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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
一章『便りのないのは良い便り』
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三節『犠牲で成り立つ人間』4

 抱きかかえた小泉さんを下ろし、後ろから付いてきている多田さんの方を振り返った。

 ここは僕も何度か来たことのある場所で、南雲が所有する山の手の土地の一つである。人の視線が通らないように敷地を覆うように植えられた木々と、意図的に堀り下げられた土地が特徴だった。


「連絡があったのはこの辺りで間違いないですか」

「うん。間違ってないよ。迎えが来てくれるって」

「分かりました。しばらく待ちましょうか」


 暗闇の中見難いだろう腕時計を覗き込む多田さんは二重人格の能力者で、もう一人の人格が能力を持っている。便宜上、能力を持っている方をエラーと呼んでいるが、彼は戦闘時にならないと殆ど出てこないためにコミュニケーションが取りにくい。苦手ではないけど、どうにも距離感が掴みにくかった。

 助手席に座っていた回復の能力者であるレコさんは車を回してもらっているから、僕含む三人が追加の戦闘要員だ。


 僕たちを迎えに来たのはリースさんで、なるべく音を立てないように草木をかき分けて僕たちの前に現れた。

「付いてきて」と彼女が踏みしめた跡を追うように進む僕の後ろには、小泉さんが怪しい足取りで進んでいる。

 小泉さんを連れてきたのは僕の独断だったけど、今のところ誰からも何も言われることはない。それだけ猫の手でも借りたい状況なのだとしたら、僕の想像以上の事が起きようとしているのかもしれない。


 耳につけたインカムからはリースさんの声が若干震えているのは気のせいではないだろう。


「言っておくけど、最悪の事態になってる」

「それはどういう?」

「テレビの生中継で南雲が能力を使い始めたの。テレビ局でやらずにわざわざこんな所で実演してるんだから、私たちが居ることもバレてると考えたほうがいいかもね」

「それじゃあまだ、戦いは始まってないんですね」

「それだけが救いね。魔法少女に乗っかってこんな大胆な動きを見せるなんて……、根回しが終わるにはもう少し時間があるはずだったのに」


 嫌に耳に響く歯ぎしりの音に目を細め、インカムの数の問題でこの会話が小泉さんに聞こえていないことに感謝した。ここ最近は立て続けて魔法少女の件で奔走していたから単純に手が足りていなかったのだ。

 それも支援系の能力者ばかり殺されるものだから、派手に動けない分取れる動きが制限されてしまう。


 魔法少女という訳の分からない存在をこの世で一番恨んだところで、戦いの火蓋は切って落とされた。

 雑音交じりの支援要請は仲間からのものに間違いなく、彼らは口々に呪詛と共にその名を呼んだ。


「魔法少女!アンディスだ!!!」


 もはや疑問の声など要らなかった。情景反射で走り出した中で先頭に立った僕は、剣戟の音を頼りに闇夜を駆ける。

 戦い始めてそんなに経っていないのに戦況はすこぶる悪いらしい。

 複合能力を持っていると予測されている魔法少女と南雲たちが手を組んでいるのなら、圧倒的に数が違いすぎる。


 夜の視界に映る真っ黒な木々の隙間から炎の輝きが漏れた。

 あれは同じ派閥の仲間の能力だ。上手く目くらましをして時間を稼いでくれれば撤退ぐらいは出来そうだが。


「ごめん、遅れた!!」

「いいや!ナイスタイミング!」

「一回下がるぞ!」


 木の根に足を取られつつも走り抜けた先に居たのは、今にも暴発しそうな巨大な水球を頭上に掲げた魔法少女だった。

 助かったとばかりにこちらに走ってくる三人の仲間の目的が僕の防御膜なのは直ぐに分かったものの、小さな部屋一つ分はありそうな水の塊をぶつけられて耐えられるかどうか──


 ──思考結果が出る前に引き出された能力の副作用で全身に鳥肌が立つのと、それ・・が僕にぶつかるのは殆ど同時だったように思う。

 出来る限り能力を展開しているつもりだが、この能力は一人用でしかない。僕に抱きついて水流に流されないようにしていても限度ってものがある。


 実際に二人ほど後方に流されたけど、あれはリースさんたちが回収してくれるだろう。

 今はこの場をどうやって逃げ切るかを考えなければならない。


 カメラマンの近くに居る南雲と魔法少女、他の能力者も集めれば十人は超えている。

 何人か戦ったことのある人は居るものの、咄嗟に判別できるわけもない。

 苦し紛れで地面に放電してみるも、地面と風に干渉されて目くらましにもならなかった。


「クソッ、これだから自然生まれの能力者は!」


 悪態をついたところで後方から火の手が上がったのは僕の悪口が原因ではなく、流された人が放った火種だろう。

 唯一流されずに捕まっていたのが幻覚、幻聴の能力を持つ人だったのは、まだ神に見放されていない証拠か。僕は気絶している彼女の頬を叩いて呼びかける。


「ハル起きて!」


 よそ見をした瞬間に魔法少女から引き絞った水流が僕の肩を弾き飛ばす。防御膜のおかげでシャワーヘッドを思いっきり投げられた程度の衝撃で済んでいるけど、本来なら肩が抉れている。

 テレビの前で人殺しをするとは思ってなかったがそうでもないのか。これが俺だから狙われたのなら絶対に許さないところだけど。今はそんなことも言ってられないか。


「ハル!!起きてくれ!」

「……んっ、い……ったぁ……」

「撤退だ!急いで!」


 俺の腕の中で身じろぎする彼女との問答の最中、背中に強い衝撃が走った。

 今度は小さい水弾を連射している魔法少女を見ることも出来ず、ただひたすらに衝撃だけを受け続ける。地面に踏ん張っているけど、頭も揺さぶられているからか意識が朦朧とし始めた。体力的にもいつ能力が切れてもおかしくなかった。


「後は任せた……」

「ちょっとナル!?なんか揺れてるし!」


 突然起こった地響きも自身の頭が揺れているのだと、そう錯覚していた僕はそのまま意識を失った。

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