、適当な時期に皇宮に入れてたって言われたんだよね)


 明香やその子、孫たちは、定期的に天蜜を摂取しなければ普通の生活が営めないため、皇家の目の届くところにいさせなければならない。明香の場合、高嶺の天命の伴侶であるという理由も加わる。従って、どう転んでも一般人と同じ暮らしは送れなかったとのことだ。


(天蜜なんて知らなかったし、今まで意識したこともなかった。私の知らないところで、陛下や殿下が定期的に補給して下さっていたから……)


 近所の人々がよく差し入れの飲食物や菓子をくれたが、あの中にも天蜜が入れられていたのかもしれない。泰斗が協力者だったことから、きっと斎縁家の水や食事にも一定期間ごとに蜜が混ぜられていたのだろう。

 なお、真皇族は真帝族が生み出す高質な天蜜でしか渇きを癒せないが、御威に覚醒する前の段階であれば、擬帝族や帝家の庶子が作る蜜でも事足りるらしい。


(皇家に生まれた人は、真皇族も擬皇族も庶子も関係なく天蜜が必要って聞いたけど)


 ――ということは、花梨もその例に漏れないのだろう。


 そんな考えを思い付いたことで、花梨のことが気になり始めた。

ありがとうございました。

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