19.本物の皇女
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「事の次第をお知りになった蒼月皇陛下は、ご自身の天威を用いて娘をお探しになられた」
皇家の血筋が野に放たれているならば把握しておかねばならない。
(間違いが起こった時点で正直に報告しとけ馬鹿! って思われたよね、きっと)
皇帝がそのような言葉遣いをするかはさておき、驚愕したことは間違いない。
「結果――娘は身重の体で都の外れまでたどり着いたものの限界が来て倒れ、助けてくれた親切な夫婦の家で女児を出産していた。そして……娘自身は出産時に大量の出血が起こって息を引き取っていた」
(娘まで死んじゃったの……)
胸中で呻く明香にも、既に予想が付いていた。命を賭けて我が子を生んだ娘。彼女はおそらく自分の――。
「夫婦は女児を自分たちの子として育てることに決めた。――以上の経緯も含め、今や本当の家族として幸せに暮らしている一家のことを把握された蒼月皇陛下は、その女児こそが神託に告げられた天威師ではないかとお考えになられた」
そう推測するのは当然だろう。時期的に神託が告げた期間にも該当する。
「また、女児の誕生前後のことを正確に把握しようと過去視を行われたところ、上手く視ることができなかったため、その予想を高められた。天威師は高精度で過去や未来を視通すことができるが、高位の神が関与している事柄については鮮明に視ることができないのだ」
つまり女児が生まれた時のことが視えないのは、至高神に愛され加護を賜るという形で関与を受けている天威師だからではないか。そう考えることができるわけだ。
「しかし、女児はまだ御威に目覚めていなかったため、断言はできなかった。至高神以外の高位神から愛されているやもしれぬし、あるいは加護以外の形で関与されているかもしれぬ」
高位の神、それに関与というのは幅広い方面から捉えることができるのだ。
「また、身内に天威師や高位の聖威師がいれば、それだけで間接的にでも関与を受けていると見なされる場合もある。従って、天威師が生まれる皇家の血筋であるというだけで、上手く視えない場合もある。この辺りは個人差やその時々の条件、環境によっても左右されるため、一定ではないのだ」
皇家に生まれる子が、ある程度成長するまでは徴が出ずとも期待され続けるのはこれが理由である。
例えば、真皇族が子の未来を読み、上手く視えなければ天威師や高位の聖威師である可能性がある。だが、皇家の血筋ゆえに視えにくいだけであり、実際は霊威師あるいは御威無しに過ぎないということも考えられる。北の御子はまさにその例であった。
逆に言えば、未来がはっきり見通せてしまえば、そして視えた未来においてその子が真皇族になっていなければ、天威師ではないということになる。時にはそのように早期に分かる場合もあり、子にとってはそちらの方がいいのかもしれない。
「陛下は内密に女児を神託の子の候補に定め、密かに見守りや必要な支援などを行いながら様子を見ることにされた。やがて夫婦の家が火事で燃えてしまった際は、自分の御用達であり目が届きやすい斎縁家で使用人として雇うよう手を回された」
斎縁の名が出たことで、明香ははっとした。
「それらと並行し、もしも必要になった場合に備えて教育を受けさせ、後に夫婦がはやり病で亡くなると、身寄りがなくなった女児を斎縁家の養子にさせた。皆、もう分かっているであろう。――その女児こそが明香である」
血筋で言えば明香は先々代の曽孫であり、高嶺とは再従兄妹ということになる。
「幼い頃から囲い込み、皇家に都合がいい思想や価値観を持つよう恣意的に誘導しようとしたと捉えられても仕方がないが――」
高嶺は正面から明香を見つめ、きっぱりと言った。
「仮にそなたが本当に天威師であるならば、覚醒後は真皇族の役割を果たさなくてはならない。……真皇族に課せられる務めは過酷なものも多い。己の生まれを知らぬそなたにそれを強制したくはないが、避けては通れぬのだ。どうしても嫌だというのであれば、地上で人として生きる資格は無しと見なされ、神に還って天に昇ることになる」
それは初代皇帝の頃より定められている決まりであり、覆すことはできないのだという。
「ゆえに、そなたが将来の真皇族候補である以上、それに相応しい者に導く教育は必須であった」
本当は明香が幼い内に皇宮に引き取れれば良かったのだが、諸事情がありそれは叶わなかったらしい。
「そして月日が流れ、金日神様の神器を得たのは花梨であった。神託の子は明香ではなく花梨かと思われたが、明香も御威を有している可能性は残っていたため、目は離さなかった。そして先日、成長した明香は徴を発現させ、このたび全き天威師として覚醒した」
底知れぬ奥行きを湛えた高嶺の双眸に、明香は呑み込まれそうになった。だが、不思議と恐ろしさや不気味さは感じない。むしろ、安堵を感じさせるような温みに包まれる。
「ゆえに陛下は、明香こそが真の神託の子であると認め、本来の血筋に従って皇家に戻し、皇族として迎え入れることとした」
高嶺が締めくくる。ここまで少しも躊躇うことなく話していたところを見ると、事前に白珠から細かく経緯を聞き、事前の打ち合わせやすり合わせをしていたのだろう。
シンと静まり返った室内で、皆が信じられないとばかりに視線を交わしている。
「では本当に、明香が日神様の御子……」
佳良の小さな呟きが空気に溶ける。
「私は入宮して長い身ですが、畏れ多くも真皇族の御徴を正面からじっくりと拝見したことはございません。そのために明香の徴が鮮明になっても、正しく読むことができなかったのですね」
そもそも日神の神格を持つ者自体、皇国では初代以来生まれていなかったのだから、的確に徴を読み取ることができなかったのは当然とも言える。
だが、天威師である白珠と高嶺、そして四大高位神全員が明香を皇女と認めているのだ。天上人や神々がそろいもそろって戯れを言うはずはないため、高嶺の話は真実であると悟るしかなかった。
高嶺がぐるりと皆を見渡した。
「とはいえ、明確な物証が欲しいと思う者もいるだろう」
星さえ寝静まってしまったような夜色の瞳には、しかし、なにものも抗えない意思の輝きが宿っていた。この場にいる皆が、在るもの全てが、僅かに藍色を帯びた黒き眼に魅入られる。
「ゆえに、明香が間違いなく皇家の血筋であることを証明する」
その言葉と共に、部屋の外に控えていた武官が、布に包まれた何かを恭しく捧げ持って入ってきた。布が開かれると、鳳凰の形を模した緋色の佩玉が現れる。
「この佩玉は皇家に伝わる宝。皇家の血を引く者が触れた時のみ輝きを帯びる。御威の有無や血筋の濃さなどによって光の度合いは変わるが、日神に愛された天威師かつ先々代皇帝の三親等であれば大きな輝きを発するはずだ」
補足した高嶺が、ふと明香に微笑みかけた。優麗な笑みを向けられ、胸がどくんと高鳴る。
「玉に触れてみよ」
「はい……」
逆らえない魅了の力に導かれるように、明香はふらりと前に出ると、武官が持つ佩玉に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、玉から温かな緋色の輝きが立ち上り、室内を夕暮れ色に染め上げた。
「玉が光った」
「あんなに強く」
皆が息を呑む中、高嶺は平然と次の言葉を続けた。
「明香、指輪を外せ」
「え?」
「紅玉の指輪だ。今も付けているだろう」
(な、何でそれを)
思わず左手の小指を抑えた明香だが、高嶺は気にすることなく再度促す。
「早く」
「は、はい……」
逆らえる空気ではない。そろりと指から紅玉を外すと、にわかに室内の空気が変わった。
「これは――!」
「このご容貌は皇家の……」
「皇家の方のお顔立ちでは?」
(何なの急に)
困惑していると、高嶺がさらりと種明かしをする。
「この指輪は霊具だ。原料となる紅玉に力が込められている。皇家の者は人外の域にある美貌を持つゆえ、陛下は明香の容姿から素性を悟られぬよう、対象の認識を歪める霊具を身に付けさせていた。この霊具を付けていれば、容貌を見られても皇家の者ではないかと推測されなくなる。聖威師や勘のいい者は多少の違和感を覚えることもあるが」
佳良がはっと瞳を揺らす。そして問いかけるような、軽く睨むような視線を松庵に送るが、松庵は飄々とそれを受け流した。
そういえば、と明香は思い出す。この指輪は、最初は斎縁邸の中では外していていいと言われていたのだ。だが、うっかり付けないままで外出しようとすることが続いたため、いつでもどこでも付けていろと厳命されるようになった。
(私なんか別に普通の顔だと思うんだけど……)
相変わらず美人の基準がずれたまま修正されていないのだが、本人に自覚はない。
「ではやはり、真実皇家のお方なのか」
神官たちのざわめきが場を満たす。当の明香は疑問の波に襲われていた。
(じゃあ……お父さんとお母さんは私の実の親じゃなかったの? 私にはずっと前から皇帝陛下のお目が届いてたってこと? そんなことって……待って、義兄様はどこまで知ってたの? 斎縁家で作法や教育をしてくれたのも、徴が出て皇宮に入ることになっても……皇女になっても苦労しないように?)
『ちゃんとできないと、後で困るのは明香なんだからね』
『感情に任せて考え無しに動いてはいけない。自分を保って、心の中でも落ち着いて、順序立てて思考するようにしなさい』
何度も言われた言葉が、これまでとは違った響きを持って蘇る。これまで授けられてきたあらゆる教養は、皇族にとって必須のものだ。
皇族なれば、自国と帝国はもちろん、属国の言語、作法、歴史にも通じていることが望ましい。また、国家運営の話にも付いて行けるよう、政治経済や法律、数字の知識なども必要になる。上位の者としての振る舞い方も会得しなければならない。直情的に行動するなどもってのほかであり、常に筋道立てて考えながら動かなくてはならない。
(義兄様は――陛下の協力者だった……?)
指輪の元となる紅玉をくれた者も、おそらく皇帝の息がかかった者だ。火事で路頭に迷いかけていた自分たちを斎縁家に紹介し、明香の瞳の徴にいち早く気付いて神官を呼ばせたあの世話好きな近所のおばさんも、同業だったのかもしれない。
そういえば火事が起こった時、突発的な事故だったにも関わらず近隣の人々はやたらと手際よく対応していた。まさか近所の者たちも、そしてあの火事すらも――
考えがまとまらないままでいると、高嶺がさらに続ける。
「とはいえ、明香に徴が発現した時点では、まだ日神様の寵児と決まったわけではなかった。力が安定せず、覚醒したのが霊威か聖威かそれとも天威かは未知の状態であったからな。だが、御威に目覚めた時点で皇族になる資格は得た。ゆえに、皇宮に入った時点より、明香を皇族として受け入れる準備を密かに進めていた。――その最中に、昨日の一件が起こった」
花梨とぶつかり合いになった出来事のことだ。
「明香は花梨の持つ神器の神威に屈服させられることなく立ち向かい、御威を安定させると私の力で隠した太陽を取り戻した。私はその場で明香の徴を読み、日神の神性を感じた。先ほどの四大高位神様のご様子を見ても間違いないであろう。最高神があそこまで気を配るのは天威師くらいだ」
共に輿に乗った時、高嶺は既に明香こそが日神の寵児だと察していたのだ。
松庵と佳良が呟く。
「それで本日、急遽藍闇太子殿下がお越しになることになったのですね」
「いらっしゃるまで神官の修行をするなというのは、徴が安定した今、神に呼びかければ四大高位神様がお出でになられてしまうため……」
「ああ。本当は大神官と神官長、指導係には先に事情を話しておきたかったが、あいにく昨日は全員が外回りの仕事で皇宮を出ており、時間が無かった。念話は可能だが、このような重要事項は会って話さねばならないと考えたのだ。ゆえに連絡が遅れた」
すまぬ、と軽く目礼する高嶺に対し、松庵は静かに、佳良は恐縮したように頭を下げる。明香は足が震えそうになるのを堪えていた。
(信じられない。信じられないよ、そんな話。……でも、お忙しいはずの太子殿下が私の指導に付いたのは、私への対応が最優先だったから? 四大高位神様がお声を下ろして来られたのは、私が不用意に語りかけたせい? 神を呼ぶなって言われてたのに、声を聞かせて欲しいと願っちゃったから……それであんな騒ぎに?)
真っ青な明香の顔を見て何かを悟ったか、高嶺が付け加える。
「とはいえ、天威師の覚醒は四大高位神様も察知されており、そなたと話したがっておられた。ほんの少しでも神に語りかける言葉があれば、すぐに言葉を下ろすおつもりで待ち構えられていたのだと思う。私も読みが甘かった。そなたの側に付いていれば良かった。だが、昨夜は非常に重要な用事があり、抜けられなくてな……取り急ぎそなたが神に呼びかけぬよう言付けるのが手一杯だった。すまないことをした」
「そんな、太子殿下のせいではありません」
慌てて言う明香を遮るように、ずっと呆けていた花梨が叫んだ。
「――うそよ!」
ありがとうございました。




