邪拳無双でポン!
思いついたネタをテキトーに短編として書いてみました。
――高校2年生の春。
俺は世間で言うところの “ヲタク” だ。そんな俺が秘かに楽しんでいる遊びがある。
それは風呂は最後に入るというものだ。なぜかというと我が家では最後に入った者は、必ず湯船のお湯を流す決まりがある。俺はその時に某戦闘民族の回復ポットごっこをするのが好きなのだ。
狭い湯船に頭まで沈め、そのまま栓を抜く……お湯が全て流れたら目を見開き浴室を出るというもの。
我ながら、くだらない遊びだと思う。それでも好きなのだからしょうがない。
そんなある日、いつものように回復ポットごっこに興じ、目を開けたら――見知らぬ草原に居た。
わけが理解らなかった……ついさっきまで、家の風呂に入っていただけなのに突然外にいるのだから。しかも、夜のはずなのに陽が昇っていた。見渡す限りの草原に寂しく湯船と俺だけが佇んでいる状況。
素っ裸のまま出歩くのどうかと思うし、かと言ってこのままじゃどうしようもない……。
困り果てていると、俺に大きな影が差した。その影は――
「――ッ⁉ ウソだ、ろ……今のってまさかドラゴンかっ⁉」
まさに漫画やアニメやゲームなんかで見たままのドラゴンが俺の頭上を通り過ぎて行った。
トカゲのような四足に大きな翼の生えた姿、その赤きドラゴンは優雅に飛び去っていく。
それを目にした俺は瞬時に悟る……『あぁ、そうか俺は異世界に飛ばされたのか』と。
喜ぶべきなのか、自他ともに認めるヲタクである俺は今の状況をすんなりと受け入れてしまっていた。
まぁ漫画なんかじゃよくある展開だしね。
とにかく、この状況をなんとかしなきゃな。
しかしどうしたもんかなぁ……見える範囲に建物らしきものは見えない。誰かしらに会えれば、この危機的状況を回避出来るかもしれない。そう考え、俺は旅立つことに決めた。
「……風呂よ、お前とはここでお別れだ。今まで良い湯加減してくれてありがとうな」
元の世界と決別するかの如く、俺は長年世話になった風呂に別れを告げた。
……やっべ、なんかちょっと漫画とかの主人公になった気分だわこれ。
行く当てなんてない。闇雲に歩き続ける、2時間くらいは歩いたと思う。それでも草原の中を歩いている。
すごいな、日本じゃなかなか味わえない自然だ。現代じゃ田舎でもこんな広漠とした草原なんてありはしないだろう。
それにしても、歩くたびに草が股間に触れるのが…………。
そんな微妙な感触にも耐えながら歩き続けていると、あぜ道とような場所に出る。
人が通る道であればそのうち人が通り掛かるかもしれない。誰も通り掛からなくても、道なのだからきっとどこかの村か町に続いているはず。
少しばかり歩いていると、後ろの方から音が聞こえた。俺はその音の正体を突き止めようと、耳を傾ける。よく聞けば、それは馬の鳴き声だった。よかった、どうやら運よく人が通り掛かってくれた。
安堵し俺はその場に立ち止まり、なんとかここで助けてもらおうと、その音の主を待つことにした。
「……あぁ? 兄ちゃん、こんな場所でそれに裸で何やってんだ?」
「………………」
俺に気付いた馭者が目の前に荷馬車を止め、問い掛けて来た。
音の正体は荷馬車だった……けど俺は言葉を失っていた。その荷車を引く “馬” を目にして、言葉を失ってしまった。
引いていたのは、馬面の男――馬の顔に似た人と言う意味では無く。頭部が馬そのもので、身体は筋骨隆々としたマッチョメンだったからだ。俺のが引いてしまったよ。
「大丈夫か兄ちゃん?」
「え? あぁ……大丈夫なのかな? 見ての通りなんで、なはは」
「盗賊にでも襲われたのか?」
「いや~そういうわけでもないんですけどね」
「ふーん……なら、俺が助けてやるよ。後ろに乗りな」
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
これも天の助け。ありがたく、荷馬車に乗せてもらうことにした。
布地の屋根の付いた荷車の中へと入ると、そこには数人の人達がいた。そうか、この馬車はバスみたいなもんか。これで助かった――そう思った時、屈強そうな一人の男が近寄って来た。
「あ~の~すいません。これなんです?」
「手枷だ」
「なんで手枷を着けるんですか?」
「お前が逃げ出さないようにだ」
「え~っと、それじゃ貴方たちのご職業は?」
「奴隷商だ」
「…………ウソでしょ」
ようやく助かったと思ったけど、俺を助けてくれたのはなんと奴隷商人たちだった。
彼らはマヌケを捕らえて奴隷として売る気らしい、そりゃそうだ元手タダだもんな。
いやいや、まずい……非常にまずい状況だ。どうにかして逃げ出さないと、このままじゃ何をされるか分ったもんじゃない。
逃げ出すにしても、さっきの男が見張っている。ひ弱なヲタクである俺は殴り合いなんてしたこともないし、戦いを挑んでも勝てるわけはない。絶体絶命ってやつかなこれって。
駄目だ! 考えるんだ。なにかあるはずだ……逃げ出さずに奴隷商人たちを納得させる方法がきっとある。それを今見い出さないと、俺の人生はここで終わるも同然だ。
「……一つ提案があるんですけど、話を聞いてもらえませんか?」
「あぁん?」
「俺と、ある勝負をしませんか?」
「奴隷は黙ってろ」
「俺はその勝負に一度たりとも負けたことないんですよ。もちろん負ければ、貴方たちの言いなりになります」
考えた末に俺は賭けに出る。
それは勝負を申し込み、勝てば見逃してもらい負ければ言うことを聞くというもの。多少のハッタリを利かせながら話す。
『一度たりとも負けたことない』と言われれば、興味を引くはず……言い換えれば “挑発” とも言える。好戦的に挑発されて無視するとは考えにくい…………はず。
「良いだろう。その勝負受けようじゃないか」
「若様⁉ 困りますよ」
「丁度暇を持て余してたところだ。して、その勝負方法とは?」
俺が荷馬車に乗り込んでから、ずっと隅にいたフードの人物が突然口を開いた。
フードをとり素顔が露わになる。銀髪に整った顔立ちの優男だ……なんか俺より主人公ぽい。と、ついそんなマヌケなこと思ってしまった。
しかし……良し良し、上手く乗ってくれたようだ。特に取り柄の無い俺でもこの勝負だけは自信がある。なんたって元居た世界で行われたその勝負の世界大会で優勝経験があるんだから。
「俺と勝負してもらうのは―― “じゃんけん” です!」
「じゃ、邪剣だ……と? くははは! これは笑わせてくれる。その裸のどこに剣が有ると言うのだ? よもやその股間の粗末な剣のことではなかろうな?」
「ち、違うわ!」
くそぉぉぉ恥かかせやがって。
しかしそれも仕方ないか、異世界なんだからじゃんけんなんて知るはずもないよな。元居た世界ですら、近年になって世界に広まったからな。
じゃんけん――それは、日本で考案された手だけを使う遊戯である。
『グー』『チョキ』『パー』の3種類の指の出し方によって三すくみを構成し、勝敗を決める手段である。
そんな感じで大まかにルールを銀髪の男に教える。
「よくそんな下らぬ勝負方法で大口を叩いたものだな」
「じゃんけんを舐めてもらっちゃあ困りますね。これが思いの外、奥が深いんですよ。初めて行う勝負です、一回練習してみませんか?」
「……そうまで言われては、俺とて引くに引けん」
「まぁそんなに硬くならないで下さい。まずは練習ですからね……ちなみに俺は “グー” を出します」
「な、なにぃ⁉ 確かグーに勝つには、手を開いたパーだったな。それでは勝負にならんではないか!」
「……本当に勝負になりませんか? 俺が言った通りにグーを出すとは限りませんよ?」
「――ッ⁉」
じゃんけんには心理戦というものがある。まぁ世界大会じゃこんな真似出来ないけどね。
けど、じゃんけん初体験な人からしたらこの心理戦は苦悩してしまうだろう。
しかし、じゃんけんの必勝法は『目』だ。相手の繰り出される拳をよく観察し、指の動きからどの指の出し方をするのか大方予想出来る。まぁこれも大会では常識過ぎて通用しないけど、初心者相手なら十分だ。
「それじゃいきますよ。じゃ~んけ~ん……ッポン!」
「くっ……まさか本当にグーを出してくるとは……」
初心者相手に嘘をつくのも気が引けたので、俺は宣言通りにグーを出した。
銀髪男はチョキを出した、つまり負けである。まぁ初戦であんなこと言われては疑う気持ちは理解するけどね。けど、この心理戦は連戦するからこそ意味がある。
また俺が出す手を宣言するれば、銀髪の男は悩むだろう。しかし悩めば悩むほどにじゃんけんの深みにハマってしまうものだ。
「次は本番といきましょうかね。これに勝てば俺は自由の身……いいですね?」
「い、いいだろう。この俺が勝負から逃げたとあっては名折れだ。受けて立つ!」
「そうですか、敬意を表して次も俺はグーを出します」
「同じ手とは芸の無い奴だ」
口ではそう言ってるけど、表情から焦りと動揺が隠せていないのが見て取れる。
そして俺は人生を賭けた大勝負に臨む!
「それじゃいきますよ。じゃ~ん……」
「け~ん……」
「「――ッポン!」」
じゃんけんの勝敗は――――グーを出した俺の勝ち。
先程の勝負といい、ちょっとした会話から銀髪の男はどうやら疑り深い性格だと判る。
だから俺は素直にグーを出す事にした、そして見事に勝利を掴んだ。
「なぜだぁぁあ! なぜ勝てんのだぁあ⁉」
「まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ」
「ぬぅぅぅ……もう一度勝負しろ!」
「え? それじゃ約束が違う!」
「約束は守る。しかしこのまま負けたままでは気が治まらぬ」
「まぁ約束を守ってもらえるならいいですよ。でも、普通に勝負しても面白くないですね……次は服でも賭けません? なんたって俺、裸なもんで、なはは」
そこから色んな物を賭けながらじゃんけん勝負を続けた。
一体どれだけ勝負したことだろうか……数時間は続けた気がする。連戦連勝して、賞品をたんまり頂いてしまった。
途中じゃんけんだけでは飽きてしまい、『あっち向いてホイ』も教えた。そんなこんなで仲良く……と言って良いか悩む。なんたって賭けの賞品で手に入れた客人という好待遇になったわけで……。
「――そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はルーバット=ロキウェル、お前はなんて名だ?」
「俺は佐藤 虎太郎。これからお世話になります、ルーバットさん」
「サトー=コタローとは変わった名だな。それにしても “邪拳のサトー” か……名に恥じぬ強さだ」
「邪拳じゃなくて、じゃんけんです」
自己紹介と共にルーバットさんの話を聞かせて貰う。
どうやらルーバットさんは、奴隷商の中でも豪商といわれた家の一人息子。つまり若旦那ってやつだね。
別の町で奴隷を手に入れた帰り道に俺を拾ったとのことだ。
そして、じゃんけん勝負に勝ち客人として迎い入れてもらい、これからルーバットさんの家で厄介になる。
ただ、一緒に乗り合わせた他の人達と違い俺だけ自由の身と言うのはあまりにも不憫に感じた。だから俺は、じゃんけん勝負で他の人達を貰い受けた。
まぁ奴隷と言ってるけど劣悪な扱いを受けているようではないみたい。どちらかと言えば、使用人といったもの……確かローマでも奴隷は居たみたいだけど、解放奴隷って制度もあったみたいだしな。うろ覚えだけど、退屈な歴史の授業でそんなことを先生が言っていた気がする。
ルーバットさんの家は豪商と言うだけあって広いお屋敷だった。その敷地内にある離れを俺にあっけらかんと明け渡した。う、う~ん……良いのかな~? 話が上手すぎて不安になる、それでもその離れであの奴隷の人達と楽しく暮らしていた――――それも今は昔の事。
***********
「グハハハハ! いくら魔王ネドトラスと大魔王エギビゴルを倒した “邪拳のサトー” とは言え、この冥王ロノウレス様に敵うと思うてか!」
冥王ロノウレス――冥界と呼ばれる世界に住まう魔神。
奴が口にした魔王ネドトラスと大魔王エギビゴルを倒したことにより世界の境界線に歪が生じた結果、冥界の魔神が出現した。
魔王と大魔王も越えた存在の冥王は瞬く間に世界を震撼させ、人々を恐怖のどん底へと突き落とした。
俺はこれまでのじゃんけん勝負で編み出したした数々の技をくりだしたが……冥王ロノウレスには通用しなかった。
「くっそ! なんて強さだ……ここまで “あいこ” 99回なんて」
「まだ勝負は決まってない! 諦めるな!」
「若様の言う通りだぜ、サトー。お前は絶対に負けない、自信を持てよ!」
ルーバットさんとアドソンが俺に叱咤激励する。
アドソンも立派になったものだ……当然か、数々の苦難を一緒に乗り越えてきたもんな。
出会った時は荷馬車を引いていただけだったのにな、今では頼もしい仲間だ。
「この冥王ロノウレス様の6本腕……一体どれが本命か判るまい」
「じゃんけんに勝ちさえすれば、奴を倒せると言うのに……」
これまでの旅の中で俺は『世界の理』と盟約を交わした。
盟約に依って得た力――じゃんけん勝負をし、勝ったと言う事実の因果律だけを抽出し、相手を打倒した結果だけを顕現させる力。
「うぉぉぉおおおおぉぉおおおおお!!!」
「な、なんだアレは⁉ サトーが光り輝いてるのか⁉」
「アレは……まさか――」
「知っているのかアドソン⁉」
「若様、アレは白光……生命の輝きそのもです。生きとし生きるものが持つ魂の光。人間と違って、ただ馬である俺にはそれが解るの――いえ、感じることが出来るのです」
白く光り輝きながら、俺は空へと高く跳び上がる。
自分の身に何が起きているのか理解らないが……これだけは理解る。今の俺なら絶対に勝てる!
「負ける気がしねぇぇええぜぇえ!」
「冥王の力見せてくれるわぁあぁあぁああ!」
「じゃぁあぁぁあぁぁん……」
「けぇぇえええぇぇえん……」
「「――ッポォォォォォン!!」」
勝負は決まった……俺は右手の拳を強く握り締め、天へと掲げ上げる。
「この冥王がぁぁあぁああぁあ――――――」
「俺が勝つのは当然だ。勝利とは “掴み取るもの” ……つまり拳だ。なによりも、俺が初めて勝ったのも “グー” だ」
――冥王が滅び去り、世界に再び平穏が訪れる。
俺は大事な仲間であるアドソンの背中に乗り、そしてルーバットさんと共に我が家へと凱旋する。
『邪拳無双でポン!』~完~
ここまでご愛読してくださり有難うございました。