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魔法少女は猫から生まれる  作者: 畔木鴎
一章『便りのないのは良い便り』
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二節『雨の中と傘の中』4

 「特に何もないんだね」と、先に玄関に上がった小泉さんが辺りを見渡して歩いていく。

 それは何もないだろう。ここは仮住まいに過ぎないし、元よりお金の使い方はよく分からない。


「食事は外食が殆どだしね。料理出来ないことはないけど、面倒だから」

「へぇ、意外。お姉さんと一緒に食べるの?」

「そうでもないよ。姉さんは忙しいし」


 小泉さんは思っていたよりも遠慮がなく、色々と物色をしている。見つかって困るような物は無いし、どこを開けてもガラガラで楽しくはないだろう。


「何もないでしょ?面白くないよ」

「本当に何もないんだね。お茶すらないし」

「ああ、ごめんね。お昼食べてないし、何か買ってきた方が良かったな」

「いいよ、別に。それよりさ、そんなに話しにくいことなの?面白くないとは言ってたけど」


 台所からリビングに歩いてきた小泉さんは立ち止まっている僕の横を過ぎ、唯一あるクッションに腰を下ろした。後ろを振り返ってこちらを覗く瞳と己のそれとが重なり、ようやく僕も腰を下ろした。


「面白くないというより、どうしても自分の過去が絡んでくるから……まぁ、楽しくはないよ」

「それって小学校とか、中学とかの頃の話?」

「どうだろ、けどそのくらいかな」


 壁に背を預け、遠い記憶を呼び起こす。もう八年も経ったのかと、そう思わずにはいられない。

 懐かしく、忌まわしい思い出だ。


「八年前、僕は異能社会に受け入れられることになったんだ。異能者同士の戦いに巻き込まれて、死にかけた」


 彼女へと腕を伸ばし、指先を天井へ向けて集めれば、指先に橋を架けるように放電が始まった。

 パチパチと小気味良い音を立てる電流に小泉さんは興味津々だが、僕は能力を止めて腕から力を抜く。何度も言ったことだが、能力は万能というわけではない。僅かな発現であろうと、見た目以上に消耗してしまうものである。


「能力者の放った雷が僕に当たったんだ。当たったと言っても直撃じゃないんだろうけど、それで僕は能力者になった。小泉さんは分かる?どうして能力者が生まれるのか」

「……他の能力者から能力を受ける、とか?」

「ううん。ちょっと近いけど違うかな。過剰なストレスとか、誰かの能力で死の危険を感じた時だよ」


 小泉さんの顎が僅かに引かれるのを見て僕は続けた。「例えば──」

 分かりやすいたとえを探すのに手間取り、少し思案して口を開いた。


「──遠くのものが良く見えるなら、その持ち主は全く視界が見えなかったか、病室で身の回りの景色しか見ることが出来なかったか。……記憶の操作が出来るなら、持ち主は記憶の操作をされたことがある。離れた物が動かせるなら、持ち主は両手が無かったか、なんにしろ不自由だったんだと思う。身体能力が上がるのも似た感じかな」


 出来る限り淡々と話す内容は、どれも彼女が殺したと思われる能力者の過去で、あえてこれを選んだ僕は彼女に小言の一つでも貰う気でいた。そりゃそうだ。こんな酷い話、急に語りだすのは心臓に悪いに違いない。

 だけど彼女からの返答は違っていて、それが自分の心をゆっくり、じわじわと逆なでしていくのを感じていた。


「ナル君は……」


 潤んではいないが、それでもなお熱量を感じる眼と、緊張からか汗ばんで僅かに張り付いた髪の毛が、家具のない無機質な部屋に似合っていた。他人からしたらそう映るのだろう。


「僕は能力者の雷に撃たれて家族を失い、家族に守られて命と能力を拾うことが出来た。はっきり言って奇跡だったんだけど」


 顔を伏せた小泉さんが目線を寄越すのを感じて嫌な予感がした。

 テレビを見ていなくても、学校に行っていなくても、人の機敏だけは分かっているつもりだったのだ。


「そうして……復讐のために戦った結果がこれだよ」


 自身を囲うように展開された防御膜は、伸ばされ始めていた彼女の指を押し返す。

 指先、手のひらから、両手へと。懇願するような、無様に膜に両手を預けた彼女と、僕との間に出来上がった透明の壁はそう簡単に壊すことは出来ない。


「僕以外の仲間が死んで得た二つ目の能力がこれ。……あれは最悪だった」


 急に込み上がってきた吐き気に口を押えるが、喉元に溜まった不快な吐瀉物は止まるという事を知らないらしく、間もなく僕は嘔吐した。

 背もたれにしていた壁から立ち上がり、シンクへと走るのが遅ければどうなっていたことか。まず間違いなく小泉さんには帰ってもらっていただろう。


「はぁ、ごめんね。……能力を使うと当時の記憶を思い出してどうにも……」

「どうして今も戦ってるの?嫌ならやめたらいい……、辛いなら、どうして」

「派閥があるからだよ。僕たち赤城派閥は能力者が日常に頼らずに生きていけるように手助けしてるんだけど、能力者を社会に溶け込ませようとする人たちも居てさ。それで、戦ってる。不毛だけどね」


 シンクへと俯いて喋る僕の背を覗く小泉さんが何を思ったのはかは分からない。言葉を飲み込んだのか、喉元に詰まって形にならなかったのか。

 それはどちらでもいいことだと、僕がそう思うように、彼女も今の言葉を聞いて似たような感想を持つのだろうか。


「似てるようで全然違うんだよ。僕たちからすれば、それは違うことなんだ」


 やっぱり、何も返ってくることはなかった。

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