32.動き出す者たち
ご覧いただきありがとうございます。
本話で第1章完結です。
エピローグみたいなもので短いので、次話をすぐに投稿します。
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素早く動き出す神官たちと、指示を出す高嶺。高嶺の腕に抱かれた明香は、昏々と寝入っている。
その様子が、壁にかかった大鏡に写し出されている。
「やっと覚醒したねぇ、俺たちの義妹」
「随分と時間がかかったが、めでたいことだ」
東の神千皇国と、西のミレニアム帝国を隔てる国境。その境に沿うように、二つの建物がそびえ立っていた。一つは流麗な皇宮、一つは堅剛な帝城。開放的な皇宮と対照的に、帝城は要塞か砦のように堅牢だ。
その帝城の一室で、短髪の青年と長髪の青年が鏡を見ながら言葉を交わす。絶世の美貌を持つ二人は、見事な金髪碧眼の容姿をしていた。
「良かったねぇ、ラウ兄上。……ぷぷっ、形代の毛を引きむしられた時の兄上と来たら……」
短髪の青年が噴き出し、ラウと呼ばれた長髪の青年がむぅっと眉根を寄せて頭を抑えた。
ーー少し前、大いなる神から明香の覚醒が近いことを告げられ、ならば目覚めを誘発してみようと鶏型の形代を使って挑発したのが彼だ。
覚醒の第一歩となる徴は、感情の高ぶりがきっかけで発現することがある。直情的な太陽神であればなおさらだ。ゆえに、食いしん坊で甘味が大好きな明香から菓子を奪い、目の前でこれ見よがしに食べて見せた。
形代が鶏型になったのは、ラウが明香と同じく日神の神性を持つためだ。日神は鳳凰を化身とするため、鳥型の使役を好む傾向にある。……太陽神同士にも関わらず共鳴が起こらなかったのは、明香の意識が奪われた菓子に向いていたためだ。
ーー実を言えば、より強硬な手段で一気に覚醒させることも検討された。もっと獰猛な獣に襲わせる、深い湖に落とす、などだ。だが、それは明香の精神に深い傷を刻むだろう。百歩譲って心を鬼にしたとしても、別の問題も発生する。
奇跡の土壇場で、まさに火事場の馬鹿力のように覚醒したとなれば、その経緯は国中に拡散し、語り継がれる。それにより、今後の皇家の者や高位貴族で徴が出ず追い詰められている者、あるいは御威持ちの子が欲しい親などが、それに縋って危険な行為に踏み切るかもしれなかった。命を脅かす場面に晒されれば、起死回生で徴が現れるのではないかと。何しろあの皇家でそのような前例が起こったのだから、と。
それは避けねばならない。ゆえにこそ、笑い話の範囲でーー冗談の範疇で収める必要があったのだ。それらも考慮した結果、あえての鶏で挑発するという手段を試みることになった。
そして、鶏が毛をごっそりと引き抜かれた際のラウは、『ぎゃあぁああぁいっっ痛うぅぅ!』と常ならば絶対に上げない甲高い悲鳴と共に頭を抱えていた。形代と感覚を共有させていたがゆえの悲劇であった。
その時のことを思い出したか、短髪の青年は腹を抱えてけらけらと笑っている。
「あっはっは。あぁ良いな〜、テア義姉上とミアは旧皇宮の分庁にいるからさ。きっと直接見たんだよ、あの目覚めの光。帰って来たらミアに話聞かせてもらおうっと。兄上もテア義姉上に聞きなよ」
ラウが渋面を作ったまま頷いた。
「ああ。だが、その前に母上をお連れしなくては」
そして姿勢を正し、部屋の奥を見た。
――青年たちに背を向け、窓辺に佇む長身の影がある。薄い金髪が日の光に透けて輝いていた。
その影に向かって、長髪の青年は礼儀正しく語りかけた。
「父上、日が沈みましたらティルと共に母上を迎えに行って参ります。父上は夜に謁見が入っておられましたね。母上を先に部屋にご案内しておいてよろしいでしょうか」
影が外を眺めたまま片腕を上げ、ひらりと一度手を振る。了承の合図だ。
「承知いたしました。それでは、私たちも公務に戻ります。行くぞ、ティル」
「はいはーい」
青年たちは流れるような動作で礼をし、部屋を後にした。
静かになった部屋で、影は僅かに身動ぎした。
獰猛苛烈な気迫が迸る。鋭利な威圧に空気が切り裂かれ、窓にはめ込まれた硝子が、装飾の置物が、壁にかかった大鏡が、一斉にびしりと音を立てた。窓硝子に反射した赤い眼が鋭い輝きを放つ。
ぱらぱらと細かな破片を散らしながら、大きな亀裂が走った鏡はそれでも皇宮の映像を映し続ける。
ひび割れた鏡面の中、柔らかな毛布に包まれて長椅子に寝かされた明香は、あどけない顔ですやすやと寝息を立てていた。
ありがとうございました。
今後は第2章→第3章→最終章(上)→最終章(下)になる予定です。
1日に1~3話投稿で進めていれば、2~6か月で完結するかなと思います。
拙い作品ですが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




