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39.変わっていく自分

ご覧いただきありがとうございます。

「太陽の女神に愛されし紅の天姫に、神千国太子高嶺がご挨拶申し上げます」

「……挨拶をお受けいたします。どうぞお立ち下さい」

「感謝いたします」


 と、そんな会話をしたのはたった今。


(ああもう、なんでこんなことに……。至高神様の加護とか神託の御子とか、皇女とか太子妃とか――盛り盛りすぎ! 私、私……ついこの前までしがない庶民だったのに!)


 怒涛のように過ぎていった10日の間には考える余裕のなかった叫びを、遅まきながらも発する。


 ――供の女官を引き連れて出掛けた庭園で現実逃避の思考をしていた明香は、冬にも関わらず満開に咲いている酔狂な桜を見付け、三千年振りの日神となる自身の威光であると女官たちに褒めまくられ、ついでに高嶺に遭遇した。

 そして、自分の夫となった次期皇帝は、本気で明香に礼を取った。周囲は見惚れるばかりで、それを受け入れている。日神の愛し子たる紅日皇女ならば、太子が礼をしても不自然ではないのだと。

 それらの反応一つ一つが、今の己の立場を否応なく明香に自覚させる。


 もう、10日前とは違うのだ。


 10日前は、まだ単なる見習い神官だった。さらにその数日前は徴すら発現しておらず、正真正銘ただの市井の人だった。


 ――なのに。

 たった15日余りで、自分は庶民から全き天威師となり皇女となり、果ては太子の正室にまでなったのだ。その事実を改めて思い知った。


(上がり幅が大きすぎて目が回りそう……)


 己を取り巻く環境の激変具合を実感し、密かに嘆息していると、目の前で優雅に微笑していた高嶺が周囲を見渡しながら声を発した。


「私は我が妃、紅日皇女と散策する。散策後はそのまま妃の講義に移る。天威師たる我らに護衛は不要、そなたたちは下がれ」

「承知いたしました」


 声と動きと声をぴったりと唱和させた女官や護衛官たちが、しずしずと去って行く。佳良たち明香付きの者も、高嶺と明香に叩頭してから場を後にした。


「疲れているな」


 二人きりになると、高嶺の纏う気配が和らいだ。


「ご心配いただき恐縮にございます。少し眠りが浅いだけですので、お気になさいませんよう」


 淑やかに答えた明香に、高嶺は苦笑した。


「大分皇女振りが板についてきた。神への祈念も慣れて来たようだしな。だが、私と二人でいる時くらいは素のままでいて良い」

「よろしいのですか?」

「ああ。常に皇女として振る舞っている方が、いざという時にも言動が崩れなくなるが……あまりに己を押し込め過ぎると、疲弊していつか壊れてしまうかもしれぬ。今までの人生で育んで来た自分すら見失ってしまっては本末転倒だ」


 明香は瞬きした。


(義兄様と似たようなこと仰ってる)


 冬の冷たい風が吹き抜け、髪が煽られる。だが、高嶺の表情は春の息吹のようにふぅわりと暖かい。


「自身をしかと保ったまま研鑽を続けていけば、素のそなたと皇女としてのそなたは自ずと融合し高め合い、どちらも本当の自分となって自在に切り替えられるようになっていく。ゆえに私の前でまで外面を貼り付けている必要はない。――私とそなたは夫婦なのだからな」


 最後は少し照れたような声音だった。そして、少し悪戯っぽい目つきになってくすりと笑う。


「それに、既に互いにかなり素を見せている。取り繕っても今更だろう」


(うっ、確かに……)


 あの漫画本の話や追いかけっこなどは、そのいい例だ。


「……はい。ではお言葉に甘えて」


 明香はふうと肩の力を抜いた。身に纏う鳳凰の衣がずっしりと重くなり、自分で思っていたよりずっと気を張り詰めていたのだと気が付いた。

 と、少し離れたところから、一人の官吏が遠慮がちに高嶺に向かって跪拝した。


(あれ? あの人って)


 俯きがちに目を伏せている官吏を見た明香は、あっと息を呑んだ。優し気なたれ目に、純朴そうな顔立ち。


(初めて皇宮に来た時……佳良様に案内されて神官府に行く時に会った人だ)


永樹(えいじゅ)か」


 高嶺がちらと官吏に視線をやって呟いた。


(へえ、永樹さんって言うんだ)


「すまぬ、少し外す」


 簡潔に言い置いて、官吏――永樹の方に向かう高嶺を見送りながら、明香は改めて白珠のことに思いを馳せた。


(陛下にお会いした日は、私が皇女になった日。大変な一日だった……)


 あの日以降は国境沿いにある新たな皇宮での政務が続いており、なかなか明香と対面する機会が持てないでいるとのことだが、直筆と思われる手紙をくれるなど、常に気にかけてくれてはいる。


(陛下って善後処置をこまめにされる方だよね~。直属の使者の方だって積極的に動かしておられるもの。……会ってみたいなぁ、(あお)使徒(しと)様に)


 白珠には絶対の信を置く直属の配下がいる。その実力と功績は皇族と帝族にすら匹敵すると言われており、まさに万能の御遣いだ。蒼月皇が直々に遣わす使者として『蒼の使徒』と呼ばれ、神千国はもちろん帝国からも憧憬を抱かれている。


(蒼の使徒様が活躍するようになったのはここ5年くらいの間だよね)


 蒼の使徒は、皇帝の権限を委任された証である龍の佩玉を持ち、常に外套を纏っており、大層美しい容貌を持っているという。


(あ、そうだ――そういえば陛下は花梨様のことでも動かれてたんだっけ)


 高嶺が教えてくれたのだが、花梨に仕えていた者の何割かは、専用の募集で集まった訳ありの人材だったらしい。


 例えば、叩かれたり罵倒されると喜びを感じるような個性を持つ者。あるいは被虐待者や女官、護衛官の役を演じることになった劇団員で、役作りの勉強をしたい者。


 そういった人々をあらゆる伝手を使って見付け出し、花梨の世話役を打診して報酬を払い、側仕えに任じていた。花梨の素行や振る舞いをきちんと説明した上で、採用された場合の規定や保障、守秘義務、遵守事項、罰則などについても事前に通達し、それでも納得した者のみを、素性確認や経歴調査なども行った上で契約書面を交わして採ったという。

 中には、花梨を太祖の再来と崇める熱心な信奉者が、強く志願して護衛官になったり、花梨個人を好ましく思う官吏が自ら側付きになったりもしたそうだが、それは珍しい例のようだ。


(思えば、花梨様に付いてた人たちって統制が取れてない人が多かったよね。動きが揃ってなかったり、所作もあんまり綺麗じゃなかったり。急ごしらえの臨時要員だったからなんだ)


 振り返って見れば、花梨が泰斗を痛めつけようとした際に怒鳴られた女官は、顔を赤らめていた。

 夕日のせいだと思っていたが、もしや面罵(めんば)されると嬉しいと感じる独特な嗜好の持ち主だったからなのか……。


(そういう対策を取っておられたから、花梨様の被害を受けた一般の臣民ってほとんどいないんだよね)


 花梨の周囲を特殊な志願者たちで固め、皇宮内に囲い込んで挙動を管理したことで、被害が最小限に食い止められたのだ。


(強いて言うなら、日神の御子だってぬか喜びさせられた精神的苦痛くらいかな)


 それも、真の日神の御子たる明香が入れ替わりに登場したことで払しょくされたという。なお、左遷された佳良には、特別手当と神官長補佐への再就任、明香付きの女官長への抜擢、それらによる大幅な昇給と地位向上、待遇改善という形で補償がなされている。


(後は義兄様たちが被害に遭ったけど……義兄様、今頃どうしてるだろう)


 義兄のことを考えると、先日見た縁起でもない光景を思い出して暗澹たる気持ちになる。ただの夢だろうと幾度も自分に言い聞かせているが、ぬぐい切れない何かの予感が胸の奥にこびりついて離れないのだ。


(太子殿下にはあの夢のことをお話ししてもいいのかも)


 高嶺は信頼できる人だ。たった10日間だけでも、直に接してそれが伝わって来た。しかし、明確な物証や根拠があるわけでもなく、あの曖昧な体験だけでは、どうしても相談することを尻込みしてしまう。5年の歳月を共に暮らして来た義兄を、大事な家族を、一度の不確定な夢だけで疑い切れない。


(私が自力で調べられないかな。天威を使えば何とかできない? こう……夢か(うつつ)かも含めてぱぱーっと全部の真相が読めて、もし現実でも円満解決できちゃう便利な使い方とかできないの?)


 おそらく無理だろうが。そんなことができるなら、天威師がいる限りこの世から犯罪や未解決事件は無くなっているはずだ。だが、そんな夢のような状況は実現されていない。


(人の世は人が運営していく。これは遠い昔に人間自身が選んだことだから……神格を持つ皇族は、あんまり人や人界のために力を使いすぎたらいけないんだよね。色々と制約とか制限もかかってるみたいだし――やりすぎると天界に強制送還されるんだっけ)


 神格を解放して至高神になり、完全な神威として振るうならばともかく、不完全な状態である天威は決して万能ではないのだ。どれだけ強大な力に見えても、あくまで神威の断片でしかない以上、どこかに不足や欠点があるのだろう。


(かといって義兄様に直接聞くなんて無理。腹芸とかできないし)


 目を閉じてうーんうーんと考え込んでいると、不意に上から声が降って来た。


「紅日皇女? どうしたのだ、難しい顔をして」


 はっと目を開けると、いつの間にか戻って来ていた高嶺が不思議そうに見下ろしていた。


ありがとうございました。

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