96話
夜になっても雨は止むことなく降り続き、道がぬかるみ危険だと言うことでイナンは城へ泊まると連絡があった。その連絡を聞いた使用人達の顔ときたら……
まあ、いつも気を張ってて休める時がなかったからね。今日ばかりはゆっくり自分の時間が作れると浮足立っていた。エルスですら、心なしか穏やかな雰囲気を纏っている。
そんな訳で、今日はみんな早めに仕事を終わらせて自由時間を作る事になった。当然、父様の許可は得ている。
そこからは非常に早かった。みんな倍速であっという間に仕事を終えると自室へと籠って行った。
「あれ?どうしたの?」
静まり返った廊下で窓の外を見ていたのはエミール。思わず声をかけてしまったが、何か考え事をしていたのだろうか?
「……ええ、どうも胸騒ぎがして……」
真っ直ぐ外を眺める瞳は真剣で、なんて声を掛けていいのか躊躇してしまう。
「ああ、すみません。きっと気のせいですから気にしないでください」
それだけ言うとエミールも部屋に戻って行った。
ふと、窓の外を見たが外の雨はまだ止みそうになかった……
◇◇◇
いつの間にかに眠ってしまったらしく、重い瞼をこすりながら体を起こすと、下が騒がしい事に気が付いた。
(この声は……)
ショールを羽織り階段を下りて行くとやはりと言うべきか、雨で全身びしょ濡れのクラウスが父様相手に言い争っているような感じだった。傍にはエルスとエミールもいたがその表情は険しい。
こんな嵐の夜に一体何事だと思ったが、その答えはすぐに判明した。
「何事ですか?」
「ローゼル嬢!!」
私の顔を見るとすぐに傍に寄って来た。
「こんな夜分遅くに申し訳ありません。少々確認したいことがありまして……こちらにアルフレードが来てませんか!?」
「は?アルフレード様?さあ、見ておりませんが?」
「…………そう、ですか…………」
クラウスの顔は明らかに曇っていて、傍にいる父様達からもただならぬ空気を感じる。何かあったのは一目瞭然。
「何かあったんですか?」
「………………」
私の問いに、この場にいる全員が口を噤むみ黙ってる。完全に蚊帳の外状態の状況が無性に癇に障った。
「何です!?私には言えない事ですか!?」
「いえ、そう言う訳じゃないんですが……」
クラウスがチラッと父様に視線を向けると、父様は神妙な面持ちで溜息を吐いた。
「ローズ、まずは落ち着きなさい」
そう言うなり「場所を変えよう」とその場にいた全員が執務室へと通された。
今までにないほど重苦しい空気が包む中、その空気を断ち切るように父様が口を開いた。
「さて……ローゼル。落ち着いて聞きなさい」
釘を刺すように言われ、息を飲んだ。
「実は……アルフレード閣下が行方不明だ」
「──は?」
「最後に目撃されたのは昨日。星詠みの者を探ろうと、前回滞在していた国を訪問する為にこの国を出て行ったのが最後だ」
アルフレードが行方不明……?
──いや、ないわ。
みんながこの世の終わりみたいな顔してたから何事かと思ったけど、そんな事か。あの男が簡単に殺られるはずないし、行方不明って言ったって昨日の今日でしょ?そんな大騒ぎすることでもなでしょ。
父様の話を聞いた私は、割と冷静に頭が働いた。
「お嬢様。たいしたことない……なんて思っているんじゃないですか?」
「え!?」
「顔に書いてありますよ」
エルスの指摘で顔を拭うが、そんな事書いてあるはずない。エルスを睨みつけるが、顔を背けてこちらを向こうともしない。
「我々もそう思っていたんですよ」
すかさずエミールも口を挟んできた。
「当初、この場にいる全員がそう思ったんです。ですが──」
そう言うなりクラウスは一枚の布を取り出した。真黒なその布には真赤に染まった血が……
「これって、もしかして……」
「もしかしなくても、アルフレードのものです」
クラウスの話では、今日になっても帰ってこないアルフレードを心配していたが、この雨で足止めを喰らっているのだろうと安易に考えてたらしい。だが、つい数刻前に戻って来た黒竜にはアルフレードの姿はなく、黒竜の足にこの布が巻き付いていと。それはまるで、見せしめのかのように……
「今竜騎士が全力で捜索にあたっていますが、何しろこの雨で手こずってしまって……そこで、シェリング家のお力をお借りに来た次第です」
何もできない自分に苛立ちながらクラウスは血に濡れた布をギュッと力強く握りしめた。
血の付き方からして、少量の出血とは言い難い。そんな傷を負ってるってこと?敵に捕らわれている?一体何処に?
「お嬢様、大丈夫ですか?」
俯いているとエルスが心配して顔を覗き込んできて、ハッと正気に戻った。
(いかんいかん。しっかりしなきゃ)
傷を負っていると分かったが、ご丁寧に布を持たせている点から生きている可能性が高い。
ただ、怪我の具合が分からない以上、時間が無いのは間違いない。
「クラウス様。私に考えがあります。城へ連れて行って下さい」
「それは構いませんが、この雨では馬車は使えませんし……」
「馬で行きます。大の大人が雁首を揃えていても結論が出ないならしょうがないでしょ?」
「それはそうですが……」
煮え切らない返事のクラウスだが、私は外套を持ってくるように指示をする。父様もエルスも当然止めるが、こればっかりは私でなければならない理由があった。
(まあ、あの子が大人しく聞いてくれるか分からないけど……)
というか、こうして押し問答している時間すら惜しい。こうなったら、無理やりにでも……と思った所で、頭上から黒い物体が落ちてきた──もとい、降りてきた。
「おもろい事になっとるやん。なんで僕呼んでくれんの?」
本当に、この男は図ったように現れる……




