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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
一章『便りのないのは良い便り』
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三節『犠牲で成り立つ人間』1

 一生分かり合えないという事がどういうことかが分かった。いいや、分からされたと言う方が的確で、白猫からしてもそちらの方がいいと言うのだろう。それは面白いからと。


 赤城ナル。そう名乗った彼と、その周辺の人たちから多くのことを聞いた。能力社会のことであったり、色々とだ。

 それでも、誰も自分の過去はあまり語ることはなかった。それは考えてみれば当たり前で、誰だって辛い記憶を掘り起こそうとは思わない。だから私は簡単な質問をしてみた。


「ナル君の苗字は何なんですか」


 能力者と一般人とを分けて暮らさせようとしている彼らの派閥の名前を聞いた時、真っ先にこの疑問が出てきた。赤城派閥だとナル君は言ったから、安直に苗字が赤城なんだと、そんな風に納得してしまったのをぼんやりと思い出した。

 そもそも彼の名前だって本当にナルなのかも分からない。本人に聞ければ一番いいんだろうけど、私は彼に好かれてはないだろう。それどころか、大嫌いに分類されていてもおかしくはない。


 私は彼の大切な人を、大切な人たちを奪ったのだ。

 ナル君の歪な笑みに甘えたままでいるのは、ここまで踏み込んでしまった以上出来ない。

 上手に笑っていても、ふとした語尾や言葉の節々に宿る怒気に一度気がつけば、ついついそれを探してしまう。


 これからどうなるのかは全然分からないけど、彼が居なくなるまでの非日常をもう少しだけ知りたかった。




「おはよう、ナル君」インターホンを押して、姿を見せたナル君に言葉を送る。

 彼は「ああ、小泉さんか」と気のない返事を返してドアを閉めようとするので、私は慌てて引き止める。「一緒に行こうよ」


「もう少し待っててもらえる?すぐ戻るから」

「うん……」


 扉からナル君の力がゆっくりと抜かれていくのを感じて、私も扉から手を離した。

 今日の風は強いらしく、私が知っているよりも扉が閉まっていくのは速い。

 こんな日は特にスカートを履いているのを恨む。ストッキングを履いていても寒いものは寒かった。


「おまたせ」と言って彼は姿を現した。私は五分も待っていなくて、急いで準備をしたであろう彼に少しだけの罪悪感を持って廊下を歩く距離を詰めた。


「ナル君、ちょっといい?」

「急にどうしたの」


 エレベーターのボタンを押して眠そうにこちらを見返す彼に、朝は弱いのかな、なんて感想を覚えた。


「小泉さんじゃなくて明菜あきなって呼んでほしいんだけど」

「え、いやまぁ、そのぐらい全然いいけど」

「ちょっと呼んでみてよ」

「嫌だけど」


 つんけんどんに断ったナル君は我先にとエレベーターに乗り込み、私もそれに遅れないように歩を進める。


「小泉さんって意外と面倒くさいよね」

「名前言ってよ」

「なんで……」


 文字盤を見つめるナル君の心底嫌そうな表情を見るのは初めてかもしれない。

 それが嬉しい反面、面倒くさいと言われた事が悲しくもあった。


「下の名前って、さんで呼び難いから嫌なんだけど」

「一回いいよって言ったのに?別にさんで呼ばなくてもいいからさ」

「学校に着いたらそうするよ。変に察せられても僕は知らないから」

「そのくらいなら私がどうにか説明するよ」


 同じマンションで、一緒に登校している時点でもう遅いかもしれないけど。そんな言葉を飲み込み、私たちはエレベーターから降りた。


 私からの情報提供もあってか、新しい魔法少女が誰なのかは特定されている。私たちと同じ高校の、二つ隣のクラスの女の子。

 特定の早さからうちの高校に能力社会の手が回っている事は驚きだったけど、ナル君がやって来たことを考えれば納得だ。


 赤城派閥は能力者をあまり世間に関与させたくないみたいだけど、やっぱり出来ることはかぎられているらしい。今ならばそれが私たちを守るためだと分かる。そう、今回のように。


 既に地元の地方紙には異能が漏れ始めているし、テレビでも特集が組まれ始めているという話も聞く。

 能力者たちは慎重に動いているらしいけど、私までその話が回ってくることは稀だった。


「ねぇ」と、また距離を詰める。もはや距離感は恋人のそれだ。


「魔法少女ってどうなってるの」

「家族関係は分かってるし、SNSのアカウントも特定してる。明菜が心配するようなことはないと思うけど」

「うわぁ……ストーカーじゃんか」

「簡単に記憶を消せないから困ってるんじゃないか」

「記憶?」


 一瞬の疑問の後に、あーっと間延びした声が私から漏れた。記憶の操作は私が奪った能力だ。


「私が消せば大丈夫なの?」

「いや、うまく使えないと思うよ。特に人には。デリケートな能力だし」

「練習するし」

「普通は殺しても構わないような人間を練習台にするか、そもそも上手に扱えるかなんだよ」

「危ない能力なんだね」

「危なくない能力なんてないよ」


 能力についてなら、私よりもナル君の方が絶対に詳しい。彼がそう言うなら、安易な練習はしない方がいいんだろう。変に能力を使って廃人を作ってしまえば、警察にお世話になること間違いない。


「練習に使えそうな人って居ないの?」

「そうそう居ないでしょ。最初は小動物で練習するのがいいんじゃない?魔法少女の能力がどうなってるのか詳しくは分からないけどさ」

「小動物っていうとネズミとか、……猫とか」

「まぁそうなる」


 少しだけ歩幅を大きくした彼の背中を見て、私は能力を試してみたいなと思った。ほとんど使った事がなかった能力を使う。どこかの派閥に入って、誰かの正義を借りて、そうして能力を使えるのなら、一人で魔法少女をしているより気が楽だった。

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