三節『犠牲で成り立つ人間』2
その日のお昼休みになって、一人で教室を出て行くナル君をこっそり追いかける。コンビニの袋を持って出て行ったからお昼を食べに行ったのだろうけど、ここ最近はずっとそうだ。
彼の席を借りて友達とご飯を食べることはあるけれど、最近の状況から嫌な方向に思考が寄っていた。
校舎が大きい分、廊下も長い。簡単に彼の背は見つかった。男子の数が少ないから分かりやすいと言うのもある。
彼はほどなくして足を止め、目の前の教室の中を覗くと、急に私が居る方へと振り返った。
私はたまたま通りすがった風を装って彼の横を過ぎようとするけど、当たり前のようにそう上手くはいかない。
「何してるの」
「いやぁー、奇遇だね」
「その口調が無かったら完璧だったと思うよ。それじゃあ」
「いやちょっ、ちょっ」
どこかに向かおうとするナル君の肩を慌てて掴む。軽くつんのめった彼の体と私の体とが重なって離れた。
どうせバレてしまったのなら一緒について行きたい。
「ね、どこ行くの?連れてってよ」
「友達とご飯食べてる方が有意義だと思うけど」
ナル君が私に構わずに歩くものだから、私も彼の肩口と一緒に歩き始める。半ば引きずられるような格好は周囲からの注目を集めるのだろう。ヒソヒソと話し声が聞こえて来た。それは黄色い歓声であったり、ちょっと強めの視線だった。
次第に恥ずかしくなって肩口から肘の方をちょこんと掴むと、心なしか彼の歩く速さがおそくなった気がした。
「どうにかしてくれるんだよね」
彼の言葉の意味は嫌でも分かる。
変な噂が立つのはナル君の望むところではないだろう。もう遅い気もするけど。
「で、どこ行くの」
「屋上」
「屋上?……あーなるほど。それなら力になれるかも」
「急に能力使って視力失ったりしないでね」
「え、……失明するの!?」
「いや、知らないけど」
冗談なのか本気なのか分からないやり取りを交えつつ、私たちは屋上へとやって来た。
ナル君は屋上で魔法少女を観察するつもりだと道中で聞いた。そのままブレザーの胸ポケットから双眼鏡を取り出した時はドン引きだったが。
まだ肌寒いこの季節に屋上に来る人は少ないけど、誰かと鉢合わせたらどうするつもりだったのだろう。
「念のため聞くけど明菜は能力を使ったことあるの?」
「うーん、何回かあるよ。暴走したりとかはないと思うけど」
「それなら大丈夫かな」
何度か能力を使って暴走しなければ基本的には大丈夫だと、ナル君の言葉をもらった上で、私は屋上から新しい魔法少女の教室を探して能力を発動させる。
遠くを見る事ができるとは言っても、能力を使う側からすると、ある程度離れた見たい場所を見れると言う方が正しい。視線が通れば見れるようだった。
「ないとは思うけど、不審な動きをしたら教えて」
「うん、分かった」
「まだあの魔法少女の能力が分かってないんだ。うちの派閥から殺された人はいないし、調べてもらったけど他所の人間が死んだ形跡は無いって」
暗殺しようにも能力が分からないのに行うべきではないと言われているらしい。彼女と一度対面した時には私に襲われるのが想定外かのような表情をしていたけど、今の彼女からはそのような感情を感じ取る事が出来なかった。
先日は付けていなかった赤縁の眼鏡を掛け、顔を隠すように髪を分けた彼女は如何にも文学少女で、白猫にホイホイついて行くような女の子には見えない。いやこれは、私が白猫に簡単について行った頭の弱い子という意味ではなくて、純粋に彼女を観察した時の感想だ。
「地元のテレビ局、雑誌の編集社の前に人を置いて不審者が居ないか確認してるから動きがあればすぐに分かるんだけど、やっぱり心配で」
「数で囲めば簡単に倒せるんじゃないの」
「それだとキリがないよ。いつまた新しい魔法少女が現れてもおかしくないし、不審死が増えると怪しまれる」
「不審死……」
「僕たちの方針的に必要な犠牲はありだけど、敵対してるところはそうじゃないから難しいんだよね」
必要な犠牲というのが私には分からない。でも、彼が言っているのが能力者の事ではなく、一般人の必要な犠牲である事くらいは直ぐに思い至った。
そうして思うことは、ナル君は人を殺した事があるのかどうかで、知らずのうちに背筋が伸びる。
もし経験があるのなら、それは心強い反面、恐ろしくもあって、その時の感想を聞いてみたくもある。
簡単な話題として流される人の死についての話しなら聞いてみたかった。
「ナル君はさ、人を殺した事……あるの?」
魔法少女から視線は逸らさせずに、ただ言葉を投げかける。
今彼を見てしまうと表情を崩しそうで、自分の知らないそれを見られるのを怖がっていた。
「あるよ」
私の気持ちを知らないナル君は、いとも簡単に答えを言った。
二人だけの屋上に彼の持ち込んだビニール袋の音が鳴って、風が吹いている事に気がつく。知らずのうちに緊張をしていたのだろう。
今日のお昼休みに彼女が席から立つことはなかった。




