第28話
開始二分……いや、三分ぐらい経ったか?
「……五分ってこんなに長いもん?」
「おや?もうギブアップですか?……情けない」
息が上がる中汗を拭いながらエルスに問えば、エルスも汗を拭いながら言い返してきた。
「私は短期戦派なの。それに殺さないように手加減するのって些か難しいし」
足元には倒れたダークウルフが転がっているが一匹も死んでいない。気を失っているだけ。
操られている獣を殺るなんて事はできない。
それこそ理不尽な殺され方でしょ?
ただ、殺ることに特化している私には峰打ちは中々難しい課題な訳で……
「まったく……まだ三分しか経ってませんよ。残り二分どうするんです?まあ、お嬢様が無理だと言うならば私一人でも全然対応できますが?」
「……二分ぐらいどうってことないわよ。そんな事言ってるエルスだって息が上がってるんじゃない?休んでていいわよ?」
「なに馬鹿なことを……」
言い合いながらも手はしっかりと動かす私達はちゃんとしたプロだと思う。
ちなみにルドだが、木の上で必死に解術に取り組んでいるがどうにもうまくいかないらしく焦りの表情が見て取れる。
「……お嬢様。あの者を本気で信用しているのですか?」
私がルドの方を見ていたとに気づいたエルスがそんなことを言ってきた。
「まあ、契約したのは想定外だったけど、あれで結構従順よ」
「……いくら契約したからと言ってそう簡単に信用すのはどうかと思いますよ?」
エルスが言っていることも正しい。
仮にも相手は黒魔術師。それに敵対しているスミリアの人間だと言うのだからなおさらだろう。
正直ルドの考えていることは私には分からない。今は従順なふりをしているだけで明日には裏切るかもしれない。
それでも……
「私はルドを信じる」
真っ直ぐエルスを見つめるとエルスは深い溜息を吐いた。
「……私の教育が悪かったのか……」
そう言うなり、なぜか自己嫌悪に陥り一瞬だけ隙が出来てしまった。
その隙を一匹が気づき、ここぞとばかりに飛びかかってきた。
「エルスッ!!」
「──っぐ!!」
慌てて剣を構えたが数秒遅かった。
その一匹の鋭い爪が見事脇腹に食い込みながら勢いよく投げ飛ばされた。
「エルス!!」
慌てて駆け寄ると脇腹は引きちぎられ、止めどなく血が溢れている。
辛うじて意識はあるが、早く手当てしなければ命が危ない状態だ。
「ちょっと待ってて!!すぐにルドに頼んで屋敷まで飛ばしてもらうから!!」
「……いけ……ません…はぁはぁ…あの者には……解術……ぐっ……」
「今はそんな事言ってる状況じゃないでしょ!!」
こうなれば解術どころではない。
解術は一旦中止してもらい、エルスを屋敷に運んでもらうのが先決。
その間は私一人でこの場を食い止める。
決意が決まりルドの元へ行こうと立ち上がった瞬間、顔が引き攣った。
血の匂いを嗅いで野生の血まで疼いたのか涎を垂れ流したダークウルフに囲まれていた。
「あらあら……困ったちゃんね。血の匂いに当てられちゃったのかしら?」
「お……おじょう……さま……にげ……」
引き攣る笑顔で言うと、背後から息絶え絶えながらも私を心配する声が聞こえてきた。
「はぁ!?私を誰だと思ってんの!?有所正しき暗殺一家のシェリング家の一人娘ですけど!?」
なんて恰好つけて啖呵きったけど、冷や汗が止まらない。
なんとかルドの元まで行かないとエルスがもたない。
(やるしかない)
ギュッと自然と剣を握る手に力が入る。
「……エルス。私より先に死んだら十代先まで呪うからね!!」
そう言い残し目の前のダークウルフに向かって行った。
後ろから声にならない声が聞こえたような気がしたが、振り向いている暇なんてない。
(さっきより攻撃力が増してる……やっぱり血の匂いに当てられたか……厄介だな)
ルドの元まで約五メートル。
こんなに長い五メートル初めてだよ。
「──っ!!っとに、君たちもいい加減目を覚ましてくんないかな!?」
苛立ちをぶつける様に剣を振り続けるが、攻撃対象が一人になったことで、ダークウルフも好都合だと言わんばかりに一斉に飛び掛かってくる。
一気にきたもんだから躱すのが精一杯で足元まで気が回らなかった。
「げっ!!」
足元に転がっていたダークウルフを踏んづけ態勢を崩してしまった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
慌てて言葉の通じないダークウルフ訴えたが、当然そんな事聞き入れてくれるはずがない。
一匹が飛び掛かると、それを皮切りに続々と飛び掛かって来た。
(やばっ!!)
流石にまずいと思い目を閉じた。──……が何ともない。
うっすら目を開けると、私の前には瀕死のエルスが剣を構えていた。
「エルス!?」
私が声を掛けると、エルスは膝から崩れ地面に倒れた。
私が抱き上げると足元にはエルスの血で血だまりが出来ている。
その血は止まることを知らない。
「こんなことして……!!本当に死んじゃうじゃない!!」
明らかに死を早める行動に怒鳴ったが、私の視界は涙で滲んできた。
「……はぁ……はぁ……なに……はぁ……ないてい……いるんです……か……」
いつものように意地悪く言うエルスだったが、その顔は何処か安堵していた。
そして、その言葉を最後にエルスは気を失った。
こんな時でも私を護ってくれるエルスをここで死なせる訳にはいかない。
ぐっと唇を噛みしめ、エルスを護るようにもう一度ギュッと抱きしめた。
呼吸は徐々に薄くなっている。──時間がない。
もうなりふり構ってられない。
「もうお遊びは終わり……次は本気で殺りに行くよ?」
唸り涎を垂らし私達を囲んでいるダークウルフに殺気を漂わせ忠告するが、やっぱり私の言葉は届かなかった。
「──っち!!やっぱダメか!!良心が痛むけど、背に腹はかえられない!!ごめんね!!化けて出てこないでよ!?」
剣を手にし地面を蹴ろうとしたその時……──
「いや~、おまっとさん」
鬼気迫る雰囲気に似つかわしくないのんきな声が聞こえたかと思えば、戦闘態勢だったダークウルフがその場で苦しそうに地面でもがいていた。




