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「あ……」
この日、私は女子トイレでサユと会った。サユの目はとてつもなく怖い。
睨むように私のことを見つめる。
「なに?」
とても冷たい返事が返ってきた。
「別に…なんでもない」
私も同じく冷たい返事を返した。私とサユはもう関係ない。赤の他人。過去に親友だった事はもう無かったことであり、私もそんな事忘れていた。話す事なんてない。私が教室へ戻ろうとした時……
「そういう事されてどう思うの?」サユが私の手元を指差した。私は手に汚されたジャージを持っていた。そういえば私は女子トイレにジャージを洗いに来ていたんだ。
「どうして?」思いがけない質問に思わず質問で返事をしてしまった。
「傷つかないの?」
「え……」私はなにも言えない。もう二度とサユと一体一で会話することなんてないと思ってたから。
「傷つきは、しないかな。正直もう慣れちゃった」
平然を装って答えたけど、実際の声は震えていたと思う。
「そ……。」
素っ気ない返事が帰ってきた。そしてサユは話を続けた。
「私がなんであんたの事いじめるのかわかる?」
「……ムカつくから?」サユの目は見れなかった。大きく見開いた目から鋭い視線がでていて、目が合ったら今にも殺されそうな、そんな目をしていた。
「まあ、それもある。でも……」サユは話を続けた。 「仕返しなの」
「え?」
「私ちょっと前にいじめられたでしょ?そのときすっごく悔しかったの。
ある日突然いじめられなくなったけど……でも私に対してのいじめが終わった後もずっとみんなを恨んだ。だから決めたの。私をいじめた奴みんなを、おんなじ目に合わせてやるって……。私さ、バカだから。自分がされて嫌なこと平気で人にしちゃうんだ…本当は自分が一番いじめの辛さわかってるんだけど。だからこそ仕返ししちゃうんだ……」
―――2分ほどの沈黙の間があった。その2分間、サユは私を見つめていた。だから私も目を合わせて言った。
「それってさ……」
思わず私はサユに口答えする。
「それって本当にサユすっきりするの?」
「は?」
「別に自分をかばうわけじゃないよ。ただ…みんなに混ざってコソコソ私の教科書に落書きしたり、そんなんで本当にサユの私に対する恨みって消えるのかな?第一サユが恨んでるのは私だけじゃないでしょ?他のみんなは?他のみんなにはいつ痛みを与えてやるの?」
「……なにが言いたいの?」
サユの視線は相変わらずだ。
「サユ、可哀想だよ。本当は殴って仕返ししたいんじゃないの?小さい落書きなんかじゃなくて……」
心からの同情だった。本当にサユが可哀想で……。可哀想で可哀想で可哀想だった。あんな小さな仕返ししかできなくて……。
そんなサユが口を開いた。
「だって私…強くないから……。先生にすぐチクるし、自分がされて嫌なこと人にしちゃうし、周りに逆らえないし……。私ミキみたいに強くないから……」
涙を流しながら……。
きっと私を含めたみんなへの恨みの涙だろう。
―――涙をこぼすサユを、気づいたら私は抱きしめていた。きつく。きつく抱きしめた。
「強くなる必要なんてない。強くならなくていいの。いつも“自分”であればいいの。自分をしっかり持ち続けて。やりたいようにやればいい。周りに従う必要なんてないんだよ?仕返ししたけりゃ殴っていいの。周りはいろいろ言うかもしれない。それでも、サユであればいいの。
強いから周りに逆らえるとか、弱いから周りの言いなりとか、関係ない。そもそも強いも、弱いも関係ない。ありのままのサユでいれればいいの。サユ?仕返ししたいんでしょ?私に。じゃあ私を殴ってもいいよ。強く、強く殴って。何度でも殴って。サユの恨みが晴れるまで殴り続けて」
私にこんなこと言われても説得力ゼロだね。
でもサユはその後私を殴った。グーで、力強く。
私はなんだか嬉しかった。
サユ……ありがとう。