99話
虚勢を張ってここまで来たのに、まさかの空振りに落ち込んでいたが、落ち込んでいても仕方ないとエルスに喝を入れてもらい、改めて振り出しに戻った私達は作戦会議の為にアルフレードの私室を訪れていた。
「ほお~、ええ酒がぎょうさんあるやないか」
「ルド、手を付けるんじゃないわよ。後ですっごい面倒な事になるから」
先日の町歩きで、どんな奴でも人の物は無暗に盗ってはいけないと学んだ私は、酒瓶を手にしているルドに釘を刺すように止めた。
「ええ~、ええやん。こんだけあれば一本ぐらい分からへんやろ?」
それが分かるのよ……と言いたかったが、すぐにエルスがルドの手から酒瓶を奪い取ってくれた。不服そうにしていたルドだったが、クラウスが黙らすように微笑み返すと大人しくなった。
「そんなことより、部屋の主が不在なのに勝手に使ってもいいのですか?」
「だからこそです。陛下には許可を貰っております。もしかしたら手掛かりがあるかもしれませんしね」
エミールの問いにクラウスは淡々と答えた。
確かにここなら手掛かりが掴めるかもしれない。そんな思いでここへやって来たのだが……
「──……なあ、これは十分手掛かりと言えるんとちゃうの?」
不自然に倒されたソファに腰かけながら言うルドに、みんなの視線が集まった。
そう、アルフレードの私室は荒れに荒れており、完全に誰かが踏み入った跡だった。
「あかんなあ、こうも簡単に団長の部屋に入られるなんて城の警備はどないなっとんの?」
「……反論の余地もありません……」
正論を吐かれたクラウスは失態を犯したことを恥じるように項垂れていた。
「とは言え、ここまで来るのに誰の目にも付いていないのはおかしいですね」
それはエミールの言葉に同感だ。
いくら騎士が手薄になっているとはいえ、使用人たちは通常通りの人数で動いている。不審者がいればすぐにでもクラウスの耳に入っているはずだ。
──となれば、考えられるのは?
「見知った者の犯行。という事でしょうか?」
「まあ、単純に考えればそういう事になるでしょうね」
「ほんで、単純に考えてあいつらが怪しいって?随分とお粗末な考えやな」
ルドの言うアイツらとは、星詠みの者ら。確かに一番怪しいのには間違いないが、こうも分かりやすく証拠を残すか?真っ先に疑われるのは分かっているはず。
(いや、もしかしてこれも作戦の内か?)
向こうにはイナンがいる。自慢じゃないが、私の育てた子が易々と証拠を残すとは考えにくい。
「あああああ~~!!!!もう、分かんない!!!!」
ダンッと机に突っ伏すと、目の前に一枚の報告書が目に入った。
「………………なにこれ」
そこには、イナンと私の関係を探った事実が書かれていた。
「あ、それはですね、話すと長くなるんですが……」
目を光らせながらクラウスを睨みつけると、バツが悪そうに目を泳がせ、たじろぎ始めた。
当然調べても関係性など分かるはずもなく、大分大雑把に報告されていたが、自分の知らない所でこそこそと嗅ぎ回られたのが気に食わない。
「……随分と姑息な事をしてくれちゃって……見つけたらただじゃおかないわ」
グシャッと報告書を握り潰しながら呟いた。
「あれ?」
報告書の下にもう一枚紙があるのに気が付き目を通してみると、それはアルフレードが姿を消す原因となった国の名が記されたものだった。
その国の名は、カファトウと呼ばれる国。
ガドル国から三つほど山を越えた所にある小さな国だ。
「この国は信仰性の強い国ですね。愛国心が強く、他国からの者を酷く嫌って簡単には入国できないと聞いておりますが……」
エミールが横から覗き込みながら言ってきた。
その情報は確かなもので、今この場にいる全員が知っている情報だった。
この国に入国するとなると、数ヶ月かかると言われている。星詠みの連中がガドル国に到着して数日。こんな短期間で入国審査が下りるはずがない。
「……罠、ですかね……」
エミールがポソッと呟いた。
「簡単には言いきれませんが、その筋が濃厚でしょう。アルフレードもその事を知った上で乗り込んで行ったのでしょう」
クラウスが顔を歪めながら、悔しそうに言っている。まあ、同じ騎士団長のクラウスからすれば、一言伝えて欲しかったのだろう。
「しかし仮にカファトウ国に囚われていたとしても、我々では入国するまでに数ヶ月かかってしまいますよ?」
エルスの言っていることは最もだ。カファトウ国に入るには国王からの承認を得た上で、何の目的で訪れるのか申告しなければならなず、時間と手間がかかってしまう。
だが、それは正規ルートの場合。
「大丈夫よ。こっちには入国審査を無効化できるルドがいるじゃない」
「は?」
私の言葉に全員がこちらを振り返った。




