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38.散歩に行きましょう

ご覧いただきありがとうございます。

 


 ◆ ◆ ◆



「本日はここまでにいたしましょう」

「非常に分かりやすい講義でした。礼を言います」


 背筋を伸ばして恭しく礼を取った佳良の言葉に、明香はゆったりと微笑んで頷いた。そして、はぁ~っと肩の力を抜く。


(どあぁ~つっっかれた!!)


「皇女殿下」

「わ、分かっています!」


 慌ててしゃきんと姿勢を整えると、佳良は小さく苦笑した。


 ――正式に皇女となり、皇族としての教育を受け始めてから10日が経つ。冊立された翌日から、神へ祈りや挨拶を捧げるなどの基本的な公務は始まっていた。また、文武の長たる宰相と総督(そうとく)を筆頭とする高官からの挨拶を受け、同時に勉学も開始した。

 猛烈な詰め込み教育が始まるものと覚悟していたが、蓋を開けてみると想定外の状況が待っていた。何と、皇族に必要な作法や知識、教養といったものが、既にしっかりと身に付いているらしい。


(義兄様の教育の賜物だよね)


 皇女となった後、明香は自分に喝を入れた。斎縁家で義兄に叩き込まれた教えを総動員し、最上級によそ行きの態度で講義に臨んだのだ。結果、佳良は言葉もなくただ絶句した――余りにも優等生過ぎるという意味で。


(義兄様にはそりゃーもうごりごりしごかれたもの)


 大国の頂点に立つ皇族に必要な采配と気構え、在り方。それらをみっちりと教え込まれていたのだ。習っている時には分からなかったが、皇女になった今はそれがありありと理解できる。


(どじを踏んだ時でも、できるだけ早く適切に挽回する方法も含めて鍛えてくれたから……危ない場面があっても上手く切り抜けられるんだよね~)


 血が滲むような努力と修練、そして数え切れないほどの失敗とそこから得た経験や学びが、今の明香を作り上げている。泰斗や周囲の人々がそうなるよう導いてくれた。


「私から殿下にお教えすることは、それほど多くはないのかもしれません」


 佳良から混じり気なしの賞賛をかけられ、明香は慌てて首を横に振った。


「いいえ、そのようなことはありませんわ。私などまだまだ未熟者です」


(もっと()()()()やらないといけない。()()()()……)


 市井で育ってきた明香の素は、余所行きの状態とはかけ離れている。ゆえに、肩に力を入れている時は問題無くとも、疲れたり気が逸れたりすると被っている猫がぽろにゃーんと落ちてしまうことがあった。目下の課題は、一秒でも長く最高の猫被り状態を持続することとなっている。


「日ごとに気を入れておられるお時間は伸びておりますので、余り焦ることもないでしょう。いかがですか、気晴らしに庭を散策してみては」


(散歩かぁ……あーいいかも! 冬の花も綺麗だよね)


 乗り気になった明香だが、次の一言で硬直した。


「午後からは太子殿下のご講義、夕方以降は明日の茶会の段取りとお衣装の最終確認を行いますので、気力を充填させておかれませんと」


(ひいぃ考えないようにしてたのに! うん、明日は帝国の太子様方とお茶会なんだよ!)


 帝国の太子たちは高嶺の実兄だ。高嶺の妻となった明香は彼らの義妹となるため、家族の親睦を深めたいと茶会への招待が届いたのが数日前のこと。正式な会であれば準備のために一定の期間を開けるが、今回はごく内輪の茶会とのことで近い日程を指定された。


(太子殿下とお姉様方がご一緒だからまだ良かったけど)


 高嶺と帝国太子の正妃であるテア、ミアも同席するので何とか平静を保てているが、そうでなければ緊張しすぎて心臓が上下左右に高速運動をしていたかもしれない。……自分たちを姉と思ってほしい、姉妹のように接してほしいと言っていた彼女たちもまた、明香の出自を知っていたのだろうか。


(お茶会の時に聞いてみてもいいのかな。……聞いても大丈夫か太子殿下に確認しとこう。――そうそう、今日殿下の講義を受ける時に安心成分を補充しておかなきゃ)


 安心成分とは、明香が勝手に名付けたものだ。高嶺の近くにいると心がふわふわと温かくなり、柔らかな羽毛に包まれたように落ち着ける。あの心地よさを思い出しつつ、優雅に佳良に微笑みかけた。


「――そうですわね、今日は天気も良いですし、少し歩いてみるのも良いかもしれないわ」


 帝国の太子との初対面という難所を乗り切るためにも、皇宮の美しい自然の気を取り込んでおこうと決める。


(何かお腹も空いてきたし。講義中に鳴っても散歩した後ならごまかせるよね。運動したからお腹減っちゃいました~とか言ってさ)


「それでは外出のご用意をいたします」


 すぐさま手伝いの女官たちが数名呼ばれた。明香は大きな椅子に座らされると、髪を結い上げられ化粧を施されていく。さっさと準備が進められる間、ぼんやりと夫となった高嶺のことを考える。


(殿下ってすごくまめまめしいよね。きちんと毎日講義をして下さるもの)


 高嶺は多忙な間をこじ開け、足しげく明香のもとに通っては講義をしてくれる。皇族のみが知ることのできる秘伝の継承や天威の使い方の実践が主だ。

 おかげで、細かな制御はまだ未熟であるものの、大まかな力の使い方は習得することができた。基本的な技が使えるようになったのはもちろん、何と鳳凰の姿になって空を翔けることまで可能になったのだ。大空を舞うのがとても気持ち良く、つい力を入れて飛翔の練習をしてしまった。


(たった10日だけど、殿下とはかなり親しくなったと思う。……お菓子を食べさせ合ったりとかもしたし)


『仲のいい夫婦は互いに食事を食べさせ合うべきだ。そうだろう』というよく分からない理屈と共に、ずずずいっと饅頭を差し出す高嶺に押される形で応じると、何故か彼はとても得意げに笑っていた。


 それに、高嶺は明香と過ごす時間の中で、勉学以外の色々な話もしてくれる。


 あれは高嶺の講義を受け始めてすぐの頃だ。互いのことや何気ない日常の話などをしていく中で、本の話題になった。好きな読み物を聞かれ、正直に気に入っている漫画本のことを話すと、何と高嶺もその本を知っていた。

 黒髪黒目の美しい王女と、金髪碧眼のきらきら王子の恋愛物語だ。まさかの分野で共通の話題が見つかったことに驚愕していると、好きな場面を聞かれたので、王子様と王女様が追いかけっこをするところを挙げた。


『王女様が、捕まえてごらんなさーいと言いながら花畑を逃げて、王子様が待て待てーとそれを追いかけるところです。あんなかっこいい王子様に追いかけてもらえるなんて、女の子の憧れです!』


 そう熱弁を振るうと、高嶺は急に考え込んで言った。


『つまり花畑で追いかけ合うのが、仲睦まじい恋人の在り方なのか。よし、私たちもやろう。講義の終わりに毎回追いかけっこをすれば仲良しの夫婦になれるぞ』


 どうしてそのような結論に達したのかは謎だが、嫌ですとも言えない。その日からさっそく、講義が終わると二人して高嶺の宮の庭園に行き、追いかけっこを始めた。


 ――が、高嶺の速いこと速いこと。瞬間移動のような速さで追って来て、瞬きする間もなく捕まってしまうのだ。


『少し手加減して下さい。王子様は王女様にとっても優しいのです。すぐに捕まえずにちゃんと加減して下さるんです』


 堪らずに頰を膨らませて上目遣いで抗議すると、何故か顔を赤くした高嶺は次の時から速度を調整してくれるようになった。だが、手心を加えてもらうばかりでは明香も悔しい。

 斎縁家にいた頃は使用人の皆を相手に走り回っていたことを思い出しながら、習いたての天威も駆使して本気で逃げ回った。

 すると高嶺も力が入って来たのか、眼差しや動きに熱がこもるようになった。最近では、鳳凰に転身して飛ぶ修練と組み合わせ、何と互いに麒麟と鳳凰に変じた状態で追いかけっこを行うようになっている。


(つい熱中しちゃってねぇ……)


 そして昨日……一羽と一匹で競うように飛び、ぐんずほぐれつとなって宙で絡まり、人型に戻りながら庭園に転がった時――高嶺は大きな声で笑いながら、弾けるような笑顔を浮かべていた。

 18歳という年齢に相応しい、青年の中にほんの僅かあどけなさが残る笑み。不意打ちでそれをぶつけられ、明香の胸は不覚にもときめいてしまった。


(あの笑顔は反則だよ。……本の中の王子様よりよっぽど素敵)


 全身に草や花びらをくっ付けて笑い合っていると、いつの間にか来ていた松庵が、ほんわかとした表情で明香たちを見ていた。

 お仲がよろしいことで――という声が聞こえて来そうな笑みだった。


(殿下って、真面目一辺倒な方かと思ってたら全然違ったなあ。二人きりだと表情豊かだし、滑って転びそうになったり、ぼうっとしてお茶をこぼしたり、せっかく整理した資料を全部床にぶちまけて落ち込んだり、色々なさるし。意外とのんびり屋さんなんだよね)


 明香と二人でいる時の高嶺は、感じていたよりずっと喜怒哀楽に富み、おっとりとした性格をしていた。

 うっかり佳良や松庵を様付けで呼んでしまいそうになる、と相談した時は、『では上位者の意識を徹底的に心と体に刻み込んでもらおう。私を練習台にすれば良い。しばらくは私の方がそなたに礼を取るゆえ、そなたは捧げられた礼を受ける側で応じてくれ』と、とんでもないことをのたまった。

 太子と皇女では太子の方が上だが、全き天威師同士という面では同格のため、高嶺の方が明香に頭を下げることも全くの不自然ではないらしい。


(いつまでですかって聞いたら、そなたが皇女らしい振る舞いを自然にできるようになるまでだな、って笑顔で仰るんだよ。先が遠すぎるよ)


 溜め息を押し殺した時、女官たちが満足気に鏡を見つめて微笑んだ。


「皇女殿下、お支度ができました」

「お美しゅうございます」


 鏡に写る自分は、髪も化粧も隙なく整えられている。明香はすぐさま皇女の笑顔を浮かべ、女官たちに微笑みかけた。


「ありがとう。とても素敵ね。……では、外に行きましょうか」


(――とにかく今は明日のお茶会に向けて英気を養わないと)


 できれば、この上等だけど重い衣や簪はもうちょっと簡素になりませんか――という言葉は、喉まで出かかったがごっくんと飲み込んだ。


ありがとうございました。

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