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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
一章『便りのないのは良い便り』
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二節『雨の中と傘の中』3

 リースさんの電話が終わるのを、僕たちは今か今かと待ちわびていた。大きくない街の、大きくない異能者の溜まり場。

 普段はバーとして営業しているこの場は、静かな熱気に包まれていた。


「……ねぇナル君、私はこれ居ていいの?その……ナル君たちが言うところの魔法少女なんでしょ」

「今帰ると言っても帰せないよ。小泉さんも能力者なら聞いておいた方がいい。この街の能力者が全員集まってきてるから」

「能力者ってそんなに居るの?」

「一つの支部に最大26人まで。うちはそんなに居ないけどね。15……あぁ、今は12人かな」


 能力者の数を訂正したところで彼女の表情が僅かに固くなるのを感じ、僕はまた口を開く。


「26人を超えると誰かが記憶を消されて社会復帰するようになってる。それと、疲れた人も」


 今は記憶の操作が出来る人が不在だから、もしもの時は小泉さんに頼むのかもしれない。

 能力の使い方を忘れるのは、過去からの解放だと聞いたことがある。それが開放かはさておいて、確実にストレスは減るだろう。

 結局彼女の微妙な表情は変わらないままにリースさんの電話が終わり、狭いバーに集まっていた皆を見渡して声を出した。


「えー……新たな魔法少女をアンディスと仮称し、対策を練りたいと思います。誰かアイデアある人はいますか?最有力候補はそのまま殺すことですけど」


 思わぬリースさんの言葉に辺りが静まり返り、互いに顔を見合わせる。

 それだけの事が起きているというのは分かっているけど、まだ実感がないのだろう。僕だってそうだ。嫌な予感ばかりが先行して、具体的な言葉が出てこない。


「私たち赤城派閥は能力の秘匿の方向で動いています。それは皆さん知っていることだとは思いますが、今回の件は私たちの目的とは真逆の方向のそれです。すでに感の良い記者が何名か動いていますし、彼等を抑えるために能力を使うのは本末転倒でしょう。他派閥の動きも活性化していますから、答えは早いほうが良い」

「……本部からは何か指示が?」


 最初に声をあげたのは、小泉さんに接触するために手を貸してもらった武器使いの男だった。


「捕縛はあまり推奨せず、殺害を前提として動くようにと指示は来ています。能力は未知数だけど、三人で押せば確実に勝てるというのが本部の見解。私個人としては暗殺して終わりだけどね」

「はぁ、それもそうだな。それで、そっちの魔法少女さんから話は聞かせてもらえるのか?流れで付いてきてもらってるけどよ」

「えっ……あーっと」


 魔法少女の事は魔法少女に聞けとはその通りだが、急に視線が集まった彼女は僕とリースさんの顔を見比べてオロオロとするばかり。こればかりは僕の方から口を出すわけにはいかなかった。


「まぁ、緊張はしてるよね。それじゃあ……貴女はどうして魔法少女になったの?簡単にでいいから聞かせてもらえるかな」

「えーっと魔法少女というか、異能を持ったのは雨の日からで……なんと言えばいいか、うーん、私にとっても不思議な事ばかりで」

「そうね。皆分かってる。少しずつでいいよ」


 時間がそれほどあるわけではないが、そんなに切羽詰まってるわけでもない。誰だって今の状況を説明出来るわけでもないのだ。異能社会全体の問題をこの街で留めておくには相手の情報が全然無いし、少ない人手を活用するには話を聞かなければならなかった。

 幸いにして小泉さんの伝える能力が高く、十分もしないうちに全員が話しを理解出来ていた。


「……へぇ、魔法少女がそんな風に生まれるとはね。小泉さんはあの日に生まれたので間違いない?」

「えーっと、はい。そうです」

「敵対する意思はない。そういうことでいいよね」

「私、分からない事ばかりで……」


 小泉さんの返答にリースさんは頷きを返しつつ、バーカウンターでソフトドリンクを飲んでいた僕に声をかけた。密かに彼女たちの話の内容を聞いていた僕は気まずくも嫌な予感を感じつつ、出来る限り時間を稼いでから首を動かした。


「ナル、今日の夜はいいから小泉さんに異能社会について軽く説明してくれない?」

「ああ、はい。分かりました。ここでやるんですか?」


 僕が視線をやった先にある壁掛け時計は午後三時を指している。昼飯は食べ逃したし、バーの中で話すのも他の異能者の邪魔になるのではないかという疑念があった。

 あまり気持ちの良い話題というわけでもなかった。特に、能力者にとっては。


 ほの暗い顔色ながらもどこか期待を寄せるような瞳をしている小泉さんに、僕は少し昔のことを思い出していた。たしか、その説明をしてくれたのは、彼女の隣に無表情で立っているリースさんだったか。


「帰ってからでもいいよ。そんなに面白い話でもないし」

「ええ、それじゃあ僕はこれで失礼していいですか?」

「うん。お疲れ様。ナルにはナルの仕事があるからね。大丈夫。こっちは上手くやっておくよ」


 一瞬小泉さんへと視線を向けたリースさんを僕は見逃さなかったが、まぁ、そういうことなら僕も上手くやろう。


「それじゃあ、小泉さん行こうか」

「あの、赤城さん。今日はありがとうございました」

「ううん。気にしないで。今日はありがとね。学校と両親には上手く言っておくから」

「すみません、お願いします」


 ちゃんと頭を下げた彼女を見ると、彼女の育ちの良さを改めて実感してしまう。それはこの場所に酷く場違いなように思えて、改めて小泉さんが日常から転がり落ちてやってきたのだと、そんな感覚が体の表層を撫でる感覚を味わっていた。


 ビルのエレベーターに揺られて一緒に降りる僕たちは互いに話すことはなく降りていく。

 僕は彼女と話す事が無いから話さないが、小泉さんはきっと混乱してるんだろう。そう思ったのだが、外に出た小泉さんは僕に語り掛けた。


「ナル君のお姉さんって外だとキッチリしてるんだね」

「仕事中だからね。仕方ないよ」


 さて、今の僕は上手く笑えているだろうか。


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