二節『雨の中と傘の中』5
悲鳴と怒号はほぼ同時だった。怒号と感じた音ですら悲鳴であったのかもしれないが、結局答えが分かることは無かった。
「だれかメリーを呼んでくれ!」と大きな声が聞こえ、しばらくして体が動くようになるまで僕の意識は曖昧なままだった。今ではメリーさんが回復の能力者であることを知っているし、僕を助けてくれたのが魔法少女の作戦で先日助けてくれた武器使いの能力者であることも知っている。
それを教えてくれたのはリースさんで、一人で震えていた僕を救ったのも彼女だった。
服を脱ぐたびに当時の事を思い出す。
体にはリテンブルグ図形と呼ばれる雷の跡が赤く皮膚に残っていて、何の影響か体の成長も遅くなっている。
僕が魔法少女の任務に抜擢された理由の一つがこれなんだろうけど、年相応ではない肉体が憎らしくて仕方がない。能力者同士の戦闘において、幼いというのはそれだけで狙われやすくなるからだ。
能力者は総じて短命であるという話は能力者界隈では通説であるのだが、年を取ればそれだけ能力が複雑化している可能性が高く、幼ければ弱いというのはすぐに分かる。
当時、僕と年齢の近かった能力者三人が偶然戦闘を行った際には僕を庇って全滅しかけることもあった。
誰かの生き死にはどうしても慣れない。慣れてしまえればどれだけ楽なのかと思う時は多くあるものの、能力を使うたびにフラッシュバックする記憶が生理的な嫌悪を掻き立てて離さなかった。
能力の保有上限は四つだと言われている。それ以上は精神が持たないのだとか。
死ぬ時くらいは楽に死にたいものだけど、能力の酷使によるストレスで死ぬ未来しか見えないのだから気軽に希望を口にするのも躊躇われてしまう。そもそも、希望というものがはっきりと形を成していないような気もする。
家族は既になく、友達、親友と呼べるような存在も居ない。能力社会の人たちには恩を感じているが、死ぬときに彼らと顔を合わせているという事は、どうせ戦場でくたばったのだろう。ろくな死に方じゃない。
それなら、そうだな……ひっそりと一人で死んだ方がいくらかましだ。
いつまで居るのかは知らないが僕の部屋の隅で一人考えている彼女への任務がひと段落着いたら一人でどこか観光地にでも行ってみようかな。幸い自由に使えるお金はいっぱいある。
「小泉さんはいつ帰るの?もう十七時くるけど」
「あー、ナル君」
「なに急に」
「家で晩御飯食べていかない?」
「え、なんで」
虚空に目を向けて何を考えているのかは分からないが、案外何も考えていないのかもしれないな。
「一人でご飯食べるんでしょ?」
「いや、そんなことないよ」
「食器が一セットしかなかったけど?」
「姉さんは殆ど外食で済ませるから」
「それ、矛盾してるの分かってる?家族は死んだんでしょ、どうしてそんな嘘つくの」
「血の繋がりは無くても姉は姉だ」
電気をつけるのも億劫だったんだけど、このまま話していても良いことなんて一つもない。立ち上がって明かりをつけ、彼女に問いかける。
「小泉さんの親も心配するんじゃない?今日は帰って」
「やだよ。せっかく電気つけたんだから話そうよ」
「話すことは終わったけど」
「私はいっぱいあるの」
「そんなこと言われてもな……」
意地でも立ち上がろうとしない。
対面に僕が座れば、彼女はふいっと顔を逸らして腕に顔を埋めた。
「なんなんだ」面倒くさくてしょうがない。短い時間だけど、僕が感じていた小泉さんとは随分とかけ離れた彼女が見れている。これはある意味レアなのかもしれない。まったく嬉しくないが。
「ねぇちょっと、面倒くさいと思ってるでしょ」
「じゃあ帰ってよ」
「話そうよ。はい、じゃあ……学校の勉強はどうしてるの?ちゃんと付いてこれてる?」
「それはまあ、隣の席だし何となく分かるんじゃないの。それっぽくしてるだけだよ」
「テストの結果は対して意味ないから」と続けた言葉に、小泉さんはさらに顔を深く埋めて、ついには顔全体を隠してか細い声を引き延ばす。
んーーっと伸ばされた声は可愛いものだった。
「任務で学校に来たんでしょ。終わったら帰っちゃうの?」
「そうなるかな」
「やっぱりそうなんだ。ごめん、やっぱ帰るよ」
彼女の心情は分からなかったが、帰ってくれる分には異存はない。
「また今度勉強教えるね」と苦し紛れの笑みを浮かべた小泉さんを急に放っておけなくなって玄関まで送り、「また連絡するから」と、彼女の笑みを最後に扉は絞められた。




