18.明かされる出自
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(…………え?)
神官たちが唖然とした表情で明香と高嶺を見比べている。だが、一番混乱しているのは当事者の明香であった。
「……いや、あの……何言って……皇女って私? 何ですかそれ、そんな冗談……」
しどろもどろの返事だったが、この状況なので誰も不敬だとは一喝しない。
「申し訳ございません、思わぬ話をお聞かせいただき我々も驚いております。恐れながらご説明をいただけるのでしょうか?」
松庵が場を代表して聞いた。
「ああ。いきなりのことで本人はもちろん、皆をも驚かせたことであろう。順を追って話そう。――まず、明香は先々代陛下の血筋だ。女皇であった先々代には三人の御子がおられた。双子の長男長女と、数年後に生まれた次女だ」
双子については誰でも知っている。女皇の正配であった先々代の帝国皇帝との間に授かった子たちで、長男は金髪碧眼の容姿であったため帝家に引き取られ、後に太子に立てられて帝位を継いだ。彼が帝国の先代皇帝ルーディであり、彼の息子が橙日帝レイティだ。
一方、双子の長女の方は黒髪黒眼で生まれたため皇家の者となり、やがて太女となって皇位を継いだ。彼女こそが神千国の先代皇帝黒曜であり、彼女の娘が蒼月皇白珠である。
(でも、次女の話は聞いたことない。太子殿下の大叔母様になる方だと思うけど……多分御威をお持ちじゃなかったんだろうな)
果たして、明香の予想は当たっていた。
「次女となる妹君は、双子の兄姉とは父親が違っていた。先々代陛下の側室である皇国の男との間に生まれた御子だったのだが、彼女は徴を発現できなかった」
皇女どころか太女になった長女と、皇女になれず庶子とされた次女。異父とはいえ半分は同じ血を持つ姉妹でありながら、その立場は大きく分かたれた。
「ただし、隔世遺伝で子や孫が強力な御威を持って生まれることはあるため、次女には血統を繋ぐ者としての役割が残されていた」
西の帝家と婚姻させる以外では、皇家が自家の血を外に出すことは少ない。時折限られた名門に、代を重ねても一向に徴が出なかった庶子を降ろすくらいだ。
元々皇家は多産の家系ではない。子は一人かせいぜい二人授かればいい方で、一人も実子を授からず皇家間で養子のやり取りをする場合も多いため、血を外に出さないことで人数が増えすぎるという問題は起こらなかった。それどころか、先代の御世では深刻な次代不足に陥ったほどだ。
それを考えると、4人もの子をもうけた白珠はかなり珍しい部類に入る。
「しかし――その次女が婿を取って生んだ一人息子も、徴を得ることは叶わなかった」
佳良が思い出すように眉根を寄せる。考え事をすると眉を顰めるのは、彼女の癖なのだろう。
「確か、とてもご病弱な方でした。神官府で治療を行う提案をしたのですが、断られてしまった記憶がございます」
高嶺が神妙な顔で首肯した。
「ああ。その男子は生まれつき胸に疾患があり、幾度も発作を起こし、長くは生きられないと言われていた。先代陛下や蒼月皇陛下、そして神官たちは何度も治癒を申し出た。しかし男子と両親はそろって、これも天の采配であろうからと断っていたそうだ。男子は庶子として皇宮の片隅でひっそりと暮らし、やがて青年になった」
大人になるまで生きられるか分からない体だったが、何とか成長することができたのだ。
「ある時、青年は体調の良い時期に小旅行に行くことにした。だが、途中の街はずれで天気が急変し、大雨に降られてしまった」
万一のためにと転移霊具は持参していたが、道中で落とした弾みで故障してしまったという。通信霊具は作動したものの、自分のためにわざわざ迎えを出してもらったり別地の転移霊具で喚び寄せてもらうのは気が引けたため、通信で助けを求めることは次善の手段と考え、ひとまず雨宿りができそうな場所を探した。すると、歩いて行ける範囲に一軒の家があったという。
「青年は一般人だと素性を偽り、近くの家で一時の宿を乞うた。家には寡婦の母と娘が二人で暮らしており、彼を温かく迎え入れた」
その家には転移霊具が置いていなかったため、青年は雨が止むまで居させてもらうことになった。また、彼は従者を二名連れていたが、急な暴風雨で怪我人が複数出ているという騒ぎを聞き、救護活動の手伝いに行かせた。青年自身も手伝おうとしたが、虚弱体質もあるため制止され、母娘の家で待機することになった。
「青年は客人としてもてなされた。夕餉の後には酒が出され、若い娘の酌で飲む方がいいだろうからと、青年に応対したのは娘だったそうだ。若い娘と二人になることに青年は躊躇したが、気遣いは無用だと明るく笑う娘を断り切れなかったという」
母親は別室で繕いをしている最中に眠ってしまい、従者二名は怪我人の運搬に加わった流れで医療施設にて一夜を過ごしたため、完全に青年と娘が二人きりになってしまったのだ。そして娘に勧められるまま、普段は飲みつけない酒を何杯も干し――翌朝正気を取り戻した後は、事が起こった後だった。
「…………」
そこまで聞いた明香は頭を抱えたくなった。神官たちも同じような表情をしている。
(何で他人の家でそんなになるまで飲むかな……)
あえて擁護するならば、飲み慣れないからこそ加減が分からなかったのだろうとは思うが。
「青年は素性を明かし、責任を取ると申し出た。しかし正体を知った母娘は驚愕し、余りに畏れ多いので夢を見たと思って忘れることにすると言い張ったという。今後も気遣いや連絡は一切不要だと」
そんなことはできないと言う青年と押し問答になった末、ついに青年の方が根負けした。昨夜のことは夢だったとし、今後の連絡なども行わないことになったのだ。
(娘は娘で強情だなぁ)
明香は込み上げる溜め息を押し殺して唸った。小さく息継ぎをした高嶺が、さらに言葉を継ぐ。
「青年は謝罪の気持ちとして幾つかの装飾品と自身の腕輪を渡し、何かあれば皇宮に来て衛兵に腕輪を見せれば自分に取り次いでもらえると告げ、ほどなくして帰って来た従者たちと共に出立した」
こうして、青年と娘の一夜は「なかったこと」になった。
「それから十月ほど経過したある日、青年は所用があり一人で皇宮を出た。行き先は皇宮の目と鼻の先にある施設だったため、供は付けなかったという。そして、門を出たところであの時の母親と再会した」
母親は青年に会うため、腕輪を持って皇宮を訪れようとしていたそうだ。
「実はあの後――娘が妊娠したことが分かったのだという。身ごもったと判明した時、母親は皇宮に行くことを提案したが、娘は青年に迷惑がかかると言って固辞した。産み月になり、大きな腹を抱える娘を見かねた母親がなおも勧めると、行方を眩ませてしまったそうだ」
薄々感じていた予感が少しずつ確信に変わっていくと同時に、明香の鼓動が早まる。
(赤ちゃんが……できたの)
佳良が一瞬だけこちらを見た。彼女もきっと悟っているだろう。
「娘と腹の子が心配だと泣いた母親は、途中で雨や雪が降るのも構わず皇宮に向かったことで、風邪をこじらせていた。そこに心労も加わったのか、その後すぐに体調を崩して帰らぬ人となったらしい」
皆が聞き入る中、高嶺は静かに話し続ける。
「青年の両親は既にこの世を去っており、込み入った相談ができる者もいなかった。彼が一人焦燥していた時、強い胸の発作が起こってしまった。医師や神官が治療を施す間もなく息を引き取った青年は、最後の力を振り絞り、魂となって蒼月皇陛下の前に現れ全てを打ち明けた。そして、もう産まれているかもしれない我が子を探して欲しいと懇願して消えたそうだ」
青年の魂はそのまま輪廻の輪に乗り、新たな命に転生していったという。
これは決して薄情なことではない。この世界における死は、哀しくはあるものの決して不吉なことではなく、むしろ誕生と並んで神聖かつ重要なものであるとされている。新たな始まりのために終焉は必須であり、死は次の段階に進むための崇高にして大切な過程であるという認識なのだ。
ゆえに、逝去した者は多少の未練があっても潔く己の死と終わりを受け入れ、早期に生まれ変わることが多い。
「だが、転生のために今世の記憶が浄化されて無くなるその瞬間まで、青年の魂は、娘と生まれて来る子のことを案じていたという」
高嶺がさらりと付け足した言葉に、明香は密かに手の平を握り込んだ。
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