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31.皇女はへろへろ

ご覧いただきありがとうございます。

「っ……」


 僅かにふらつきながらも身を起こした高嶺が立ち上がる。高嶺と共に地に伏せていた黄土色の生物も、よろよろしながら再び肩に這い上がった。


「……皆、大丈夫か」


 高嶺は明香たちの方へ歩み寄り、気遣うように声をかけた。

 太子の問いなれば、何を置いても答えねばならない。だが、白珠の気から解放された明香と神官たちは、倒れ込んだまま動けなかった。まるで窒息寸前まで水中に沈められ、あわやというところで陸に引き上げられた溺水者のように、ぽろぽろと涙を流してひたすら空気をむさぼっている。中には体を小刻みに痙攣させて気絶している者もいた。――もしかしたら、失禁してしまった者もいるかもしれない。

 それを見た高嶺が、端整な容貌を翳らせた。彼だけは息を乱しておらず、涙の膜すら浮かべていない。


「皇帝陛下のご尊気に当てられたか。仰った通り、連帯責任ということで軽く仕置きをなされたのだろう。私が西の御子への対応を誤ったことも一因だ、詫びを言う」


 そして、静かだが力強い眼差しを浮かべて皆を見据え、真摯に語りかけて鼓舞する。


「皆が良くやっていることは陛下も十分にご存知だ。一層研鑽せよというのは期待の裏返しで仰ったのだろう。ゆえに今後もこの調子で励んで欲しい。そなたたちがどれだけの努力を重ね、どれほどの成果と実績を打ち立てているかは、この身に沁み入るほど分かっている」


(太子殿下が謝罪されるなんて……ていうか軽いお仕置きだったの? 今の……)


 二重に衝撃を受ける明香だが、確かに神官は神に仕える者なのだから、どのような事情があったにせよ自分が同席していた場でみすみす神を怒らせたのは失態だった。大半の者たちは、四大高位神相手に口を利くことなどできず、皇族の高嶺や神官長の松庵、聖威師の佳良を差し置いて口を挟むことも不可能であったのが実情だが、それでもだ。

 神官である以上は、神を不快にさせては駄目なのだから。

 纏わり付く重みの残滓を振り切るように頭を振って顔を上げると、褐色の鳥が高嶺の前に浮遊しており、慰めるように頭を擦り付けているのが見えた。


「……感謝いたします」


 小さく呟いた高嶺が鳥の頭を撫でる。高嶺の肩からぴょんと飛び移った黄土色の生き物は、迎え入れるように翼を広げて包み込んだ鳥の羽毛の中にもそもそと潜り込み、体をぴったりと擦り寄せた。鳥は満足気にピィと鳴き、ご満悦の表情で目を細めている。


(この鳥……さっき喋ってた気がしたけど気のせいかな。でも、陛下の気にも圧倒されてなかったし)


 至近距離で鳥を見ると、心臓が高鳴った。先ほどよりも強い鼓動だ。慌てて胸を押さえながら、都でまことしやかに囁かれる話をもう一度思い返す。


 ――初代皇帝の遺した神獣が、今も尚この皇宮にいるという噂を。


 2羽の鳥は、白珠と高嶺にそれぞれ付いていた。皇帝と太子の立場にある者を気遣っているのだろうか。

 鳥を見つめる明香を見た高嶺が口を開く。


「何か感じるのか。この鳥は日神様のお力により生み出された神獣――同じく日神たる紅日神の神格を持つそなたは共鳴が起こるかもしれぬ」


 高嶺が撫でるのを止めると、鳥は薄目を開けて明香を見た。


(日神様の……てことは、やっぱり初代陛下の神獣ってことだよね)


 初代皇帝の神格は緋日神であり、紅日神だという明香と非常に近い神格であるため、呼応するということか。納得しつつ上半身を起こした明香は頷いた。


「はい、何だか胸がどきどきして……多分共鳴だと思います」

「そのようだな」


 一つ頷いた高嶺が、すっと表情を改めた。


「明香。こたびのことはとても驚いたであろう。言いたいことや聞きたいことも多くあると思う。いずれきちんと時間を取って話す機会を設けるゆえ、今少し待って欲しい。……ただ、一つだけ先に伝えておきたいことがある」


 透明な煌めき放つ双眸が、瞬きもせずに真っ直ぐにこちらを見据える。


「皇帝陛下はそなたに対し、様々な方面から手を回し多くの采配をなさっていた。だが――そなたの養親が亡くなったことに関しては、何もされていない。両親のことは誠に遺憾であった。あの二人は、最初から寿命が定められていたのだ」


 この歳に病で夫婦共に逝く、と、神々が定めた運命により決まっていた。天威師であればその決定を覆すこともできるが、信仰心の厚い夫婦は心の奥底で天命を悟り、自らそれを受け入れたのだという。ゆえにこそ、高嶺たちは手出しを控えた。無意識下でとはいえ本人が受け入れたのであれば、天威で無理に寿命を延ばしても魂に負担と悪影響を及ぼすだけだ。


「今更ではあるが、養親たちに心より哀悼の意を表する。むろん、この言を信じられずとも良い。本当だという証拠は出せないのだからな。ただ、心の片隅に留め置いてくれればそれで十分だ」


 褐色の鳥も、黄土色のもふもふも、高嶺を肯定するように凛とした視線を向けてくる。


「殿下……」


 きっぱりとした三対の眼差しに、明香は自身の両親が倒れた際の義兄を思い出した。

 両親の容体が急速に悪化し、もはや手立てがないと言われても、泰斗は必死で手を尽くしてくれた。有名な医師に相談し、滋養のある食事を用意し、高価な薬を取り寄せ、上等な治癒霊具を買い、懸命に尽力していた。この世界において死は忌むべきものではないが、それでも(なが)の別れは悲しいものだ。だからこそ、明香と両親が触れ合える猶予を今少しと、最後まで駆けずり回ってくれた。

 あの時の義兄も、目の前の高嶺と鳥たちも、そして先ほど一瞬話しただけの白珠も――皆、何と真摯な眼をしていることか。心の最奥まで貫き、揺さぶるほどの思いが伝わってくる。


(太子殿下のお言葉は、うそじゃない)


 証拠がなくても確信できる。第六感とでもいうべき直感が告げている。


「……はい、信じます。両親は天命で逝ったのですね」


 両親の病は、まさしく天の采配であったのだ。そこに雲上人たちの思惑や策謀は関与していない。

 高嶺が一つ目を瞬かせた。


「陛下と殿下を、皆様を信じます」

「――ありがとう」


 一拍の後、高嶺が微笑む。喜びと照れと恥ずかしさが入り混じったような、少し(おも)はゆそうに頬を染めた顔で。


(あ……)


 明香の心臓が高鳴った。鳥に対して感じた共鳴ではない。もっと甘く、優しく、温かな感情だ。体が熱くなり、思わず視線を下に落とした時。

 いつの間にか回復していた松庵が、姿勢を正して口を開いた。


「太子殿下。お言葉を頂戴しておきながら、すぐのお返事ができなかったことをお詫び申し上げます。また、畏れ多いお言葉をいただき、もったいのう存じます」


 佳良も身を起こしながら言う。


「皇帝陛下と太子殿下のお言葉を胸に、今後も一層神と国の御ために尽力して参ります」


 高嶺が表情と気迫を瞬時に太子のものに戻し、二人を見やった。その対応を見て一瞬で熱が引いた明香は慌てて背を伸ばし、遅まきながらも返事をする。


「わ、私も頑張ります!」


 他の神官たちも各々のできる範囲で体を動かし、高嶺に敬意を示している。

 高嶺が柔らかな表情で言う。


「皆、ありがとう。――では、途来佳良。そなたは本日付けで、紅日皇女付きの女官長及び指導係に任ずる。必要なことは斎縁家で習得済みのはずだが、それを日常生活でも常に実行できるよう叩き込め。今のところ、動揺や困惑を感じると言葉遣いや心持ちが乱れることがあるようだ。神官長も紅日皇女を後援せよ」

「「御意」」


 松庵と佳良が声を揃えて応じ、拝礼する。


「明香、しばし忙しない日々になるだろうが、皇女として励むのだ。そなたは既に17歳。一定期間は私が後見になるが、公務や儀式に慣れてくれば折を見て独り立ちすることになる。また、婚姻に伴う祝宴なども時期を考慮して開催されるゆえ、その連絡も随時行う。――だが、まずは少し休め。仮眠を取った方が良い。殿舎に戻るか、神官府の休憩室で休むこともできる」


 言われた途端、朝からずっと張り詰めていた緊張の糸が切れ、今までの疲労が一気に押し寄せて来た。


(ああそうだ……私、もうへとへと……)


 疲れを強く自覚した瞬間、急に目眩がして体がぐらつく。ふっと意識が遠のいた。


「ここで……やすみます……」

「分かった」


 高嶺が明香を抱き上げる。肩に停まっていた鳥がばさりと羽ばたいて浮き上がった。


「休憩室に運ぶ」


 松庵と佳良が素早く目を見交わした。


「休憩室に毛布は」

「用意があるはずです」


 打てば響くような佳良の即答に頷いてから、松庵が言う。


「太子殿下、神官府の管轄が及ぶ範囲の部分においては、私の方でこのたびの報告書をおまとめいたします。大神官にも諸々の報告をいたします」


 明香は早くもまどろみながら、頭上で交わされる声を聞いていた。


「ありがとう。皇族に関する部分の報告は私の方で作成する。後日すり合わせを行おう」


 続いて佳良も言った。


「それでは私は、指導係としての準備や必要物を揃えます。整い次第、ご指導を開始させていただきます」


(わぁ、佳良様の指導、厳しそう……)


 半ば以上眠った頭で考える。無意識に伸ばした指が高嶺に触れた。閉じていく瞼の向こうで、高嶺が微笑んだのが見えた。神秘的なまでに美しい容貌が、ふんわりと柔らかな光を帯びる。


(殿下……)


 皇女で神託の御子で、ついでに太子妃にまでなった自分には、きっとこれから怒涛の日々が待っているだろう。今までの生活を根底から覆すほど、何もかもが変わる。


(でも、きっと殿下が一緒にいて下さるから。義兄様も、佳良様も、松庵様も。テアお姉様、ミアお姉様、それに陛下だって)


 自分は一人ではない。支えてくれる力強く温かい腕が、それを教えてくれる。


(だから今は、休ませて)


 あなたの腕の中で、少しだけ。

 目が覚めたら、太陽と共にまた進み出せるように。

 今少しだけ、この優しい闇夜の(かいな)で休ませて。


(……高嶺様……)


 そして明香の意識は途絶え、深い眠りの底に落ちて行った。


ありがとうございました。

次話で第1章完結です。

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