104話
険しい顔をしながら話してくれたのは、耳を疑うようなことだった。
女神がいなくなり、供物を与えることで何とか最低限国としての働きは出来ているが、それでも綻びが出る。そこで、そこを補填する為に聖女と呼ばれる者を置くことにした。
だが、そこでも問題が起きた。女神が若い娘に嫉妬し始めたのだ。
聖力と共に生気を吸われ、一月足らずで美しく若々しかった聖女は老人のような姿になってしまう事例が多く上がった。そうなれば聖女になりたいと言う者はいなくなった。
そんな時、一人の女が聖女になりたいと立候補してきた。その者は見たこともない者だったが、どうせ捨て駒だと思い教会で聖力の計測をしたところ、女神に匹敵するほどの聖力の持ち主だという事が分かった。
教会の者達は歓喜し、すぐに聖女として迎え入れた。
「町の人達は聖女様を女神同様に讃えていて、この国の実権を握っているのは聖女様だとまで言われています」
「……そういえば、教皇らしき奴の後ろにローブを被ったのがいたわね……」
「それが聖女様です」
あの時は急いでいてあまりよく見えなかったけど、厳重に警護されていたのは分かった。
「そうか、僕が術使えんようなったんは、そいつのせいやね」
この手の話は退屈だとほどんど聞かないルドだったが、珍しく口を挟んできた。
聖力と魔力では相性が悪すぎる。神同様の力を持っているのなら、ルドの術を封じる事なんて容易い。
ルドは悔しそうにしているが、原因が分かっただけでも上々だ。
「そして、これは捕まっている時に耳にしたものなので確証はないのですが、聖女様の子供を残す為に最も最適な相手は、美しく強く気高い騎士である。それは他国にいると……」
「「!?」」
チラチラとこちらを気にしながら言いずらそうに話してくれたが、すぐに察しはついた。
「なるほど、その聖女の子作りの相手に選ばれたアルフレードってことね」
「何と言う事だ……」
クラウスは信じられないように呟いている。
「なんでもお告げがあったらしいです。詳しい内容は分かりませんが、お告げの通りに騎士が現れたと騒いでおりましたので……」
「僕から話せるのは以上になります」と言って話を括り締めた。
「十分だわ……ありがとう」
落ち着かせるようにフーと深く息を吐き、クラウスに向き合った。クラウスは今だに混乱しているようで、茫然としている。
「とりあえず、彼の居場所が分かっただけでも良しとしましょう」
状況的にはあまりよくないが、こうでも言って自制を効かせておかないと上手く頭が働かない。
それにこうしている間に、アルフレードは聖女と……
ガンッ!!
「ローゼル嬢!?」
邪念を取り払うように思いっきり壁に頭を殴りつけた。その光景にクラウスが正気に戻ったらしく、駆け寄って来た。
「何してるんですか!?」
「要らん事を考えた……」
赤くなっている額を擦りながら答えると「いややわぁ、お嬢のエッチ」とルドが茶化してきたが、本当の事なので言い返しようがない。
「相手はアルフレードですので容易にはいかないと思いますが、早急に策を練った方がいいですね」
「そうね……今回はルドが使えないから慎重にいかないとまずいわね」
「……ごめんやで……」
しおらしく、小さな声で謝るルド。珍しい姿に私もクラウスも開いた口が塞がらなかった。
「貴方……謝る事あるんですね」
「いや、私も驚きだわ。もしかして、どこか頭でも打ったの!?大丈夫!?」
二人してルドの体を隅から隅まで確認するが、どこも怪我をしている様子はない。
「なんやねん二人して!!僕だって謝ることぐらいあるわ!!」
毛を逆立てて威嚇するが、恐ろしいどころか可愛くて仕方ない。堪らず抱き上げて頬擦りしていると、横からクラウスに奪われてしまった。
何故かルドを睨みつけて……睨みつけられたルドは体を小さくさせて震えている。
「お主ら、本気で教会に行くつもりか?」
「「もちろん」」
口を揃えて言い切った私達を信じられないと言うように見ている。警告と言うからには、教会の者らは一筋縄じゃいかないだろう。
「心配しなくても大丈夫よ。私達は強いもの」
「そうですよ。幾多の問題を解決してきたんですから」
胸を張って自慢気に言うと、ユーエンは呆れたように溜息を吐いたが、その顔は納得したように微笑んでいた。
「そうか。そうまで言うのならば止めはせん。ついでにユーシュも連れて行くといい。何かの役に立つじゃろ」
「はあ!?折角助けたのに、みすみす捕まりに戻るの!?」
何馬鹿な事言ってんだ!?と反論するが、ユーシュは「それなら」と既に行く気で準備を始めている。
慌てたクラウスも必死に止めるが、聞く耳を持たない。
「あんた、遊びじゃないのよ?分かってる?」
「分かってますよ。こう見えて体は丈夫なんです」
腕を曲げて力強く見せてくるが、虚勢を張ってるとしか思えない。
「それに、教会の中に詳しい者が一人居た方が貴方がたにとっても都合がいいはずです」
「それはまあ……」
確かにその通りで、クラウスも眉を顰めて黙ってる。そんな時、今まで黙っていたルドが口を開いた。
「ええやん。一か八かって時は、一人ぐらい壁になるモン欲しいやろ?」
小さな爪で指さしながら言う。いざとなったらユーシュを盾として使えと言っているのだろう。
(相変わらずコイツは最低な事を平然と言ってくれる…)
ギロッと睨みつけると「こっわ」と詫び入れる様子もなく、ニヤついている。
「まあ、こうしていても仕方ない……内部に詳しいのなら道案内役として連れていくわ。決して壁として連れて行くんじゃないから安心して頂戴」
「なんや残念」
「いい加減黙らないと尻尾の毛、全部むしり取るわよ」
クスクス笑いながら私の肩に飛び乗ってきたルドに、怒りを込めて伝えた。
「ああ、それなら私が代行させていただきます。少々手元が狂うかもしれませんが……」
背後に黒いオーラを纏ったクラウスがすぐにルドの尻尾を掴みあげていた。その手には、いつ抜いたのか剣が握られている。
流石に調子に乗り過ぎたと焦り始めたルドは、必死にクラウスを落ち着くように説得している。
「あの、放っておいていいんですか?」
ユーシュが心配して声をかけてきた。
悲鳴をあげて暴れる豹を見れば、誰もが動物虐待だと心配するだろうが、豹は豹でも豹じゃないコイツは放っておいて良い。むしろ、お灸を据えた方がいい。
「いいのよ。あいつこそ簡単に死なないから」
ニッコリ微笑み返すと、それ以上は何も言わなかった。




