14.お説教の時間
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「何という無茶をしたのですか。皇族に、それも全き天威師に刃向かうなど……世が世ならその場で死罪になってもおかしくなかったのですよ」
神官府の教導室で懇々と説教する佳良の前で、明香は身を縮めて項垂れていた。花梨と一悶着を起こして高嶺に救出された事件は、すぐに皇宮に広がり神官府にも届いた。当然、上司たる明香と松庵の耳にも入る。翌日の早朝から呼び出され、説教を受けることになった。
「経緯は太子殿下からお聞きしています。畏れ多くも、明香は正しいことをしたのだから叱ってはならぬ、今日はゆっくり休ませてやれとの思し召しであられたので、従いましたが……太女殿下を真っ向から否定したと聞いた時は心臓が止まりそうになりました」
おかげで神官たちの間ではますます明香のことが噂になっている。たびたび口の端に登らせるのに『鶏と戦って徴が出た新米神官の娘』と繰り返すのは面倒くさくなったらしく、『鶏の神官』や『鶏娘』に省略され、果てはただの『鶏』という一語にまで短縮されてしまった。
(ついに人間ですらなくなっちゃったよ……コケッコ〜……)
『鶏が太女殿下を正面切って叱り飛ばしたらしい』という囁きが聞こえるたび、顔から火が出そうになる。
なお、松庵が教えてくれたところによると、泰斗と栄生たちはあの後で皇帝直々の治癒を受けてすっかり完治したというので、その点は一安心だった。
「まあまあ、そんなに目を吊り上げんでも良いではないか。……実のところ、お前さんが太女殿下にはっきり物申してくれたおかげで、皆ちょっと溜飲が下がったしのう。」
松庵がやんわりと止めに入る。佳良がため息を吐いて額を抑えた。
「今回は太子殿下が収めて下さいましたが、二度目はないと思っておきなさい。……それで、あなたは結局、緊張の糸が切れて輿の上で失神し、太子殿下のご配慮で住まいの殿舎まで運んでいただいたと」
「そう聞いています」
その時明香は気絶していたので、実際に応対してくれた使用人から聞いた話だ。輿で起こったことは、佳良と松庵には話していない。
(あれはきっと夢だよね)
光溢れる世界、自分の中から迸った灼熱のような感情、雲を割いて降り注ぐ赤い日差し――きっと全て夢だったに違いない。
……そう断じるには、余りに生々しい感触が残っているけれど。
(きっといつの間にか気絶しちゃって、変に現実を混同した白昼夢を見たんだよ)
余りにも現実離れした体験だったので、夢とでも思わなければ説明が付かない。今は何事も無かったように陽が射しているから、きっと自分が気絶した後、高嶺が雲を払って日を戻したのだ。
(太子殿下が私を日神様の再来と呼ぶなんて、有り得ないし。殿下と私じゃ月とスッポンだよ)
ずきりと胸が痛んだ。自分など高嶺につり合うはずがない、考えなくても分かる当たり前のことが、何故かとても悲しく悔しい。軽く頭を振って思考を戻し、返事をする。
「皇族方に続けてお会いしたので、威厳に圧倒されてしまったのだと思います」
佳良と松庵がちらりと視線を交わした。
「太女殿下に拝謁して、驚いたこともあったでしょう」
「ええ、まあ……」
どう答えたものか分からず、明香は曖昧に頷いた。佳良が眉根を寄せて呟く。
「以前はあのようなご気性ではなかったのですが……。幼い頃は、お料理を好まれるご両親と読書好きなお祖父様の下、順調にお育ちになっておられました」
皇家の子は、臣民の家の子どもよりも早く成熟・自立することを求められる。誕生と同時に教育と政務・公務見習いを開始し、12歳で成年相当となり、庶子か嫡子か等によって差異はあるものの、制限付きの権限を得る。その後3年間は親や後見者の指導監督の下で研磨を重ね、15歳で正式な成年となり、同時に名実共に一人前となって制限無しの権限と資格を有するようになる。その時点から誰の監督下にも入らなくなり、義務や責任を全て己自身で負うことになるのだ。
花梨に関しては、両親が旅先で災害に巻き込まれて死亡しており、直系尊属の中で唯一生存していた祖父が指南役であったという。皇家の庶子であった祖父は一年前に逝去しているが、その時点で花梨は成人済みであり、既にその監督下からは抜けていた。
覚醒する以前の彼女は現在のような横暴な性格ではなく、祖父の指導に問題があったとは考えにくいのだという。
「あのお方のお振る舞いやなさりように、思うところを抱くのは分かります。しかし、太女殿下のお怒りを買うことは日神様のお怒りを買うこと。自身だけでなく大切な者まで、ことごとく見せしめを受けかねない。ですから例え正論でも、堪えて呑み込まなくてはならないのです」
「……」
苦いものを含んだ佳良の言葉に、明香は俯いた。
(……どうして)
どうして、他人を平気で傷付けるような者の方が得をするのだろう。
どうして、大事な人を守るために立ち上がった者が足蹴にされるのだろう。
権威も身分も力も全てを持って守られている者が悪人で、何も持っていない無力な者は唾を吐きかけられ蹂躙される。
どうして、どうして――。
(日神様は何故、あんな横暴を振りかざす人を選ばれたの? ……世の中なんてそんなものかもしれないけど)
努力をした分だけ報われるなど幻想だ。力と財と運に恵まれた者が得をする、それが現実なのだ。義兄もよくそのようなことを言っていた。所詮全ては運の良し悪しで決まるのだと。やるせなさと悔しさ、しかしどうにもならないのだという諦念と寂寥がこみ上げた。鼻の奥がツンと痛む。
――そこに、ポンと頭に手が置かれた。視線を上げると、佳良が撫でてくれている。
「顔を上げなさい。下を向いて白旗を上げれば、己の想いと信念まで否定したことになります。あなたのしたことは最善ではなく、見方によっては悪手でもありましたが、決して間違ってはいません。ですから、胸を張って自分の思うままに在りなさい。そうすれば何者にもなれるでしょう」
厳しさと優しさを孕んだ声音に、明香はぎゅっと手のひらを握り締めた。
「体は膝を折っても、心まで縛られたわけではありません。己の内側には無限の自由が広がっています。内面まで屈してはいけません。表向きは殊勝に頭を下げながら、心の中では思い切り舌を出してやりなさい。私は太女殿下にいつもそうしています」
(え、佳良様そんなことしてたの?)
だが、続けて澄まし顔でそんなことを言うものだから、悔しさを忘れてふふっと笑ってしまった。松庵も肩を震わせている。
「……はい!」
しっかりと佳良を見て返事をすると、柔らかな微笑が返って来た。
ありがとうございました。




