75話
「ちょっと。目の前でいちゃつくとかマジ勘弁して欲しいんだけど?」
腕を組みながら心底鬱陶しそうにこちらを見てくる女に気づいた私は黙ってクラウスから距離を取り、女と向き合った。
見た目は若く見える。それこそ私と同年代ぐらいだろうか……しかし、イルダの一件もあるから舐めてかかると痛い目を見る。ただ、国王を野放しにしている状態での長期戦は避けたい。
そんなことを考えていると、クラウスが私の前に出てきた。
「ここは私とエミールに任せて、ローゼル嬢は従者を連れて先に行ってください」
「──な!?」
「冗談じゃない」と文句を言おうとしたが、クラウスの瞳を見て止めた。その瞳は覚悟を決めた者の瞳だった。何度もそんな瞳を見てきた私だからこそ、この人の覚悟を無駄にしてはいけない。そう思った。
「…………必ず生きてください」
「ええ。…………もし、生きて帰れたら、貴方に伝えたい事があります。聞いていただけますか?」
「”もし”ではなく”必ず”です。話ぐらい、いくらでも聞いてやりますよ」
「ははっ、そうですね。では、約束ですよ?」
「勿論!!──エルス!!」
私とエルスは一瞬の隙をついて、国王の後を追うためにその場から全力で駆けだした。一切後ろは振り向かずに……
「さて……お待たせいたしました。お相手願いましょうか?」
二人の姿が見えなくなった所でクラウスは目の前の女に声を掛けた。
◇◇◇
「…………長…………団長!!」
その声にハッとした。見ると、副団長のティーダが腕を組みながら睨みつけていた。
「すまん。どうした?」
「どうしたじゃないでしょ?いくらあのお嬢さんのことが心配だとは言え、上の空は良くないでしょ?仮にも団長なんだから」
溜息混じりのティーダに言われた。
ティーダの言葉も最もだ。団長である自身がこの調子では団員に示しがつかん。
フーと深く息を吐くと、決意新たに顔を上げた。視線の先にはこの国の第一近衛隊の姿がある。
決勝に残ったのはこの国の第一部隊の近衛隊。それに対抗するのは我々竜騎士団だ。
(当然と言えば当然の結果だ)
流石は戦闘に特化した国だけあって一筋縄ではいかず、苦戦する者が多い。まあ、今後の課題としていい刺激にはなる。
(とはいえ、あまり褒められた成績ではないな)
現状としてはあちら側が若干優勢だ。
(次はティーダか)
私の傍で副団長として長年仕えてきた最も信頼を置いている者だ。相対するのはあちらも副隊長。副官同士の試合という事もあり、会場の熱気は最高潮に達している。
試合時間は十分。どちらかが降参するか戦闘不能になるまで戦う。……ここらで流れを変えておきたいところだな。
その思惑はしっかりとティーダに伝わっていた。
開始五分は相手を挑発しつつも自身の攻撃は最低限に抑える。後半に入った所で更に相手を煽り攻撃の威力を強める。残り数分になった所で一気にカタを付けた。
(悪い癖が出たか……)
相手の力を最大限まで出させといて一気に自分の力を放出し、勝った時の快感と相手の失望した表情を共に愉しむと言うあまり褒められた戦闘法ではない。何度も止めるように言ったのだが……
頭を押えながら溜息を吐いていると、満足気のティーダがやって来た。
「次は団長の番だね!!頑張ってよ」
そう言いながら肩を叩かれた。
「お前……何度言ったら止めるんだ?」
無駄だと知りながらも苦言を呈した。
「やだなあ、こういう場所だからこそやってんだよ。見てよ、あいつらの顔。見下してた奴に負けた上に自分の弱い姿をこんな大勢に見られて……ほんと滑稽だよねぇ」
「まったく……」
エミールとか言う第二部隊の隊長も嗜虐的だったが、こいつも大概だな。
だが、結果的に流れはいい方向に向いた。
次は大将戦だ。
ここで私が負ける訳にはいかない。まあ、それは向こうも同じこと。副隊長が負けた今では後がない向こうよりは少々気が楽だがな。
「後のない奴ほど卑怯な手を使うからね。気をつけた方がいいよ」
「そんな事は分かってる。お前は私が負けると思っているのか?」
「まさか!!うちの大将の強さは俺が一番よく知ってるよ」
「なら黙って見とけ」
剣を抜き、しっかり前を見据えて戦闘の場へ。
(全てが終えたら、ローゼルに伝えよう……)
自身の想いを……




