30.蒼の御稜威
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高嶺が眉を寄せて白珠を注視する。
「御身の内に神の気が渦巻いております。それもとてつもなく凄まじい怒りを帯びている……四大高位神様の神威でございますか」
動揺の欠片も見せず、白珠が少しだけ背後を振り返る。
「それがどうした」
「神が天威師に怒るなど有り得ませぬ。……西の御子に落とされるはずであった四大高位神様方の神罰を、陛下が代わりに受け入れられたのでは? 彼の神々とて、西の御子に対しては以前より並々ならぬ憤怒を抱かれていたはず」
明香ははっとした。今更ながらに思い出す。
(そうだ、私が鎮めたのは四大高位神様より下の神々。最高神様方をお相手して下さっていたのは、陛下……)
「仮に西の御子にそのまま落とされていたならば、その身一つで受け止め切れるはずがない――余波により我が国の全てが焦土になっていたでしょう。それほどに激しく強大な神威です。天威師であらせられる御身ゆえ、大事に至らずに済んだのです」
高嶺の形良い唇から告げられた恐ろしい言葉に、明香も含めた神官たちが一斉に凍り付く。
(陛下……)
白珠は国を庇い、最高神全柱から放たれた大罰を一身で己の内に受け止めたのだ。
思い返せば、先程龍の姿の白珠が雲を割って出て来た時、四大高位神の光はどこか狼狽えたようにその周りに寄り添い、なかなか離れようとしなかった。天に昇る時も、まるで何度も振り返るように揺らめき、最後まで名残惜しげにしていた。あれは、自分たちの神罰を身代わりに受けた白珠に慌て、心配していたのではないだろうか。
当の白珠は涼しい声で返す。
「それがどうしたと言うのか。神千国の者の罪は我が罪だ。私は皇帝でありこの国は我が国である。なれば西の御子の責を我が身が負うのは至極当然。無辜の臣民に何の非があろうか。咎と罰は我が身が受け、利益と恩恵は臣民に還す。このようなこと言う間でもない」
まるで、雪が白いことは当たり前であり火が暑いのは自明の理だと述べているような、平然とした口調だった。その玉顔は全ての私心を削ぎ落としたようにちらとも動かない。高嶺が唇を噛み、何かを堪えるような表情になる。
「……私が至らぬばかりに」
「皇帝への気遣いなど不要。そなたが心を砕くのは私ではなく民に対してであろう」
白珠は背を向けるとすげなく言った。
「ですが、御身は尊き玉体……」
「不遜」
なおも食い下がる高嶺に、白珠は前を向いたまま一言だけを言い放つ。叱責や怒りの語調ではない。むしろ歌うような軽やかさすら感じさせるほど、さらりと放たれた言葉だった。
だがその瞬間、高嶺が肩に乗せた黄土色の生き物もろとも、平伏に近い体勢で体を折った。明香たちも同様だ。
「かはっ……」
全員が――褐色の鳥を除いた皆が、地に体を擦り付けるほどに深くひれ伏している。白珠の放つ皇帝の気迫が、その強さと重み、それに深さと大きさを格段に増したのだ。
(なに……なに、これ……)
崇敬、畏怖、憧憬――全ての感情が極まって瀑布のように押し寄せ、認識できる容量を超えたそれらは溢れ零れて心身を蹂躙し、息もできないほどの恍惚感が襲い来る。余りにも壮絶すぎる威徳は、真に相手の心肝を寒からしめるものなのだと実感した。感極まった末の涙が溢れ、しとどに頰を濡らす。
(あぁ……)
花梨が使っていた神器も、それを一蹴した高嶺も、相手を制し掌握する圧や風格を醸し出していた。
だが、白珠のこれは次元が違う。決して逆らえない。この凄絶な威厳の極致には。
四大高位神をも凌駕する神々しい御稜威を、蒼き皇帝はただ一言の言霊に乗せて示したのだ。
その眼差しに、声に、仕草に、気に、一挙手一投足の全てに。
――ただひたすらに、魅入られる。
「皆に告げる」
地に伏した高嶺や明香、神官たちを見ようともしないまま、白珠は穏やかとすら言える声音で発した。美声の果てを極めたような旋律に、明香の全身がぞくぞくと震える。
「先程四大高位神様のご気分を害しかけた件に関しては、御光をお迎えしたそなたら全員の連帯責任である。以後は斯様なことが無きようより己の研鑽に努めるが良い。――私はこの後、本日の騒動を説明する準備を行う。それが終わり次第国教の新皇宮に赴くゆえ、何かあれば念話をするか太子に諮れ」
優しい語調で放たれる言葉は、しかし決して逆らうことを許さぬ力を宿していた。その後は何も発さず、白珠は規則正しい足音と共に庭から歩き去って行く。
唯一地に伏せることなく浮遊していた褐色の鳥は、1羽は白珠に付いて行った。もう1羽は高嶺の側に飛んで来ると、動けぬまま地に伏している様子を少しの間見ていた。そして、さっと右翼を翻す。
『……もう良いだろう。許してやれ』
呟く声が聞こえたと同時に、ふっと威圧がかき消えた。
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