119話
若返ったユーエンは、こちらが驚くほどの俊敏な動きで女神の攻撃を避けている。
とても元聖職者とは思えない動きに、思わず目を見張ってしまう。
「あんたの爺さん、凄いわね…」
「普段はあんなんですけど、本気を出すとかっこいいんですよ。うちの爺ちゃんは」
私が呟くと、ユーシュは誇らしげに言ってきた。見つめている瞳は輝いていて、まるで幼い子供よう。
「ちょこまかと逃げるばかりでは、わたくしには勝てませんわよ!!」
「そうじゃな。そう思うんなら、少しぐらいは手を抜いてくれてもいいんじゃないか?」
額に汗を滲ませながら言うが「馬鹿げた事を…」と鼻で笑われていた。
「弱音を吐くぐらいなら、大人しく殺られておしまいなさい!!」
攻撃の威力が増し、流石に疲れの色が見えてきたらしい。見るからに動きが鈍くなっている。
このままじゃ……そう思った時
「ゴホッ」
咳き込みながら、ユーエンが盛大に血を吐いた。
「…限界や」
「!?」
悲痛な表情を浮かべたルドが呟いた。
「爺さんの体力を考えたら、数分しか持たん。そこを無理矢理引き延ばしとるんや。体の負担も相当。立ってるのもやっとやと思うで?」
ルドの言葉の通り、肩で息を吐き酷く辛そうだ。顔色も良くない。
ユーシュが「爺ちゃん!!」と駆け寄ろうとした。が、それを「来るな!!」と遮った。
「……来るんじゃない。これは、儂の命をかけた大舞台じゃ。主役の座は渡さんぞ」
口から流れる血を拭う事もせずに、ほくそ笑みながら言い聞かせるように言ってくる。
そして、最後の力を振り絞るように力強く地面を蹴り、再び女神に向かった。
「ローゼルさん!!爺ちゃんを助けて!!」
ユーシュに泣きながら縋られたが、私はその願いを聞くことは出来ない。
覚悟をもってこの場に挑んでいる者に手など出したら、それはその者を侮辱しているのと同じ事。
それはルドも分かっているので、歯を食いしばって見守るしかない。
そんな私たちを見て、絶望の表情を浮かべるユーシュに「ユーシュ!!」と声がかかった。
「しっかりと見ておけよ!!お前の爺ちゃんがどれだけかっこよく、勇ましかったかその目に焼き付けておくんじゃ!!」
攻撃を避けながら伝えると、ユーシュは涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた。
「お前は爺ちゃん子だったからのぉ。寂しくなるかもしれんが、大丈夫じゃ。お前は強い。爺ちゃんよりもな」
「そんな事ない!!爺ちゃんがいなきゃ僕は…!!」
ユーシュの悲痛な叫びに、見てるこちらまで心が苦しくなり、顔を背けてしまう。
「お前には仲間がおる。……儂には仲間と呼べる者はおらんかったからな……ゴホッ!!」
「爺ちゃん!!」
もういい加減限界なのだろうが、血反吐を吐きながらも動きを止めない。
「あはっ、無様ですわね。いい加減、わたくしも飽きましたわ。終わりにさせても宜しいかしら?」
ゆっくりと腕を上げ、最後の攻撃を仕掛けようと言うのか。
「……ああ、ちょうど仕上がった所じゃ」
「!?」
不敵に笑うユーエンを見た女神は慌てて身構えた。
「儂が考え無しにただ逃げていたとでも思うたか?残念じゃったな。ようやく完成したわ。お主を囲う陣がな…」
それと同時に女神の足元が赤く光りだした。
「ッ!?」
「身動き取れんじゃろう?」
自慢気に微笑みながら言うユーエン。
その言葉通り女神は必死にもがいているが、見えない力に囚われているようで身動きが取れていない。
「さて、最後の仕上げじゃな」そう言いながら、ユーシュの方を見た。
「──ふっ、なに泣いておるんじゃ。男の癖に泣くんじゃない」
「だ、だって……」
泣きじゃくりっているユーシュを見て、困ったように眉を下げて笑った。
「困った奴よのぉ」
そう言ってユーエンはユーシュの傍に来ると、力強く抱きしめ宥めるように頭を撫でた。
「すまん。お前には最期まで苦労をかけるな…」
「…ふっ……うっ…うう……」
嗚咽を聞いていると、こちらまで泣きそうになる。胸が苦しくて仕方ない。
私が必死に涙を堪えている横では「ぐす…ぐす……」とルドが縮こまり肩を震わせて泣いている。
「時間がない。ユーシュ、儂が言った通り頼むぞ」
「無理だよ!!僕一人じゃ………」
「なあに、お前なら大丈夫じゃ。何と言っても、儂の孫じゃからな。お前は自慢の孫じゃ………これから先もずっとじゃ」
ニコッといたずらっ子のような笑顔を見せ「爺ちゃん!!」と叫ぶユーシュを無視して、未だにもがいている女神の元へ。
「無様な姿じゃな」
「この程度でわたくしを殺れるとでも?首を斬り落としても命までは奪えませんわよ?」
最後の悪あがきと食ってかかるが、ユーエンは冷静だ。
……というか、首を斬り落としても生きてると言う事実を今知り、驚きを隠せない。
「さあ、いよいよ終演じゃ!!派手に行くぞ!!」
ユーエンは叫びながら女神に飛び掛かって行った。




