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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
プロローグ『雨降り』
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序章『雨の日に生まれた魔法少女』2

 仲間が一人殺された。その報告を受けて、俺は視線を張り巡らせる。

 近くに人影は居ないものの、攻撃されたということは姿を消せる能力者でも潜んでいるのだろう。


「タマ逃げるぞ!!」

「うん!」


 一緒に行動していた能力者であるタマが走り出し、それを俺が追いかける。

 小さな背中を追って走る俺は雨具の擦れる音を聞きながら、攻撃を加えてきた存在の事を思う。

 敵対している存在は数多くいるものの、能力者同士が本気で殺しあうことは殆どありはしない。

 能力の発現と効果の維持には使用者に多大な負荷がかかる。もちろん、能力を発動させるのにもそれは付きまとう。強力であれば反動も大きい。

 そう何度も攻撃出来るはずが──


 ── どちゅ


 目の前を走っていたタマが倒れた。

 目で追えないほどの何かが一瞬の間に駆け抜け、彼女の頭を突き抜けて小さく土埃をあげた。


 彼女が倒れ、草が溜まった雨粒を弾く。


 音も何もなく、タマが死んだ。


「タマ!タマ!!」


 叫んでも彼女は何も返答を返さない。

 タマが保持していた能力の残滓が窮屈な体内から逃げ出すように形となって小さく溢れた。

 玉虫から取られた名前タマの通りエメラルドグリーンに黄金が混ざった、小さな光の玉が彼女の穿たれた頭から漏れ出すのを呆然と見ていた。


 彼女の傷跡と倒れ込んだ角度。

 さっきから『撤退』と繰り返すインカムを外して、自分の能力を使う。


 俺の体を雷が覆い、雨粒を伝って円形の電気フィールドが形成される。

 地を蹴って宙に舞う。仇はすぐに見つかった。

 山の公園の滑り台の上、俺と目があったのだろう人物は光を纏ってその場から消え去った。


 滞空を終え、次第に落下していく俺から怪しい人物を見つけることはできず、地に伏すタマを抱きしめて彼女の胸に顔を埋めた。

 雨ともとれるだけの量の涙を流して、戯言のように彼女の名前を呼び続ける。


 能力者にとって死とは……最も唾棄すべきものだ。



 雨の日から一週間が経ち、俺は独房の外からの声に目を覚ました。

 カビ臭いこの部屋は蜘蛛と虫、そしてトカゲと友達になるには最適な部屋だったが、どうやらそれも終わりらしい。


「……ル、おーい。ナールー。起きてる?入るよ」

「はい」

「どう?気持ちは落ち着いた」


 酷く重たい音を立てて開かれた扉を押すのは、スーツに身を包んだ栗色のフレアパーマの女性だった。

 直属の上司でもある彼女は優しい部類の人間であるが、仕事を放棄するほどの価値が俺にあるわけでもない。


「記憶操作能力者の損失と、撤退命令の無視。二つの罰則が決まったから伝えに来たの」

「遠慮はいりません」

「そう……じゃあ言うわよ」


 記憶操作能力者は数が少なく、命令の無視は言わずもがなだ。

 少なくとも組織は抜けなければならないだろう。


「能力者である貴方には一つの任務を行ってもらいます。この任は命を掛けてでも必ず成功すること。……そして、任務の内容は──突如として姿を現した能力者、魔法少女たちの目的を知り、見極める事。期間は二年とします」

「……分かりました」

「仕事の内容は別途伝えます。まずはここを出ましょうか」


 ようやく見せた笑顔に何かを返せるような余裕がなかった俺は、素直に差し伸べられた彼女の手を取って立ち上がった。フラフラと揺れる上半身に、全身が痺れるような感覚。独房に入ってから動いていないのが体を蝕んでいた。


「ちょっと、ほとんど体動かしてないんじゃないの?これから少し歩くんだから」

「え、何処に、行くんですか」

「それは秘密。任務に関係のある事ってだけは教えてあげる。どこかでタクシー拾おうか。ナル君疲れてるみたいだし」

「……すみません」


「いいんだよ」と、そう言って手を取った彼女の顔は、少しやつれているように見えた。

 雨の日に死んだのはタマだけじゃない。皆だって思うところはあるんだ。


 独房と地上とを繋ぐ狭い一本道を彼女の手を借りて歩いて行く。

 まさか自分がこんな辛気臭い場所に入るなんて思ってもいなかっただけに精神的に辛いものがあったし、きっと今の俺は臭いだろう。


「うーん、その前にお風呂入ろうか」

「すみません」

「あははっ、自分からじゃ言いにくいよね。分かるよ」


 彼女の最後の「分かるよ」にどれだけの気持ちが込められていたのか。彼女の能力を知っている身としては気不味いものがあった。


「……リースさんは魔法少女の事、どう思ってますか」


 小さく区切られたシャワー室の外で待つ彼女に尋ねた。

 どういった返答が帰ってこようと俺は気にしないつもりだったし、ただの世間話の一環でしかない。

 一週間も豚箱に入れられて居れば、気持ちとは裏腹に心は落ち着くものだろう。


「雨の日。あの時、二人は頭を撃ち抜かれて即死だった。銃へのトラウマから能力を発現っていうのは日本じゃ難しいかもしれない。けど、有り得ない話じゃない。あれから魔法少女が現れたのは二回。どうにか場所を絞ったはいいんだけど、……実際の能力は分からないまま。銃、そして空間の移動。少なくとも二つは持ってるからナル君も気を付けないとね」

「真っ向戦闘になれば負ける気はしませんが……」

「異能の隠匿とか気にしてなさそうだから問題なんだよ。迫害が始まる前にどうにかしないと。……能力者だって当たりどころが悪いと鉛玉一発で死んじゃうんだから」


 何も言えずにシャワーの栓を締めた俺に、リースさんは「外で待ってるから」と出て行った。

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