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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
一章『便りのないのは良い便り』
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一説『窓枠の星』2

 二人分の生活用品を最低限入れただけの部屋。あまりにも生活感のない部屋で、僕は壁に耳を当てて隣の部屋の状況を伺っていた。

 今日は爾汝高等学校への登校初日。自身の設定諸々を頭に叩き込み、学校への登校ルートも分かっている。

 偶然を装ってターゲットと挨拶をしようかと思っていたのだが、どうやら彼女の朝は遅いらしい。


 壁に耳を当てて何が聞こえるかと言われれば、正直なところ何も聞えはしないのだが。


 余裕をもって到着するにはそろそろ出なければならず、パリッと折り目の付いたブレザーの肩口を触りながら僕はマンションを出た。


 魔法少女であり、隣人でもある小泉こいずみ 明菜あきなと接触できなかった朝の日は、いかにも当たり前のように晴天で、駅への道行き、電車の中、学校の並木を通る彼ら、彼女らは眩いくらいの笑顔だった。


 爾汝高等学校は元女子高であるが、今でも男子は殆ど居ないらしい。

 入試の難易度を上げたのだと報告書にはあったものの、それでコネと金の力で入学した僕の苦労が増えるのだと思えば少しばかり気が滅入る。

 それはともかくとして、男子というのはそれだけで視線を集めるようであった。僕の襟元に輝く、二年生である事を示すブローチも一因なようで、玄関口に立っていた先生からは丁寧な挨拶をいただいた。


「おはようございます」

「おはようございます、先生」」

「赤城くんだよね、話には聞いてるよ。職員室の場所は分かる?」

「その……、教えていただけると嬉しいです」

「まぁまぁ、そう緊張しなくても、優しい生徒ばかりだから」


 僕の肩を押して進むせいで周囲の視線が一身に集まるのを感じていた。

 恥ずかしいということはなくても、無駄に広い校舎を恨むことぐらいはやっても許されるはずだ。


「赤城くんは男の子だから大変なんじゃない?あ、もしかしてそんなこともない?」

「男子トイレは少なそうですよね」

「本校舎には一か所しかないけど、そんなに混んでるのは見たことないかも」

「あ、そうなんですか」

「学校中で男子って十人も居ないからね。そうそう、赤城くん。あそこの教室分かる?」


 職員室へと向かう渡り廊下の途中、彼女が指さす先には窓枠に座って話している女学生たちが見える。雰囲気からして教室の一つだろう。


「本当は言っちゃダメなんだけど、あそこが赤城くんのクラスね。二年のBクラス」

「……三階ですか?」

「そうそう。上が一年生で、下が三年生ね」

「そうなんですね」


 その後も適当に会話をしながら進めば、職員室が見えてきた。

 校舎自体も非常に綺麗なのだが、職員室前は観葉植物が置かれていたりと気合の入りようが他とは違っていた。職員室自体も花の匂いが漂っているような気がして、その発生源を少しばかり探してみたのだが、男性が極端に少ないというだけでこの匂いが維持されていることぐらいしか分からなかった。


 僕のクラスの担任である橘先生と職員室で軽い挨拶を交わし、教室へとまた歩いていくのだが、この学校の無駄な広さと言ったら、どこから資金が沸いているのか気になって仕方がない。

 思い当たる節はいくつかあるが、それを言うのは藪蛇だろう。


「はーい、静かにー。今日は転入生を紹介しまーす」


 橘先生の声が教室に広がっても、クラスの中の話声が止まることはない。

 今まで感じたことのない肌のひりつきを感じながら廊下の柱に背を預ける僕は彼女らの言葉の一つ一つを理解することは出来なかったが、僕の噂はそれなりに広がっているようだった。


「赤城くーん」と、橘先生の良く通る声から遅れて教室の扉を開いた僕は人当たりの良い笑みを浮かべて教壇に立ち、黒板に名前を書いて振り返った。


「えーっと、赤城 ナルです。これからよろしくお願いします」

「はーい!それじゃあ早速だけど、赤城くんに質問のある人とか居る?」

「ちょっと先生、僕そんなの聞いてないですよ」


「言ってないもの」と小悪魔的に笑う担任とは裏腹に、教室の面々は誰が質問をするかを譲り合っているように見えた。女子はこういうの好きそうだから拍子抜けしたのだが、教室に一人だけの男子というのは案外話しにくいのかもしれない。

 その中で手を挙げたのは意外な人物だった。


「ナル君って運動出来たりするの?」


 小泉と同じクラスになるように仕組まれているのは分かっていたのだが、まさか向こうの方から声がかかるとは思ってもみなかった。


「運動は一通りできると思うよ。小泉さんは運動部なの?」

「ううん、そんなことないよ。ちょっと気になっただけ」


 質問の内容が少し考えさせられるものだったたが、こういったものはあまり考えずに答えたほうがそれっぽいということは経験上分かっていた。

 僕が小泉さんの名前を出したことで周囲がにわかに騒がしくなっても彼女は特に表情を変えることなく、不審な様子もない。僕の考えすぎなのだろうか。

 確かに、こちらにとって都合のいいように日々は移ろっているが、何かヘマをした記憶はないのだ。


「これからよろしくね、ナル君」

「僕の方こそよろしく」


 一階の渡り廊下から見える窓側の席で彼女は机の上で手を組み、指の上に顎を乗せてほほ笑んだ。

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