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15.まさかの傘寿

ご覧いただきありがとうございます。

「よろしい。太子殿下からも叱るなとご下命(かめい)を受けていますし、この件はここまでにしましょう。以後はくれぐれも注意するようになさい。……それはそうと、皇族に言い返す程の強い気概があるのであれば、火神(かしん)様に属する神と相性が合うかもしれませんね」


 佳良が続けて告げた言葉に、明香は恐る恐る聞いた。


「あの……私の徴、まだ安定しませんか?」


 佳良は一瞬黙り込み、次いで明香の目を見つめた。


「安定はしています。昨日一日見ない内に、すっかりと。ですので御威も読めるようになりました。ただ……こんな御威は初めてです。どの四大高位神様寄りでもない……かと言って、()()()()()()に近いわけでもない」


 影の最高神とは、四大高位神のいずれにも属さぬ特殊な神々を統べる神だ。その性質上、神官からも恐れられており、滅多に話題に上がることはない。どう思われますか、と問われた松庵は、小首を傾げて淡い笑みを浮かべるのみだ。


「さぁのう。確かに不思議じゃのう」


 煙に巻くような態度で飄々と笑う様子をじっとりと見た佳良は、仕方なさそうに首を横に振って明香に視線を戻す。


「大神官なら何かお分かりになるかもしれませんが、今日は予定が詰まっておられるはず。 こうなれば太子殿下にお聞きするしかありませんね。何かご存知でいらっしゃるようですし」

「――え?」


 さらりと出た単語を一瞬聞き流しそうになった明香だが、すんでのところで拾い上げた。


「どうして太子殿下のお名前が出てくるんですか?」


 いや、皇族ならば神官府を定期的に訪れていてもおかしくないか――という考えが頭を掠めたが、佳良の返答は明香の予想を大きく超えていた。


「ああ、まだ伝えていませんでしたね。畏れ多いことに、太子殿下はあなたの後見になって下さいましたので、本日の午前中にお越しになられます。なるべく早く来られるとお聞きしていますので、もうそろそろいらっしゃるかもしれません」

「…………」


 絶句した明香の表情から、どんな言葉よりも雄弁な驚愕を読み取った佳良が眉を顰めた。


「どうしました? 後見のことに関しては殿下から直々にお伝えいただいたのでしょう? 殿下ご自身からそう伺っていますが」


(え、言われた? 後見って……)


 不意に、輿の上での高嶺の発言が蘇る。

 ――お前は……俺が後見になる。


(い、言われた!)


 それもかなりはっきりと。だが、その後すぐに話が移ってしまったから、割と重要なことなのに記憶から抜け落ちていた。


(ていうか本気で仰ってたの、あれ!? ほんの戯れとかじゃなくて!? そりゃ太女殿下に睨まれちゃったとか事情はあったけど)


 自身が発する言葉の重みと責任を理解している皇族は、無闇には冗談など言わないかもしれない。だが、仮に本気であったとしてもあくまで形式上のことで、そこそこ信用できる臣下を名代として付け、定期的に書類上で報告を上げるくらいが普通なのではないだろうか。


(本気で見習い神官一人に殿下ご本人が世話を焼くつもりなの!? しかも今日の午前中に来るって、後見の話が出たのは昨日の夕方なんだけど)


 太子の予定とは、昨日の今日で急に変えられるものなのだろうか。ちょうど空いていたのかもしれないが……それにしても張り切りすぎではないか。ぐるぐると思考する明香に構わず、佳良が話を進めた。


「太子殿下がいらっしゃるまでは、本日の修行はさせないようにと仰せ付かっています。何でも、あなたと相性の良い神は普通の神ではない可能性が高いからと。あなたは朝早くから自主的に研鑽するかもしれないので、起床したらすぐにこちらに呼ぶよう伝えていたのですよ」


 昨日はあれから一晩気絶し、今日の夜明け前に意識が戻ると、朝食もそこそこに使用人に神官府に連れて来られた。随分と(せわ)しないと思ったが、佳良の指示だったようだ。


(昨日の確認と注意をするためってのもあっただろうけど……)


 考えつつ、明香も頷いた。


「はい、実は私も殿下から同じ命令を受けていました。私を殿舎に運んで下さった時、起きたらすぐ読ませるようにと使用人に手紙を渡して下さったようで……。同じ内容が書いてありました。私と合う神は通常の神ではないから、今後は一人で修行するなと」


 自分と相性が合う神は、一体どんな神なのだろうか。不安になって来た明香を安心させるように、佳良が肩に手を置いた。


「大丈夫ですよ、天威師であらせられる殿下がお立ち会い下さいます。私たちもいるのですから」


 すると、その様子を見ていた松庵が佳良と寸の間目を合わせた。次いでにっこりと笑い、明るい声を出す。


「よぉし、では気分を落ち着かせるために、ここで一つ問題じゃ。この神官府で一番年長の神官は誰だと思う? お主も会ったことがあるぞ」

「え?」


 いきなりの問いに、明香はぱちぱちと瞬きした。


「ええと、ええと……松庵様ではないんですか? 大神官様……は、まだ会ったことないし……やっぱり松庵様だと思います」


 松庵が悪戯っぽく笑う。


「ふふ、外見に惑わされてはいかんぞ。神たる聖威師は老化しない。これは佳良に教わったな?」

「はい。松庵様がご老人のお姿をしておられるのは、ご事情あってのことだとお聞きしました」


 自身も神である聖威師は、歳を重ねても老いることはない。佳良の講義だけでなく、斎縁家でも同じことを教わった。


(蒼月皇陛下も天威師だから、ずっと若々しい外見であられるんだよね。とってもお美しいって言われてるけど)


 泰斗と違い、直に皇帝に拝謁したことなど無いので、正確なことは分からないが。記録霊具を用いて皇族たちを写した肖像や画集、映像はあるが、神の尊顔をみだりに拝するものではないという観点から、市井にはあまり出回っていない。

 それでも行啓や視察などで各地を回ることもあるため、容貌や特徴についてはある程度知られているものの、実際の姿を見た者はそれほど多くはないのだ。


「うむ。わしの場合感覚がおかしいのか、年を経ているのに若い姿でいるとどうも落ち着かんのじゃ。それでまぁ、聖威師としては異端じゃが、年齢通りにの外見になるように変化しておる。……時にお前さん、この佳良はいくつに見えるかの?」

「え……25歳くらいでしょうか。でも聖威師様ですし、講義の際にはご自分も見かけよりは多少歳を重ねていると仰っていたので……実年齢は30歳後半ほどかと思っていました」


「多少! ほぉそうか多少か」

「え?」


 松庵が笑い出し、佳良はすーんとした顔で黙っている。

 何かいけないことを言ったかと若干慌てる明香に、松庵が爆弾発言をかました。


「何と、こやつはわしより少なくとも20は年上じゃ。いや、もっと上かもしれん」


 数瞬後、明香の口がパカッと開く。


「え……えええ!?」

「びっくりじゃろ?」

「……ち、ちなみに松庵様のお年は……」

「わしか? あー、今年で61じゃのう」


 二重の衝撃に襲われながら、明香は松庵と佳良を見比べる。


(61の松庵様より20以上は年上って、佳良様は余裕で80歳超えてるってこと……!?)


 目を白黒させる晄香を見て、松庵はほっほと笑っている。


「これはわしと佳良の秘密兵器じゃ。新米神官にこれを話すと、皆驚きで緊張を忘れてくれるでな」


 佳良は澄まし顔でそっぽを向いているが、嫌そうな雰囲気は無い。合意の上で話題にしているのだろう。


「はい、びっくりしてどきどきがどこかに飛んで行きました……」


 正直に頷くと、松庵は朗らかに笑い、佳良も少し口元を緩めた。一方、他の神官たちは資料や棚を整理したりしながら教導室の中をうろつき、興味津々でこちらを窺っている。松庵と佳良がいる手前、口には出さないが、『鶏がついに神のお声を聞くらしい』とでも思っているのだろう。


(いっそ鶏の神様と相性が良くて、本当の意味で鶏の神官でしたとかいう笑い話にできないかな)


 半ば自棄(やけ)っぱちに考える。


(鶏神様でも他の神様でもいいから、お願いお声を聞かせて……)


 切実な思いで天に祈った時。

 突如として、ぞくりと背筋に悪寒が走った。全身に鳥肌が立ち、体の芯から震えるような凄まじい気迫が圧し掛かる。動作と思考が共に硬直した。


(……な、なに――!?)


 まるで、頭上から天が落ちて来たかのような威圧感だ。松庵がちらと天井を見遣った。佳良が目を見開き、神官たちが狼狽の表情を浮かべる。


「この神威は、まさか……」


 直後、四色の光の帯が部屋の屋根を貫いて室内に降り注いだ。



ありがとうございました。

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