61話
「………………捨ててきなさい」
「いや、犬じゃないんだから……」
約束の小屋へ着くと、クラウスがすでに待っていた。
多少傷はあるものの、ほぼ無傷といっても過言ではない。
クラウスは私の姿に気づくと顔を綻ばせたが、肩に抱いている者を見てすぐに般若のような顔に変わった。
とりあえずエミールとの経緯を話し「手当をしようかと……」と、ここに連れてきたことを話すと捨ててこいと言い出したのだ。
「貴女は馬鹿なんですか?なぜ敵国の騎士を助けなければならないんです?」
「そうは言ってもさ……」
「言い訳は結構。今すぐ元の場所に捨ててきなさい」
「いやだから犬じゃないんだから……」
クラウスは絶対零度の視線を向けながら捨ててこいの一転張り。
私の横ではエミールが苦しそうに息をしている。早く手当てをしなければ手遅れになる。
「お願い!!ここは見逃して!!」
「駄目です」
「………………ッち。石頭が」
思わず本音が漏れた。
「な・に・か?」
「いだだだだだだだ!!!!なんでもありません!!!」
小声で言ったはずなのにクラウスの耳にはちゃんと聞こえていたらしく、私の頭を掴みギリギリ締め付けてきた。
「いや、本当のところ、この人をここで死なせるのは惜しいと思ったの」
「はああああ~……いいですか?この方は敵なんです。ここで生かした結果、我々の首を絞めることになるかもしれないのですよ?」
痛む頭を擦りながら私の意見を伝えると、盛大な溜息をつきながらド正論を吐かれた。
そこは私も考えていない訳じゃないが、その時はその時。たとえ自分の首を絞める結果になろうと私は今の自分を信じる。
その思いをぶつけるかのようにクラウスの目をジッと見つめていると、クラウスも私の意思を汲み取ったのか目頭を押さえながら溜息を吐いた。
「………………分かりましたよ。今回だけは見逃します」
「──ッ!!ありがとう!!」
「まあ、この方を捕虜と考えれば悪くはないですからね」
何やら含みのある笑みを浮かべながら呟いたが、理由はどうあれようやく手当てができる。
服を脱がすと見事な一本傷が出来ていた。付けた自分でも見惚れてしまうほど見事なものだった。
「これは、なんともまあ……これでよく息がありましたね」
クラウスが驚くのも無理はない。普通の騎士ならば即死レベルの傷だ。
エミールが息があるのは攻撃を受けた際、咄嗟に一歩後ろに下がったのだろう。
その数ミリ程度の行動が戦場では命取りになるといういい例だ。
「とはいえ、これではしばらく動けないでしょうね」
「そうね。悪いけどここに置いてくしか……」
動けない者を連れて行くことはできない。そこは黙ってクラウスに従う。
目を閉じ荒い息を吐くエミールを置いていくのは忍びないが、こればかりは仕方ない。
瀕死の者を連れて歩く方がおかしい。
「……貴女は優し過ぎます。時には突き放すのも優しさだと言うことを覚えておいてください」
厳しい口調で言われたが反論は出来ない。
クラウスは小言が多いが間違ったことは言っていない。だから尚更始末が悪い。
今回の件は私に非がある分、甘んじて受け止めるがいつか絶対言い負かしてやるんだから。
クラウスに気付かれないように、グッと拳を握った。
「──では、これからの事ですが……」
「はい!!」
「はい、ローゼル嬢」
二人しかいないのに質問は挙手制。
「真っ向勝負だといくら経ってもボンクラ王子には会えないと思うのよね」
「……そうですね。正面から行けば必ず術者なり騎士が攻撃を仕掛けてきますからね。殿下の元に辿り着くのはいつになることか……」
「敵を相手にしている間に話はどんどん進むわよ。まさに国王の思うつぼって訳よ」
それとは別にルドのことも気にかかる。
正直、王子なんかほっといてルドの元に駆けつけたいが、そうもいかない。
勝手に私の婚約を取り付けた責任を身をもって知ってもらわなければならない。
「まったく……子が子なら親も親よ。こうなるのが分かってたなら自分の息子の尻拭いぐらい親がやんなさいよ。あの狸親父は……」
「そう責めないでください。陛下も随分と悩んでいたんですよ」
クラウスはそう言って庇うが、私はそうは思わない。
こちらには私を含めアルフレードら竜騎士がいる。更には聖騎士団長であるクラウスまでこちらに派遣している。
これを好機と呼ばずしてなんと呼ぶ。
あの人はこれを機に全ての憂いを一掃し、手にあまっていた自身の子の処分も決めた。
己の手を汚さずに……
「……本当、いい性格してるわ……」
「それだけ貴女を信頼しているという事ですよ」
溜息を吐く私に微笑みながら声をかけてきたが、この人も当然知っていたはず。それを私に黙って隣にいるんだからこの人も大概よね……
「まあ、今更文句言っても仕方ないけどさ。早いとこ終わらせて帰ってから直に文句言ってやるわ」
「ふふっ、それは陛下も大変ですね」
「そうと決まれば、早速行きましょう!!」
「は?これからですか!?」
まだろくに策も練れてないが、考えている時間も惜しい。
立ち上がる私を引き止めるかのようにクラウスが声を上げた。
外はもう日が陰り始めている。
クラウスは「日が落ちての行動は危険です!!」と必死に引き止めるが、私を誰だと思っているんだ?
闇夜に紛れる事ぐらい動作もない。むしろそちらの方が人目に付かず都合がいい。
「別に私一人でも十分ですけど?」
「ほお?私が女性を一人行かせるとでも?」
煽ったつもりは無かったのだが、クラウスは剣を握りしめ立ち上がった。
私は「ふっ」と微笑むと扉へと歩み進んだ。
「……………待ってください」
背後からか細い声が聞こえた。




