24.神々の怒り
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「…………」
重い沈黙と共に花梨を見送った神官たちは、次は明香を見遣る。
佳良が代表して聞いた。
「太子殿下……明香、いえ、皇女殿下は……」
それが引き金になり、「神託の皇女」「こちらが本当の日神様の御子」という囁きがあちこちで走る。
(わぁ、鶏から随分上の方に駆け上がったなあ)
現実逃避気味に考える明香は、遠い目でそれらの声を聞き流し、何とか喉から声を引っ張り出した。
「あの、太子殿下……私が皇女? で天威師というのは、やはりよく考えると余りに信じられないと言いますか――大変恐縮な物言いですが、きっと何かの間違いではないかと存じます。恐れながら再調査をお願いいたします」
若干乱れた言葉遣いになりながらも、自分の件については勘違いだろうと訴える。
「私はずっと市井で育って来た庶民ですし、徴が発現しただけでも驚きなのに……。まさか日神様の愛し子だなんて、やはり考えにくいと思うのです。確かに四大高位神様方は私を皇女と呼ばれておいででしたし、初代陛下の玉も光りましたが……何かの偶然や別の要因が重なって、思い違いや手違いが起こったのではないでしょうか」
普通の庶民として育った娘が皇女だったなど、そういう夢物語は小説の中だけの話のはずだ。現実として自分の身に振りかかったならば、へえそうだったんですか、と容易に受け入れられるはずがない。
「信じられないのも無理はない。さて、どうしたものか」
高嶺は嫌な顔一つせずに頷き、少し思案する様子を見せた。長い睫毛を伏せ、僅かな憂いを帯びた表情で考え込む様に思わず魅了されてしまった明香だが、慌てて気を引き締める。
(だ、だめだめ見惚れてる場合じゃないから! ここで誤解を解いてもらわないと)
すると、高嶺がごく小さな声でぽつりと呟いた。
「ならばその身で証明させよう」
(え?)
明香が瞬きした時、急に空が翳った。明るい日差しが差し込んでいたはずの部屋が、夜のように暗くなる。神官たちが動揺の気配を見せた。
(太子殿下、また太陽を――?)
先日、高嶺が己の力で日を隠したことを思いだした明香は、しかし、次の瞬間に背筋を這い上がって来た悪寒に自分の考えを否定する。
(違う、これは太子殿下のお力じゃない。もっと別の……たくさんの意思と力が集まってる。ものすごい数の声が聞こえる……何? 怒ってる。皆ものすごく怒ってる)
全身に鳥肌が立った。どす黒く粘ついた思念のようなものが、無数に固まってびっしりと空を覆い、いと高き天から地上を圧迫している。
『恐れを知らぬ偽物が』
『至高神様の寵児を騙るとは』
『四大高位神様方にも居丈高に振る舞った』
『何たる無礼の極み』
『三千回の死でも償えぬ』
(ほ、ほんとに怒り心頭じゃない……!)
思わず両腕で自身の体を抱き締めた明香だが、小さな違和感を覚えて首を傾げる。
(でも、何だろう……この怒りって、何か……)
神官たちがさっと顔色を変えた。
「た、太子殿下! 神々がお怒りになっておられます」
高嶺が冷静なまま首肯した。
「花梨の偽証が明らかになったゆえ、お怒りなのだ。四大高位神様方は蒼月皇陛下がお宥め下さっているゆえ、その下の神々であろう。天界に座す神々は、神器の盗難から今までに至る全ての経緯を天上からご覧になっておられたはずだ。畏れ多くも地上を統治している我等真皇族を慮り、今までは見守るだけに留めて下さっていたのだろうが――真相が明かされ、事が公になった今、もはや抑える必要も無しということだ」
佳良が険しい表情で外を振り仰ぐ。
「神の怒りが降り注ぐということでしょうか。まがい物の寵児に騙され、踊らされていた私共も――」
「いや、それはない。そうすれば、同様に偽物に対し後手に回っていた我等真皇族まで怒りの対象としなくてはならぬだろう。神々にはそれはできぬ。神々は決して、真皇族には怒りを向けない」
当然のように放たれた言葉に、明香は目を瞬かせた。
(す、すごい自信満々に言い切るなぁ……)
「神々のお怒りは花梨という個人に向いている。だが、神の怒りは強大かつ大胆だ。花梨に向けた怒りであっても、ついでに都の一帯を焼き尽くすくらいには大きいものであろう。最悪の場合、全ての神々がこのまま荒神と化されるやもしれぬ。至高神様は異次元から達観されておられるゆえ、また別であろうが」
後半に発された衝撃的な台詞に、室内の空気が凍り付いた。
「か……神々の中には、かつて聖威師であられた方々もおられるはず。他の神々をお取りなし下さるのでは?」
一人の神官が僅かな希望を込めた言葉を発するが、高嶺は無情に首を横に振った。
「いいや。そなたらも神官ならば知っているだろう。聖威師や天威師が神格を解放し人の衣から脱した瞬間、その精神性や思考は神のものとなる。人間としての情は、完全にとは言わぬが大方喪失する」
ゆえに人間や地上の味方をしてくれる可能性は少ないだろうと続ける。
「神使として天界に昇った元霊威師も同様だ。天に召されると同時に、その心と存在はもはや人ものではなくなる」
明香は目眩を感じながら慄く。
(まずすぎでしょ、それ……神様方が全員荒神になるなんて! そんなの、地上が天に押し潰されて壊滅するんじゃないの!?)
だが、一気に血の気が引いた顔で身を固くした神官たちは、それでも恐慌状態には陥らない。何故ならば、高嶺が堂々たる態度を崩さないからだ。上に立つ者が揺らがなければ、下も崩れない。頂点にある者は、同時に根底を支える土台でもあるのだ。
松庵がつと目を細めて言う。
「それはいけません。万一そのようなことになれば、とても都の被害だけでは済みませぬ。世界全体の危機となりましょう。藍闇太子殿下、いかがなされますか」
「神々をお鎮めする儀式を行う。案ずることは無い。真皇族の声と意思にはあまねく神が耳を傾け、お応え下さる。ゆえに必ずやお鎮まりいただける。南の祭祀の間に鎮魂の儀の用意をせよ」
あっさりと言い、高嶺は身を翻し――くるりと振り返って明香を見る。
「そなたも来い」
「えっ私も!?」
「当然だ。私と共に儀に参列せよ」
(うそでしょおぉ!? 私なんか何もできないって! こんな地上の安全がかかった時に!)
自分など、せいぜい神々の前で土下座してその背に追い縋るくらいしかできないだろう。斎縁邸にいた頃、料理で厨房を爆破したり掃除で邸を破壊するたび、泰斗や栄生たちに平謝りし続け、ついには土下座の姿勢のまま相手を追いかけるという驚異の土下座走りを体得してしまったが、神相手にも通じるのだろうか。
……などと現実逃避をしていた明香だが、はたと光明を見出した。
(で、でも、儀式に参加して何もできないところを見せつければ、皇女なんかじゃないって分かってもらえるんじゃない? 私が使いものにならなくても、太子殿下がいらっしゃれば儀式自体は成功するはずなんだから)
そう考えると、一縷の希望を見た気持ちになった。
「わ、分かりました。一緒に行かせていただきます!」
目を眇めて明香を見返した高嶺だが、軽く頷くとすぐに踵を返した。
「今すぐ南の間に儀式の用意を」
松庵が指示を出し、神官たちが慌ただしく動き始める。
高嶺に付いて歩き出した明香がふと脇を見ると、案じる表情を浮かべてこちらを見る佳良と目が合った。足早に部屋を出て行った松庵も、一瞬だが気遣うような視線を向けて来た。
(佳良様、松庵様……)
心配してくれているのだと、胸が温かくなる。
(大丈夫、きっと成功します。太子殿下がいらっしゃるんだから。……私が日神様の御子ってのは間違いだろうけど)
大丈夫だと伝えたくて、佳良に小さく頷いて微笑む。驚いたように目を見開く佳良の横をすり抜け、明香は高嶺に付いて場を後にした。
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