プロローグ
夢を見ていた。とても、鮮烈な夢。
禿頭の巨漢が拳のみで巨大な炎柱を打ち払い、妙齢の女性が閃光を放つ。
まだ若い少年が風を纏い空を駆り、目つきの悪い青年が色とりどりの魔法を宙に並べる。
おさげの少女が放つ炎の塊が弾け、無数の炎弾となって地に降り注ぐ。
そして、2振りの剣を携えた少女が戦場を舞う。
彼女に追従する熱気と冷気が空気を歪め、円弧を描く。
一人ひとりが異なる能力を駆使し、声を張り上げ、助け合い、決死の表情で前へと進む。
どれ程傷つこうとも、誰一人足を止めることなく、前へ。
彼らが戦っていたのは、何だったか。
頭の中で描いた像は、形をとる前に溶けて消える。
おかしいな。うまく頭が働かない。
夢を見ていた。どんな、夢だったか。
胸が痛くなるほどの何か。何かがあった筈なのに、思いだせない。
まあ、所詮は夢の話か。弱った心が見せた現実逃避。
白い蛍光灯の明かりが、目に染みる。
目を覆うことも、寝がえりを打つこともままならない。
ああ、出来る事なら、普通に生きてみたかった。
1年前から、自由に立ち歩くことが出来なくなった。
1月前くらいから、起きていられる時間が短くなった。
2週間くらい前から、鼻にくだが通され、自由に息も出来なくなった。
気づけば、誰かが名前を呼んでくれている。
「まーくんっ、まー------」
誰かが、手を握ってくれている感覚がする。
おそらく両親と幼馴染、もしかしたら友達の何人かもいたりするのかな。
懸命に抗った。泣きわめき、歯を食いしばり、親に負担をかけ、医者を困らせた。
無理をしすぎて、幼馴染を泣かせた。それでも病には勝てなかった。
もうすぐ、僕は終わる。
ごめんね、もう声が出ないんだ。最後までありがとう。
意識がゆっくりと溶けていくなか、耳が騒音を拾う。
何故か、その音が明瞭に聞こえる。
廊下を駆ける数人の足音と、キャスターの回転音。
「腹部からの出血が止まっていない。失血によるショック症状あり。」
「確認の時間が惜しい、O型の赤血球濃厚液を手配してくれ。身元確認および保護者への連絡、血液型の検査は平行で実施する。緊急治療室の空き状況は? 。」
何の意味もない、ただの妄言。人生最後の世迷言。
神様。もしも本当にいるならば、どうか聞いて欲しい。
今運ばれていった誰かを、助けてあげてくれませんか?