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101.共鳴の奥に視えたもの

ご覧いただきありがとうございます。

「くっ……」


 ぶつけた体が痛むのか、豪栄は顔をしかめて腕をさすり――幾人もの皇族と帝族が揃っている光景を見て愕然とする。


「な……」


 高嶺たちが、瞬時に纏う気迫を真皇族と真帝族のものに変じさせた。


(あ、起きた!)


 明香は抱いた疑問をひとまず横に置き、さっと豪栄の前に歩み寄った。冷ややかな目付きで見下ろす。


「お目覚めですか、宗基家当主殿」

「こ、皇女――」


 舌をもつれさせながら言いかけるのを遮り、ぴしゃりと言った。


「先ほどの無礼な発言を撤回し、蒼月皇陛下に謝罪して下さい」

「は?」

「陛下に対してあるまじき暴言を吐いておられたでしょう。取り消しなさい」

「あるまじき……いや、あれは……あれは、本当のことを言ったまでだ! 夫以外の男に身を弄ばれ、汚れた女を売女と言って何が悪い!」


 気を失う前の記憶を引っ張り出していたか、一瞬考えるように視線を動かした豪栄だが、すぐに思い出したらしい。額に青筋を浮かべて怒鳴り立てる。

 瞬間、背後で幾つもの殺気が膨れ上がった。テアとミアが、凄まじい目つきで豪栄を睨んでいるのが横目に見えた。


(この反応……お姉様方も知ってるんだ)


 ならば、この場にいる全員が承知の上ということだ。


(この人、本当に馬鹿だ)


 頭が回る者がこの状況に置かれたならば、嘘でも謝って切り抜けようとするだろう。いや、天威師たちに虚偽は通用しないと理解しているがゆえに、居直って本音を曝け出したのかもしれないが。

 それでも、言い方や表現を工夫するなど、もっと上手い方法はいくらでもあるはずだ。この男も、初めは可もなく不可もない人材であったというので、最低限の常識と判断力は持っていただろうに。

 ちらと白珠を見ると、蒼き皇帝は正面から明香を見返して来た。


「紅日皇女よ。先般からの反応や言動といい、もしや私の過去を視たのか」


 光の柱の中では、皇宮に張り巡らせている白珠の天威も影響を受けて乱れてしまっている。明確に遠視の力を用いて視聴しようとしない限り、ただ天威を張っているだけでは上手く様子が視えない状況なのだという。

 ゆえに、外が騒がしいことは気付いていたが、具体的に何が起こっているのかは把握していなかったらしい。


「……恐れながらご推察の通りにございます。誠に申し訳ございません。畏れ多くも陛下の記憶を無断で拝見してしまうなど言語道断。我が身の大いなる非礼をここに慎んでお詫び申し上げます」


 完璧な所作で深く頭を下げた明香に、白珠はそうであったかと呟いた。


「詫びなど要らぬ。そなたがいつ礼を失したというのか。謝るのは私の方だ。……そうか、この空間の中、まだ知らぬそなたに流れてしまったのだな。いずれは話すつもりでいたが――驚いたであろう。すまぬことをした」


 こちらを気遣う口調で告げ、小さく目礼した白珠に恐縮する。君主たるものは、本来であれば目下の者に容易く頭を下げることはない。だがこの皇帝は、必要であると判断すれば躊躇いなくそれを行うのだ。そして相対する者は、それにより増長するどころか、より深く叩頭して一層の敬意を示すのだろう。


「もったいなきお言葉にございます。陛下がお気になさることなど何一つございません。私はこう見えても図太いですので」

「ずぶとい?」


 やや唖然とした声で白珠が小さく反復する。


「このような時は、『精神的な胆力には些か自信がございますので』と言いなさい」


 すかさず秀峰の指導が入った。


「は、はい!」

「はい、師匠!」


 今までの習慣で反射的に姿勢を正して返事をすると、何故か隣のテアまで同じようにしゃきんと背筋を伸ばして応じた。そしてはっと我に返り、しまったと言わんばかりに目を動かしている。

 すると、ふっと微かな笑い声がした。白珠が口元を緩めている。細い眉が緩い曲線を描いて下がり、鉄壁の皇帝の面の下から柔らかな面差しが覗いていた。普段よりずっと穏やかで優しい表情だ。

 これが彼女の素の顔なのかもしれない。


(陛下。陛下はとてもお辛い思いをなされたのですね。でも……)


 確認の意思を込め、明香は白珠と真っ直ぐに視線を合わせた。共鳴が強まっているこの場ゆえにその思いを読み取ったか、白珠も目を逸らさずに見返してくる。

 漆黒の中に仄かな月光を宿すような双眸が、清廉に煌めく。奥底まで見えるほどに澄み切った瞳。

 瞬間、明香の中で推測が確信に変わった。


(ああ、やっぱり)


 先程、高嶺たちに真っ先に確認しようとしながら、臆して聞けなかったこと。結局聞けないままここに来てしまったが、白珠の声なき返答により懸念が払しょくされる。


「――(けが)れていません」


 明香は豪栄に向き直り、ぴしゃりと断言した。


「は?」

「蒼月皇陛下は汚されてなどおりません」


(間一髪だったけど……助けられたはずだから)


 明香に流れ込んで来た記憶の終盤で、体内にあった帝家の加護が切れた白珠は、衣を全て奪われ寝台にねじ伏せられた。だが、腰を上げさせられ、純潔が散らされようとした寸前――牢獄と化した部屋の扉を蹴破り、隔絶されたはずの空間に飛び込んで来た人影があった。

 その場で跳躍した人影は、一跳びで先々代大公のこめかみに膝蹴りを入れて昏倒させ、腕を一振りして白珠を捕らえていた幾重もの鎖を瞬時に断ち切ると、己の外套に包んで抱き上げた。

 そこで映像が途切れ、高嶺と秀峰の声が聞こえたのだ。


(だから陛下の貞節は守られた)


 ただし、それでも万一、という憂いはあった。

 明香はその先の記憶を視ていない。助けに来た者が、実はあの後で先々代大公に返り討ちにされ、白珠は改めて赤い悪魔の餌食になってしまった可能性もある。

 だが、おそらくその心配は杞憂だろうという予想も立てられた。


(陛下を助けに来た人……私と共鳴した)


 外套をかぶっていたため、あの人影の顔は見えなかった。しかし、白珠を包むために外套を外した瞬間に淡い金髪がこぼれていた。加えて、大公を蹴り飛ばした際にちらりと見えた瞳は、朝焼けのように美しくも神々しい赤だった。

 そして何より、記憶の中の人物であるにも関わらず、その圧倒的な気で明香と同調したのだ。

 共鳴した記憶の中でさらに共鳴するという二重の現象の中、垣間見えた断片では、とても美しい顔立ちの女性が修羅の形相で怒鳴り立てていた。


『わたくしは自由な恋愛がしたかったのに。人生を潰された、お前らのせいだ!』

『呪ってやる、恨んでやる!』

『これはわたくしの子ではない。わたくしの未来を奪った忌まわしい怪物だ!』

『ああ、何故殺せなかったの。口惜しい。お前などここで死ねば良かったのに……しぶとい餓鬼だ!』


 それは、帝国分庁の塔の中で、高嶺から聞いた話と同じ内容だった。生まれ落ちたその瞬間、実の母の手で殺されそうになった御子。しかも、誕生時から天威に覚醒していたため、その際の記憶を保持していた。


(あの方なら大公なんかに負けない。神器で帝家の力を模倣しただけの奴なんかに)


 そして今、白珠と視線を交わしたことで、処女を奪われなかったという推測は正しく、僅かな懸念は取り越し苦労であったと悟ったのだ。


(きっとあの方は――)


「助けの方が入られましたので、陛下は清らかな御身のままであらせられました。もしや、ご存じないのですか?」


 軽蔑するように冷たく言うと、豪栄は悔し気に頬を紅潮させて明香を睨め付けた。


「……知っているとも。もう少しでこの澄ました顔の皇帝を傷物にできたのに」


 くそっと忌々し気に吐き捨てる様には、三千年続く旧家の当主の気品はない。


「そうですか。であれば滅多なことを言わないで下さい」


 下劣さが滲み出る面相に、明香が内心でげんなりとした時だった。


「その通りだ。紅日皇女の言う通り、滅多なことを言うものではないな」

「蒼月皇陛下は、ご夫君であらせられる橙日帝陛下がきちんとお助けされましたわ。当時はまだ婚約者でしたけれど」


 テアとミアが援護するように口を開いた。その言葉で、明香は自分の予想が当たっていたことを悟る。


(やっぱり!)


「蒼月皇陛下をお助けになられたのは、橙日帝陛下だったのですね。お顔までは見えなかったもので」


 顔が見えていても、橙日帝の顔を知らないため、どの道確信は持てなかっただろうが。ただ、金髪に赤い目であったこと、明香と共鳴したこと、それにより視えた記憶などから推測できた。


「そうだよ。橙日帝陛下はお父上の先帝陛下にそっくりでいらっしゃる」

「ええ、謙帝陛下方も皆そう言っておられますわ」


 姉妹が微笑んで説明してくれた。白珠が橙日帝により助け出されたからこそ、宗基家とノルギアス家の闇は先代皇帝たちの知るところとなったのだ。

 だが、そこで豪栄が泡を飛ばして怒鳴り立てた。


「う……うるさい、横から口を出すな! ()()()()()の帝女どもが!」


ありがとうございました。

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