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105.もう一つの神託

ご覧いただきありがとうございます。

ブクマ、評価、いいねなどありがとうございます。

気持ちが挫けそうになる度、支えていただいています。

(そうなの?)


 また初めての情報が入って来た。明香は記憶を掘り返し、今までに受けた講義を思い出す。


(ええと、謙皇帝は……)


「……謙皇帝の(おこ)りは、皇国と帝国の最初期の頃。当時は真皇族と真帝族の中で、全き天威師として生まれる者と、通常の天威師として生まれる者が混在していました。それで通常の天威師が全き天威師に遠慮して、謙皇帝が誕生した――と、習ったのですが」


 教わったことを脳裏で復習しつつ、慎重に言葉を重ねていく。


「通常の天威師は全き天威師に対して遠慮し、格下である自身の即位を辞退されたのですよね」


 自分たちは全き天威師より神格が下であるから、同列の地位に即くのはおかしいと主張したそうだ。


「けれど、全き天威師は異なる認識を示しました。最終的には通常の天威師の神格も本来のものに昇華され、全き天威師と同格の至高神になるので実質的に同等なのだと。それに、通常の天威師もまた、天威を持ち至高神に連なる神ですから――全き天威師と並んで登極する立場であるとも仰った」


 両国では、君主は無理に一人を選ぶ必要はない。天威を持つ者は全員が即位するのだからと。


「話し合いの結果、両者の落とし所として、全き天威師は順当に皇帝となり、通常の天威師は謙皇帝となることになりました」


 正式な皇帝であり地位や権限も同等ではあるが、常に皇帝に対して遠慮し謙ることを信条とする――謙皇帝という独特の制度の始まりである。


「以降、その時々の状況や環境、世情や本人のご意向などによって、理由や事情を変えながら、皇帝と謙皇帝が併存することはままありました」


 それゆえ、御威至上主義のこの世界では数少ない例外として、『全き天威師は特別中の特別として扱われるものの、通常の天威師も実質的に全き天威師と同等と見なされる』というある種の矛盾状態が発生しているのだ。

 なお、全き天威師と通常の天威師が混在していた期間は短く、五代目の治世になる頃には全員が通常の天威師となっていた。

 それが三千年弱続いた果てに、ついにその状況を打ち破って再び全き天威師として顕現したのが、レイティと白珠であるとされている。


「私はこのように教わってまいりましたが……」


 高嶺はそうだなと頷いた。明香が口述を始めても、その顔に動揺は見られない。相手の言動や状況に応じて柔軟に指導を組み立てていけるからだ。これは秀峰も同じだった。


「今そなたが述べたことは、一般社会における謙皇帝の起源の通説となっている。だが謙皇帝とは、その実は死の神のために創られたものであった」


 世界を救うどころか滅びに誘いかねない死の神を、通常の皇帝として前面に出さないために創設されたのだという。


「死神あるいは冥神として覚醒した天威師は、本来の神格を秘し、極力目立たぬようにする必要がある。しかし同時に、天威師である以上は皇帝にならなければいけないという宿命も背負っている」


 至高神の末裔は、世界を平らかに統べることで人の神への信仰心を高め、神を慰撫しながら地上と人間を護る、という大義名分の下で人界にいることを許されている。従って、世界を統べる立場である皇帝位に即かないのであれば、その名分を果たしていないと見なされるため、強制的に天に還されてしまうのだという。


「ゆえに、死神及び冥神のために、『通常の皇帝より目立たない皇帝』である謙皇帝が創設された。歴代の天威師の中で死の神として覚醒した者は皆、謙皇帝となってきたのだ。時代が下るに連れ、后や年少者、あるいは統治者型の性格ではない者が謙皇帝になる事例も増えて行ったが」


 それでも、謙皇帝とは元々、死の神のためにできた特殊な地位であったのだ。


「だが、死の神が伏せられる現状はもうすぐ終わる」


 高嶺がふっと微笑み、秀峰と綺羅に一瞥を投げかけた。秀峰の手に包まれた小鳥は、黒い染みが取れ、緋色の羽毛を取り戻していた。とはいえ、まだ油断はできないのか、秀峰は集中を維持し、綺羅も固い顔で小鳥の様子を注視している。


「長き時を経て地上の情勢が安定し、神々の怒りも薄まったことで、世界の滅亡が遠ざかった。ゆえに天界の至高神様方より、死神がその存在を公表し降臨することが可能になるという神託が下された。明確な日取りも伝えられている」


 正確には、天威師は神格を抑えて人間として生きていることになっている。ゆえに、純粋な意味における死の神の降臨ということではないだろう。他の神格に甘んじず、死神であることを明らかにして本来の性情通りの力を振るうことができる、ということだ。


「大丈夫なのですか?」


 明香は眉を寄せて問いかけた。死神が表に出ることで、延命に傾いた世が再び終わりへ傾いてしまわないだろうか。


「至高神様方のお告げであれば間違いはない。そも、生の神のみが世界を治め続けるという状況そのものに限界が訪れ始めている。生と死はどちらも同じくらい大切で不可欠なもの。どちらか一方だけでは秩序が保てない」


 建国時から世界が安定するまでの期間はやむを得なかったのだが、本来は生神と死神は双方が共に君臨しているべきなのだ。


「三千年の年月に渡り、生に属する天威師ばかりが前面に出て統治してきたが、この辺りで死の神が立たなければ、逆に世界にとって良くない状況になってしまうのだ」

「そうなのですか。……もしかしてテアお姉様も死神なんですか?」


 しし帝女、と呼ばれていたが、文字にすれば紫死帝女と書くのではないだろうか。


「神格を公表されていなかったのは死神だからでしょうか」

「その通りだ。テア義姉上が覚醒された時は、既に死の神が降臨可能になる日が迫っていた。あと半年と少し経てば死神だと公言できる状況であったのだ。神格の公表を保留にしておき、時が来れば死神の存在と共に偽りなき神格を発表することにされた」


 目を閉じたまま集中状態を保っている秀峰を気遣わし気に伺いながら、綺羅も補足する。


「死神は特例で覚醒が遅いのです。世界を滅亡させぬよう、本能的に神格の目覚めを抑制するためだと言われています。ただ、同じ死の神でも冥神は死神よりは神格が抑えられていますので、その分覚醒も早く、私は12歳で目覚めました」


 それでも、通常は一桁で覚醒することが多いため、やや遅い方だ。月神たる白珠も同じく12歳で覚醒しているため、一概には言えないが――歴代天威師の中で10歳を超えてから目覚めた者は、死の神であることが多いのかもしれない。


「私が天威師となった時点では、死の神が降臨可能になるまであと数年ほどありました。何年も神格の公表を保留にすることは望ましくないということで、今までを踏襲して他の至高神の――暗神の神格だと装ったのです」


 高嶺がどこか喜色を秘めた笑みを浮かべる。


「だが、もう死の神の降臨が可能になる。今後は、死神及び冥神も、本来の神格を称して前に出ることができるようになるのだから」


 至高神様から神託が降りたのであればそうだろうと思いながら、明香は首を傾げた。


「死の神が降臨可能になるというお告げは、いつ降ろされたのですか? 日取りも確定していると仰っておられましたが」


(蒼月皇陛下と橙日帝陛下がお聞きになったのかな?)


 しかし、高嶺の返答は、明香の予想とは異なるものであった。


「神託は、先々代の皇国皇帝と帝国皇帝方に降ろされたのだ」

「先々代ですか」


(私の曾おばあ様と曾おじい様)


 先々代の皇帝もまた夫婦であり、その頃から真皇族と真帝族が本格的に不足し始めたのだ。


「その神託ではこう告げられたという。死の神が降臨可能になる予兆として、まずは死神の神格を持つ全き天威師が生まれる。一柱の死神が先触れとして生れ落ち、その死神の次の代で死の神の降臨が可能になる。それすなわち、三千年近く誕生していなかった全き天威師が生まれるということであり、先々代方は驚かれたという」

「先触れ?」


 およそ三千年振りの全き天威師は、当代の皇帝ではなかったのか。もしや、秀峰がその先触れの死神なのだろうか。疑問符を受かべて高嶺を見ると、すぐに続けて説明してくれた。


「そして神託通り、死神の神格を有する全き天威師が顕現した。帝国の先代皇帝――つまり我が祖父ルーディ様だ」

「えっ……」

「死の神が復活する先駆けとなる御方。ただし、先帝陛下は橙日帝陛下と同じく、生まれながらの荒神であらせられた。天性の荒ぶる神である橙日帝陛下と唯一対等に渡り合えるとすれば、それは先帝陛下を置いて他にはいない」


 素の状態で荒神である至高神。それだけでも規格外であるというのに、さらに死神であれば大変なことだ。いくら世情が安定し、死の神の降臨可能が間近とはいえ、一気に世界が転覆しかねない。


「余りに力が激しく強すぎた先帝陛下は、厳重に力を抑え、本性を秘して暗神と称することにした。真帝族が先帝陛下お一人しかいらっしゃらなかったために、謙皇帝にはならず通常の皇帝として即位なさったが、死神ということは絶対に露見しないようになさっていた」


 そこで一度息を吐き、高嶺はさらに言葉を継ぐ。


「また、皇国の先代皇帝、黒曜様も、実は全き天威師であられた。闇神の神格をお持ちであったのだ。だが、己の対である先帝陛下が神格を隠しておられたため、ご自身もそれに倣って暗神を装われた」


 思いもよらぬ内容に、明香は幾度か瞬きした。では、真の『約三千年ぶりの全き天威師』は、実は先代たちだったということか。


「もしも先皇陛下が、ご自身が闇神であると――三千年を経て誕生した全き天威師であると公にしてしまえば、世界中が衝撃を受けるだろう」

「はい。橙日帝陛下と蒼月皇陛下が覚醒された時は凄まじい大騒ぎになったとか」

「そうなれば、先帝陛下も引きずられて注目が集まってしまう。先皇陛下の対であるのだからもしや、と注視されてしまえば、本来の神格が露見する確率を上げることになる」


 いくら綿密な隠匿を行っていても、天威師とて完全無欠ではない。何かの拍子にばれてしまうかもしれず、余計な注目を集めたくはなかった。


「ゆえに先代方はお二人で相談され、通常の天威師であると装うことになさったのだ」


 ゆえに、表向きは現在の皇帝たちが三千年ぶりの奇跡を起こした存在ということになっている。


「だが、死神という特性に荒神という条件が合わさったゆえか、先代方はご弟妹に恵まれなかった」


 皇家と帝家は元々子が生まれにくい家系だ。加えて、生や誕生とは対極にある死の神――それも荒神が顕現したことで、ますます子が生まれなくなってしまったのだという。

 辛うじて皇家に誕生した庶妹、つまり明香の祖母は、残念ながら御威に覚醒しなかった。


「今までは、冥神が生まれても陽神など生の神の気で中和できていた。しかし、先代陛下は荒神であられる。その神威は、抑えていても余りに強すぎた。結果、最も近くでその気を浴び続けた先々代陛下方は若くして亡くなられ、天威師は先代のご兄妹お二人のみとなってしまった。……先帝陛下はそれを深く気に病まれていた」


 死神の荒神である自分のせいで両親は早世し、真皇族と真帝族が滅亡寸前になってしまったのではないかと。

 自分と同じ全き天威師である黒曜は、通常の天威師であった両親よりも耐久力が強いため、何とか持ちこたえているが、遠くない内に儚くなってしまうかもしれない。

 歴代の天威師たちが脈々と継承して来た系譜が、自分の代で、自分のせいで絶たれてしまうかもしれないのだ。


「しかし、橙日帝陛下の誕生でその状況が覆された」


(橙日帝陛下? ――ああ、そうか)


 何故そこで現帝が出て来るのかと思った明香だが、すぐに答えにたどり着く。様子や気配からそれを察したか、高嶺が首肯した。


「橙日帝陛下は、死神の荒神を相殺できる唯一の存在……日神の荒神であるがゆえに」


 日神、月神、闇神は共に生の神だが、月神と闇神は夜や陰に属する面を持つ調和の神であり、死神に通じる部分も持っている。完全に死神と対極になるのは、鮮烈な生の光と誕生を司る日神なのだ。


 先帝が放つ異次元の死の天威を、同等の領域にある橙日帝の生の天威が食い止めたことで、皇家と帝家には再び子が生まれるようになったのだという。


(あっ……もしかして)


 明香は分庁の塔で聞いた話を思い出した。

 橙日帝を身籠った娘は、その身の内に両親と帝家、そして我が子への復讐心と邪念を燻らせていた。仮にも情を交わした相手への配慮として、心を覗くなどの行為をしなかった先帝は、その危うい念に気が付けなかったとされている。

 だが、娘がどれだけ巧妙に己の本心を隠しても、結局は徴を持たぬただ人だ。権謀術数が渦巻く政治を切り回し、かつ天威師でもあった先帝ならば、事前にその脅威を感づけていたのではないか。その違和感が、この話を聞いて解消されていく。


(先帝陛下はご無理をして何重にも力を抑えられていたから、一夜の寵の娘の企みに気付けなかったんだ)


 先帝は本来の神格を深く秘匿し、さらに通常の天威師を装い、荒神という荒ぶる面を抑え込み、三重の偽りで厳重に自身の真の力を封じ込めていた。だからこそ娘の危うい心を察知できなかったのかもしれない。


「そして、これが重要なのだが」


 高嶺が今度は窓の外を見た。


「神託で告げられた、死の神が降臨可能になる日にちだ」


(そうだ、いつなんだろう)


 先駆けとして誕生した死神の次の代で死の神が復活するという神託から考えると、先帝の次代である橙日帝と蒼月皇の治世の内にその日が訪れるのだろう。固唾を呑んで続きを待つと、高嶺は微笑んだ。


「実は、明日がその日なのだ」

ありがとうございました。

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