60話
剣を捨てた私をエミールは警戒しながらもつまらなそうな表情を浮かべていた。
私はそんなエミールをきにすることなく、フーと深呼吸すると目を閉じ、心から一切の感情を無くし無の状態をとった。
耳には風の音や木の擦れる音、動物の鳴き声や川の音……様々な音が聞こえる。
それとは別に全身が神経になったように敏感になっているのが分かる。
その状態でエミールと対立すると、剣の振るう音や微かな足音。それに殺気まで手に取るように分かり、目を閉じたままでもエミールの剣を避けることができる。
エミールは一瞬たじろいだが、今までにない高揚感を感じていた。
「素晴らしい……!!こんな戦い方をする方は貴方が初めてだ!!」
「殺すのには惜しいですね……」なんて、煽るようにあたかも私が負ける前提で話を進めているが、ここで心を乱したら
相手の思うつぼ。ジッと耐え、無の状態を貫き通した。
相変わらず容赦なく剣を振るうエミールだが、私がなにも攻撃を仕掛けず受け身に徹しっているのが面白くないのか先ほどまでの興奮は一変。苛立ちを露にしてきた。
「なんです?その無様な也は……まったく、期待はずれですよ。そのままずっと逃げ続けるつもりですか?」
その苛立ちが剣にも現れ始めた。
剣さばきは大振りになり、雑になってきた。
もう少し……あと少し……
剣が掠り血が滴ろうとジッと時を待つ。
ここで焦れば全てが無駄になる。
「──ッち。いい加減飽きましたよ。終わりにしましょうか!!」
舌打ちをかまし、確実に仕留める為に胸元目掛けて剣を突き立ててきた。
今だ!!と思った私は素早く剣を拾うと思いっきり剣を下から上へと向かって振りかぶった。
ツー……と剣に真っ赤な血が滴るのと同時に、頭上から笑い声が聞こえた。
「……ふふっ……あははははははっ!!!!」
ゆっくり立ち上がると剣に付いた血を振るい落とした。
そして、腹から肩にかけて斬られ真っ赤に染まったエミールを見下ろした。
正直、この戦い方は非常にリスキーだった。
『どうだ?上手くいっただろ?』
結果的にはね!!!
脳内で再生されるボスの声にすぐさま反論する。
乱れる息を整えながら髪をかきあげると横たわるエミールに話しかけた。
「今回は私の勝ちね」
「ええ、文句はありません。素晴らしい戦略でした」
手を差し伸べると、素直に手を取り身体を起こした。
思った以上に傷が深いらしく血が止まらない。
息遣いも荒く苦しそうだ。
いくら敵とはいえ、このままにしとく訳にもいかないだろう。
「……まだ歩ける?」
「おや?負けた私に情けをかけてくれるのですか?いけませんよ。戦場ではその選択が命取りになる」
「それに、この国では負けは死と同等。負けてまで生き延びるなど恥でしかないのですよ」と付け加えられた。
エミールの目は覚悟は決まっていると言っている様だった。
私はそんなエミールの頭に思いっきり頭突きをお見舞いしてやった。
「あのねぇ!!生き延びることが恥!?恥で上等じゃない!!負けたぐらいで死ぬほうが大馬鹿者よ!!あんたの人生そんな簡単なものなの!?もっと剣を振るいたいとか思わないの!?」
頭突きされた額を抑えながら呆けているエミールに仁王立ちで説教を述べてやった。
「あんたはこんなとこで死ぬような奴じゃないでしょ?生きて、こんな国ぶっ潰してやんなさいよ」
ふんっと鼻を鳴らすと、エミールは「あはははははっ!!──ッ痛!!」と自分が重傷なのを忘れて大笑いした。
打ちどころが悪かったか?と少し心配になった。
「いいでしょう。そこまで言うのなら、意地でも生き延びてみせましょう?ですが私を生かしたのは貴方なんですから、ちゃんと責任は取っていただきますよ?」
私の目をしっかりと見据えながら言った。
(あれ?この台詞どっかで聞いたような……)
デジャブかな?と思える台詞に顔が青くなる。
「私を貴女付きの騎士にして下さい」
「お断りします」
即答で断られたエミールは眉を寄せた。
当たり前だ。何故こんなイカれた変態を身近に置かなきゃいかんのだ。
そもそも私は専属の騎士など要らない。自分の身は自分で護れる自信しかない。今も昔もそう躾られてきたし……
「責任と言うのならば、仕事はいくらでも紹介します」
「……それでは意味が無い」
職安でも紹介してやると私が言うが、エミールは即答で拒否の姿勢を見せた。
とはいえ、こんなくだらない話をしている場合ではない。
深手のエミールをゆっくり休ませてやりたい所だが、なにぶんこちらには時間が無い。
申し訳ないと思いながらエミールを立たせ、ふらつくエミールを肩で支えながらクラウスとの落合い場所である小屋へと歩きながら話を進めた。
「貴方なら何処でもやって行けると思いますよ?」
「私をここまで見事に負かせたのは貴女が初めてなんです。私は貴女の元で生きていたい」
エミールは冗談で言っている様子はなく、真剣に私の元に来たいと言っている。
それは重々分かってる。分かっているから言葉に詰まる。
「……………貴女の元にいれないのならこんな命必要ありません」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!ちょっと待って!!」
言葉に詰まり困っている私を横目で見て、おもむろに剣を喉元に突き立てて脅し文句を言ってきた。
「と、とりあえずその話は一旦持ち帰らせて……」
「ほお?持ち帰って濁す気ですか?」
「ちゃんと考える!!」
疑いの目をしながら問いかけてきた。
流石にここまで真剣な者の意見を無碍にはしない。そこまで鬼畜ではない。
エミールは私の言葉を聞いてようやく「……ふっ、分かりました」と納得してくれたようだった。




