117話
「いや、依り代。と言った方が正しいか…?」
「ふふっ、誰かと思えば……随分と久しい………」
ユーエンに気が付いた聖女は、不敵な笑みを浮かべながら呟いたが、ユーエンは気にせず続けた。
「そやつは女神であって女神じゃない」
「は?」
「そやつは、女神の怨恨が生んだ化け物じゃ」
どういうことかユーエンを問い詰めた。
それによると………青年に殺された女神の恨み憎しみがこの世に留まり、怨恨としてこの地に被害をもたらしていたが、一人目の生贄を差し出した所で女神と呼べる神はいなくなった。神が人の命を喰らえば、それはもう神ではない。少し考えれば分かったことだが、人と言うものは単純で簡単に信じる節がある。
人の命を喰らい力を付けた所で、再びこの地に降りるための器を探していた。丁度、身重の女性を見つけ、その子に宿った。そして、聖女として今現在君臨していた。
「……気づけなかった儂も同じことじゃがな………」
ここまで何人もの男が、この似非女神の餌食になっている。ユーエンは自分を責めるように、顔を歪めている。
「そのものが纏っているのは、怨恨、怨念が凝縮したものじゃ。触れれば飲まれるぞ」
一通りの説明を聞いて言いたいことは多々あるが、要は女神が悪魔にジョブチェンしたって事だろう?信仰してたのが女神じゃなく悪魔なんて知ったら、この国の奴ら発狂するだろうな。悪魔に供物を与えていた事になるんだから。
「……ルドの師匠はこいつに飲まれたのか………」
私がぽそっと呟くと、ルドは眉間に皺を寄せて睨みつけている。その様子を頬を緩めて愉し気に見ている聖女こと女神に嫌な汗が背中を伝ってる。
(参ったな)
足が竦みあがって、一歩が踏み出せない。
威圧感と言うよりは、今まで感じた事のない恐怖を感じる。これは、今まで犠牲になって来た者達の哀訴だろうか……悔しくて悲しくて、酷く苦しい……
「……じょう………お嬢!!」
「はっ」とルドの声で我に返ると、目からとめどなく涙が溢れている。
どうやら、意識を持って行かれそうになっていたらしい。
「あかんよ。しっかり気ぃはっとらんと、すぐに飲まれるで」
「助かったわ。ありがとう」
涙を拭い、深呼吸してから前を向いた。
「あんたは女神でもなんでもないわ!!ましてや悪魔でもない。自分の欲求を満たそうとするだけの化け物よ!!」
剣を突き付け、力強く言い切った。
「あら、わたくしを化け物と呼ぶの?………それは許せませんわね」
クスクスと笑っているが、目は全く笑っていない。
「わたくしは、この国の民の為に尽力を尽くしてまいりましたのよ?他国の者が口を挟むとは、どういった了見かしら?」
「うちのアルフレードに手を出した時点で、関係ないとは言えないのよ。あんたこそ、イナンの口車に乗せられてた側じゃないの?」
アルフレードを餌にしたのはイナンだ。アルフレードを餌にしなければ、今こうして正体を知られることもなく聖女として暮らしていけたはず。
まあ、悪事は遅かれ早かれ暴かれると決まっているが……
「ふふっ、随分とおめでたい頭をしている事」
思わぬ返答が返ってきて、思わず言葉を飲み込んだ。
「彼に力を与えたのはわたくしよ」
「は!?」
「ただの人間如きが未来を視通すなんて、神のような力持っているはずがないでしょう?」
いや、それを言われれば、まっことその通りなんだが……
「彼の魂は他の者と違っていたの。ただの気まぐれでしたわ。力を分け与え、ここまで導いたのよ」
何となく分って来た。
イナンは最初ら、この女神に憑りつかれていたんだ。
「あの騎士は、彼が目障りだからとわたくしに差し出してきたのよ?それなのに、どうです?わたくしがいくら媚びても目の色一つ変えませんの。そんな者初めてで………正直、興奮しましたの」
うっとりと頬を染め惚けている。
「あの方はわたくしのもの。相手が誰だろうと、譲る気はありませんわ」
「は、アルフレード様も随分な変態に目を付けられたこと」
苦笑いしつつ、剣を構えると「来るで!!」とルドの言葉を合図に、黒い靄が鋭い刃となって向かって来た。
「チッ」
飛び退き避けるが、一息つく暇すらないぐらい攻撃が続いてる。
「あははは!!逃げるしか脳がないのかしら。そんなでは、わたくしには傷一つ付けれませんわよ?もっとも、付けさせる気はありませんけど」
高笑いが聞こえ反論したい気持ちはあるが、その余裕がない。近付くことさえ出来ず、息ばかり上がる状況に苛立ちが募る。
「ちょっと!!なんか策はないの!?」
「あったらやっとるわ!!」
同じく逃げ惑っているルドに苛立ちをぶつけるが、私以上に苛立っている様子で怒鳴り返された。イルダの件もあり、相当頭にきてる様子。
「あれを殺る事は無理じゃ」
「爺さん!?」
逃げ惑っている最中、ユーエンの言葉が聞こえた。
「じゃぁ、どうすんのよ!!」
「…儂が封印する」
そう宣言したユーエンを、ユーシュが悲痛な表情で見つめていた。




