104.知られざる至高神
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「……よ、四番目の至高神?」
「ああ。死神は終焉と無を司り、日神、月神、闇神に匹敵する神格と力を持つ。原初の死神は白死神と称され、その化身は翼を持つ白い天馬だ。ただ、死神はゆえあって存在を隠されているため、後代の研究では闇神だと誤認されている」
(あ……そう言えば、伝承にあった)
明香の脳裏に、神話や太古の伝記を読み解いた学術書の内容が、流星のように脳内を流れていった。
――原初の闇神は黒の神威を持つが、時折、雪を纏った純白の姿で顕れることがあった。
――原初の闇神の化身である黒い麒麟には、時たま翼が生えていた。
(もしかしてあれ、闇神様じゃなくて死神様だったの?)
死神の化身が天馬ならば、おそらく秀峰の分け身であろうあのふわふわした黄土色の生き物は、子馬だったということか。背中が特にもっふりしていたのは、翼が隠れていたのかもしれない。
「死神様は闇神様とは異なる神様なのですか?」
「最も近いが、異なる。闇神は休息と静寂を司る神。生きとし生けるものは、夜の暗闇で身を休めることで心身を回復し、朝が来れば再び光の中に歩み出して活動を再開する。仮に、夜が無くずっと昼間のままで、一切の休憩もなく活動しなければならなくなれば、生物は壊れてしまうだろう」
日の光は生きるために必須だが、だからといって一年中昼のままでは、生き物は生きていけない。夜の静寂と適度な休息も、生きるためには必要なのだ。
「ゆえに、生命を維持するために必要な休息と静寂を司る闇神は、生と有の神となる。日神も月神も同様だ。……だが、死神だけは違う。生命そのものを終わらせる、死と無の神」
明香はそっと秀峰を見た。目を閉じて微動だにしない義兄からは、確かに何か底知れぬ気を感じる。
「だが、死があるからこそ、全てのものは一つの生を終えた後に、別の新たな生命に進むことができる」
生と死の循環と、有と無の周回は非常に重要であり、全てにおいて必須の現象なのだという。
「無から有が生じ、いずれ有は無に還る。そしてまた無から有が生じる。始まりがあればいつかは終わりがあり、終わりがあるからこそその先には新たな始まりが訪れる」
敬意を払うように一瞬だけ秀峰に視線を向けた高嶺は、しかし、すぐに明香に向き直った。
「ひとたび死神が終わりを告げれば、その宣告からはあらゆるものが逃れられぬ。抗い得る可能性があるのは同じ至高神のみだ」
「でも……どうして死神様は存在を隠されたのですか?」
この世界において、死は悲しいことではあるが、忌むべきものでも厭うものでもないとされる。誕生と同列にある極めて神聖な事象とされているため、隠す必要などなかったはずだ。
「死の神という性質ゆえだ。三千年前に初代陛下が降臨されたのは、地上と人間の滅びを食い止めるため。つまり世界と人を生かすため。だが、建国時は地上全土が荒れ果て、神は怒り狂い、世界はまさに死に瀕している状況にあった」
皇国と帝国が誕生した際は、地上と人類の命運は風前の灯火であり、極めて死に近い状態になっていたのだそうだ。
「その状態で、死を司る神が頂点に立って前面に出てしまうと、世界は生き延びるどころか滅亡に向かって一直線になりかねない」
元々死にかけている世界に死神が君臨すれば、最後のとどめを刺すようなものだ。だが、高嶺は軽く頭を振り、すぐに補足した。
「――いや、今の言い方は正確ではないな。死を自在に操る神なればこそ、その力を以って、逆に死を退かせるということも可能なのだから」
生と死は紙一重であり両輪だ。生の神たる日神の力も、発現方法によっては命を刈り取る死の光となる。それと同様、死を制御する死神の力は、使い方次第では死をもたらすのではなく退ける形で用いることもできる。
(義兄様が今やってるもの、多分それだよね)
始まりの神器に迫る終わりを、その終わりを司る神の力で操り、退かせている。小鳥に浮かんでいた黒い斑点が薄れ、消えつつあるのはその証左だろう。高嶺は滔々と言葉を紡いだ。
「ゆえに、上手く立ち回れば、死神の力で世界の終わりを遠ざけることはできただろう。だが、やはり危険性が無いわけではないし、日神に月神、闇神という生を司る神々がいるのだから、あえて死神が前に出ることもないとされた」
(確かに、それはそうかも……)
世界を延命に向かわせたいのであれば、素直に生の神を前面に押し出し、死神は後方に退いていた方が確実だ。
「ゆえに初代陛下方は、死神及び死神に連なる神である冥神の存在を厳重に隠匿した」
「めいしん?」
「冥界の冥に神で冥神。死神の神格が抑えられると、冥神になる。従って、通常の天威師の中で、死の神が有する神格ということになる」
(あ、陽神や朏神、暗神みたいなものか)
そう考えて納得した時、先ほどのテアの呼びかけが蘇った。
(ん? じゃあ、丹冥皇子っていうのは……)
ぱっと綺羅の方を見ると、彼は微笑んで頷いた。
「皇女殿下のご推察の通りです。私は死の神なのです。通常の天威師ですので、仮の神格である冥神に覚醒し、丹冥神となっております。神に還る際には本来の死神の神格が解放されますため、丹死神に昇華いたします」
「それならどうして暗神だと――あ、死神は秘匿されてるから?」
質問している途中に、自分で回答を弾き出すと、綺羅と高嶺が首肯した。
「はい。死神及び冥神として覚醒した天威師は、本来の神格を秘匿し、極力目立たぬようにすることを課せられております。日神、月神、闇神あるいはそれに準ずる神のどれかを称し、謙皇帝として他の天威師の陰に隠れ、ひっそりと気配を殺すのが常なのです」
「死神と冥神の存在が隠されたため、後代の研究者が神話や伝説などを読み解いた際、死神を闇神と取り違えて解釈した。元々、最古の黒闇神様と白死神様は、纏う色こそ正反対であるが、そのご容貌は寸分違わぬほどに瓜二つだ。それもあり、神話の時点で既に混同されがちであったゆえ、誤認に拍車がかかったのであろう」
生か死かという大きな差異はあれど、闇と死は性質的に最も近いものでもあるため、黒闇神と白死神は一卵性の双子のように同じ容姿をしているのだという。
「……実は、藍闇太子殿下に講義を受けた時から気になっておりました」
高嶺の言葉が途切れたのを見計らい、明香はゆっくりと言う。豪栄がいるこの場では、高嶺を下の名前で呼ぶわけにはいかない。それが少し寂しかった。
「緋日神様と翠月神様の、親神様のことです。親神様のうち、父神様は西の至高神様同士が番われた末裔、母神様は東の至高神様同士が番われた末裔で、だからこそその両神の御子であらせられる緋日神様と翠月神様は、東西全ての至高神様の末裔なのだと教わりました」
「そうだな、その理解で正しい」
父神と母神が東西の天界の狭間で出会い、恋に落ちて結ばれたことで、御子神である緋日神と翠月神が顕現したのだ。
「けれど、親神様方がお生まれになられた時点で顕現しておられた至高神様は、金日神様、銀月神様、黒闇神様の三柱。至高神様方が番われたとしても、一柱余るのではないかと」
明香は話す内容を頭の中で整理しながら、頬に手を当てた。
「東の至高神様の場合、神話の中で金日神様と黒闇神様の夫婦喧嘩を銀月神様が仲裁したという記述がございます。それが正しいと仮定するならば、ご夫婦であらせられるのは金日神様と黒闇神様。残る銀月神様のご伴侶はどなたなのかと疑問に思いました」
東の至高神は、金日神と銀月神が女神、黒闇神が男神とされている。
「黒闇神様が金日神様と銀月神様のどちらをも妻とされたか、あるいは黒闇神様と金日神様の間に御子神が生まれていれば、その御子神と銀月神様が番われたのか、など、自分なりに推測してみたのですが」
(そもそも神は性別を超越してるから。普段とは逆の性に転化することもできるし、両性にも無性にもなれる。単独で子をもうけることも可能。だから、銀月神様が単体で御子神を創ったのかも、とかも考えたんだよね)
結局正解は分からず、機会を見付けて高嶺に聞いてみようと思っていたのだが――今の講義を聞いていると、新しい予測が組み上がってきた。
「今、死神様のことをお聞きして、もしやと思いました。ひょっとすると、銀月神様と番われたのは白死神様なのでしょうか」
推測混じりの問いに対し、高嶺の答えは是であった。
「正解だ。東の至高神様方の場合、金日神様は黒闇神様と、銀月神様は白死神様と、それぞれ番われている」
そして、遠い彼方にある神話を手繰り寄せるように、夜色の双眸を細めて続ける。
「――遥かな昔の話だ。東の天界にて、金日神様と黒闇神様、それに銀月神様と白死神様の二組の夫婦神が、伴侶同士で神威を混ぜ合わせ、玉を一つずつ生み出された。これに関しては、同衾して子をもうけるのと同様の行為だと思えばいい。……すると、ご夫婦方が生み出した二つの玉が融合し、至高神たちの御子神となる女神様が顕現された」
それを聞いた瞬間、明香はぴんときた。自ら続きを述べる。
「その女神様が、緋日神様と翠月神様の母神様ですか? 東の至高神様同士が番われた末裔だという……」
「ああ。西の至高神様方も同様だ。西の場合、金日神様と白死神様、銀月神様と黒闇神様とが番われ、それぞれがお生みになられた玉が合わさって男神様が顕現なさった。西の至高神様方の末裔であり、緋日神様と翠月神様の父神様に当たる神だ」
西の至高神は、金日神と銀月神が男神、黒闇神と白死神が女神であるとされる。
「女神様は死神、男神様は闇神の神格をお持ちの至高神であられた。その二柱は後に結ばれ、御子神となる緋日神様と翠月神様が顕現された」
(母神様は死神だったんだ!)
明香は軽く目を見開いた。初代皇帝たちは、地上に在る間も両親のことを敬い、昼夜を問わず祈りを捧げていたとされている。
「緋日神様と翠月神様が地上に降りられる際、親神様方は最後まで反対され、降臨の際は案じて同行を検討されたという。だが、死神たる母神様が傾きかけた世界に降りるのは望ましくないと翠月神様に説得され、断念された。母神様だけ置いていくわけにもいかぬと、父神様も断腸の思いで天に残られたそうだ」
(翠月帝陛下方の偉業はここから始まったんだ……)
降臨して以降、感情と心のままに爆進する緋日皇を、冷静で理知的な翠月帝が時に宥め、時に諭して巧みに手綱を取りながら皇国と帝国を造り上げていった。世界と人を救いたいという想いは緋日皇の方が持っていたものの、統治者として相応しい器量と判断力を有していたのは圧倒的に翠月帝の方であった。
(二代目の陛下方が、父帝がいなければ皇国と帝国の同時創立と基盤整備などとてもできなかったって述懐されてるし)
なお、翠月帝自身は、最愛の妻かつ妹の懇願で渋々共に降りただけであり、降臨に対しては親神と同様に最後まで反対していた。ゆえに、愛しい緋日皇と子孫たちと共に天に還りたいと、常に渇望していたという。
人としての生を終えて天に昇る時は、これでようやく祖神の懐に戻れるという喜びと、今しばらく地上に残る子孫を案ずる気持ち、そして今後生まれる末裔たちを心配する想いとが混在していたそうだ。
「初代陛下方はご両親への畏敬を忘れてはおられなかったが、それはそれとして死神のことは秘された。謙皇帝という制度も、元はと言えば死の神のために創設されたものだ」
ありがとうございました。




