揺れる心と景色と
終末のセカイへようこそ!
あなたがここにいると言うことは地獄行きを免れたということですね。
おめでとうございます!
罪を犯したクソヤロー共はみんなそっち行きとなりますので自分をたくさん褒めてあげて下さいね。
失礼しました。つい本音が。
この場所がどこかって?
ひとことで言うなら「天国への玄関」でしょうか。
亡くなった生物は一斉にここに集められ私のようなスタッフの説明を聞いていだだきます。
あなたみたいな人間はもちろん動物、植物といった「命あるもの」全てですね。
ここからが本題です。
まず生物の三大欲求「性欲、睡眠欲、食欲」と暑さ寒さを感じなくなります。
もちろん痛みや排泄も。
ですので大概の方は天国へ向かいますね。
生前身の回りにあったものが何も存在せず空も地面も真っ白なただっ広いだけのセカイに留まるなんて嫌でしょう?
特に制限時間は決めていませんけど。
さ、一通りの説明も終わりましたのでこちらにどうぞ。
歩きながら話しましょう。
あと転生する際に自分の望む姿に変えられるのですがあなた人間ですからそのままで大丈夫ですよね?
やっぱり?
義務なんで一応聞いたまでのことです。気にしないで下さい。
あ、彼女ですか?
ここに来るお客さんほとんどチラ見しますよ。
現世の様子を見下ろせるのですがもう何年も何年もあそこに座ってるんです。
先ほど申し上げたように生物としての本能が機能せず生きてるのか死んでるのかわからないままなのに。
私は見ての通りロボットですから関係ないですけどね。
話が逸れました。
1度彼女に話しかけたんです。
どうしてこんなセカイにずっといるのか、と。
そしたらなんて言ったと思います?
「あの人が来るまで待っているんです。」
ですって。
後にも先にも話したのはそれっきり。
ですから私を含めスタッフは放っておくしかなくて。
あれ、めずらしい。立ち上がりました。
心なしかこっちを見ているような。
うるさ過ぎましたかね……って人の話聞いてます?
おーい!
ロボットじゃん!ってツッコんでほしいの!
え?はい、どうぞ。
でも少しだけですよ!?私これでも忙しいんですからね?
はぁ、疲れる……。
◆
彼との出会いは花火大会と呼ばれる夏祭りだった。
前日から数百の仲間と最低限の水ともに酸欠と振動に耐えどうにか店主と対面した。
放流されたプールも広さが物足りなかったけど泳ぐのもままならないビニール袋よりはマシなのでヨシとしよう。
「みなさん、大変お待たせしました!打ち上げでございます!」
スピーカーから流れる女性の声。
観客のはち切れんばかりの拍手のあとに光の線が蛇行しながら夜空へ伸びていく。
すると色とりどりの無数の眩い粒が黒のキャンパスに花を咲かせた。
数秒の間のあとの爆音で体がびくりと反応してしまったのを覚えている。
浴衣を着た老若男女が右へ左へ私の前を行き来する。
『じゃあねー。お先にー。』
生まれたころから一緒にいた友だちが次々と旅立っていく。
これから彼らにどんな未来が待ち受けているかだなんて知る由もなく。
「はい、もしもし?俺?イベント広場近くの金魚すくいのところ。そんなのパンフレットでも貰って自分で調べろよ。うん、じゃあな。」
エアーポンプの音に紛れて男性の声が聞こえてきた。
スマホと呼ばれるものを耳に当てている。
会話を終え誰かを待っている間しゃがみ込み私たちを見た。
マジマジ吟味されるとちょっと恥ずかしい。
数分後。
キレイに着飾った女性が彼の隣にやってきた。
「ゴメーン。トイレ混んでてさ。」
「こんだけ人がいるんだから当たり前だろ。あらかじめ家でしてこいよ。」
「だからゴメンって。あ、ついでに金魚すくいやろ!ちょうど水槽もあるし。」
「仕方ねーな。」
チクッ
胸が痛む。
なんでだろう。
2人ともしゃがむと店主に円形の小さい板を数枚渡し薄い紙が貼ってある私たちをすくうための道具をそれぞれ受け取った。
持っていない方の指に光る輪っかがライトに照らされ眩しい。
女性の方はあっという間に破れてしまい残念そうにしている。
無理に追いかけるからだよ。
参加賞のようなもので2匹貰えたみたいだけど。
彼が真剣な面持ちでサッと道具を住処に入れる。
この人になら飼われたいかも……。
そう考えるより先に彼が持っているお椀にダイブした。
女性がキャーキャーとうるさいくらいに喜んでいる。
「すごいね!おめでとう!」
「金魚の方がお椀に入ったような……。」
「そんなわけないじゃーん。」
お椀から小さいビニール袋に入れ替えられ、また酸欠になりそうだったがそこから見える景色は例えようのないほど綺麗だった。
女性とともに帰宅した彼は早速私たちを飼育する水槽を洗い始めた。
その間バケツの中で待機。
水槽に水を溜め別の店で購入したカルキ抜きという透明の錠剤を入れとけるのを待つ。
砂利とエアーポンプを設置しいよいよ私たちは放たれた。
自由に泳げるって気持ちいい。
でもちょっと冷たいかな。
女性が筒のフタを開けフレーク状の何かを頭上に振りまいた。
恐る恐るひとくち食べてみる。
……美味しい。どうやら食料のようだ。
だが怒ったような顔をした彼が女性から筒を取り上げる。
「おい、なんで勝手にエサやってんだ!」
「だってお腹空いているんじゃないの?」
「ストレスに弱いから水を替えた日はあげなくて大丈夫なんだよ。」
「え、そうなの?ゴメンゴメン。」
「……ったく。実家から持ってくるんじゃなかったぜ。」
確かに水の冷たさとさっきの食料でイライラが増した。
「そうだ!名前つけないと。まずこの子がクロでしょ?」
「なんでクロ?」
女性が私を指差しながら言うので問いかける。
「右側に黒い点があるからクロ!」
「単純すぎるだろ。他は?」
「この子は真っ赤だからアカ、この子はオレンジ色っぽいからレンジ、この子は白っぽいからシロ。」
「クロしかわかんねーよ。」
そうボヤきつつ至近距離で私たちを眺めた。
ちなみにレンジはメスである。
「お風呂どうする?一緒に入る?」
「バカ。勝手に行って来いよ。」
「はーい。」
お風呂?彼女家に帰らないの?
私の思いとは裏腹に一緒のベッドで眠りについた。
『同棲ってやつだね。』
『どうせい?何それ。』
『家族じゃないんだけど恋人同士が同じ家で暮らすこと。』
『ふーん。』
噂や世間話好きのアカが話しかけてきた。
娘が彼氏との同棲を快く思っていないと不満をこぼしていた店主の大きい声を思い出す。
なるほどねー。……って寝てるし。
やっぱり知らないことの方がたくさんあるんだな。
それから管理を担っていた彼だがちょっと目を離した隙に女性が大量に食料をばら撒くので一気に水質が悪くなった。
発見してすぐ彼はこっぴどく叱ったが時すでに遅し。
話し相手の友だちが1匹また1匹と水面にチカラ無く浮かんだままになった。
そして気づけば残っている個体は私だけになってしまった。
月日は流れある日を境に彼と女性の言い争いをよく聞くようになった。
どちらが切り出したのかわからないが別れることにしたらしい。
「さようなら。」
荷物をまとめて彼に声をかける。
ソファーに座ったまま黙っていることの腹いせに左薬指の指輪を抜き取り私の住処に落とした。
水面に波紋が広がり音のないまま沈みあっという間に砂利まで辿り着いた。
彼女は今度こそドアを開け家をあとにした。
彼が濁った目で私を見た。
「振られちまった……。あんなバカ女だけどさ、良いところもたくさんあって好きだったんだぜ。一緒に住んで指輪まで買っていつでも結婚できるようにしていたのに。……他に男がいた。笑うだろ?俺の何がいけなかったんだろうな。」
自分を嘲るように笑う。
「……って金魚相手に話してもわかんねぇか。でもお前とだったら仲良くできそうな気がするんだ。なんでだろうな。」
もちろん。
もし自分が人間になれたら何度でも告白する。
結婚して死ぬまで幸せに暮らすんだ。
向こうの想いはこっちに届いてもこっちの想いは向こうに届かない。
恋というのがこんなに辛いなんて。
そして彼と私との1人と1匹の暮らしが始まった。
仕事を終えて帰ってくると真っ先に笑顔を向けてくれる。
今まで以上に慎重に世話をしてくれたけれどやっぱり寿命には敵わなかった。
命を落とす直前彼を見つめ意識を手放した。
……
………。
誰かの視線を感じて目を覚ます。
……といっても魚は目を開けたまま眠るから閉じないんだけどね。
ま、つまりは覚醒したということ。
まず感じた違和感は住むのに不可欠な水が存在しなかった。
でも呼吸ができている。さらに言うなら宙を浮いている。
そして辺り一面何もない白いセカイ。
『こんにちは。』
背後から不意に声をかけられ振り向く。
目線の先には彼の半分ほどの背丈のロボットだった。
顔と思わしき場所にモニターが取り付けられており笑顔の顔文字が映っている。
足は無く生前彼の部屋で使っていた自動掃除機のように進むようだ。
腕はロープのようなものでその先の2本の鉤爪を器用に動かしていた。
そんなロボットはこちらの様子を伺っているようだ。
『いきなりゴメンなさい。あなたのわかる言語これで合っていますか?あ、念じるだけで結構です。』
男とも女とも言えない声質だが明瞭で滑舌の良い言葉が脳内に響いた。
同種以外で話が通じるなんて初めてだった。
『はい。わかります。ここは?』
『良かった。ここはですね……。』
…
……
『自分の望むように姿を変えられるんですか!?』
ロボットこと案内人に食い気味で詰め寄ったので焦りの顔文字になる。
『は、はい。恐竜ってわかります?あれみたいに現在地球上にいない生物は無理ですけどね。』
『恐竜?』
『これです、これ。』
そう言ってモニターに映し出されたのは私の体長の何百倍もあろうかというどう猛な生物だった。
長い爪、鋭い牙……。こんなものがのし歩くと思うと恐ろしい。
案内人は画像を消し凛々しい顔文字になった。
『今の金魚のままでも良いですし他の動物や植物も思いのままです。いかかでしょう?』
『それなら……。』
…
……
時間という概念をとうに忘れるほど私は現世を見下ろし続けている。
二足歩行と肺呼吸にはすぐ慣れた。
お腹も空かない、眠くならない、暑さ寒さ痛みを感じない、トイレも行きたくない。
案内ロボットやこのセカイに来る人みんなから「何のためにここにいるのか?」と悪態をつかれた。
でも彼を眺めていることが私の全てだった。
彼が年を取るごとに私も年を取り、ひと目見ただけでわかるように右腕に黒いアザを付けてもらうようお願いした。
24歳の誕生日友だちとオートバイで出かけているとき雨という天候が災いし事故で即死した。
峠道を暴走する車に撥ねられたのだ。
私は何もできなくて辛かった。
案内ロボットによるとその車の運転手は地獄に行くというので報われたような気がした。
……。
背後から彼の声が聞こえる。
できるなら私がすぐに生まれ変わって現世で会いたかった。
でもそれはできないらしい。
立ち上がり足元に重力を感じながら彼の顔を見る。
当たり前だけど生前より少し変わったかな。
思わず涙が溢れる。
涙ってしょっぱくて止まらないものなんだ。
「……クロなのか?」
「うん。そうだよ。」
あれだけそばにいたのに初めて会話するだなんて不思議。
「俺を待っててくれたのか?」
「もちろん。寿命まで待っても良かったけど。」
赤い髪の毛とワンピースを指で摘みながらおどけてみせる。
「ならちょっと早く来ただけだな。一緒に天国とやらに行くか?」
「その前にちょっと聞いて。」
「ん?」
「好きです。」