8
……右腕がズキズキ痛む。
ここは天国?それとも地獄?視界にはなにもない。真っ黒な、いいや正確には灰色の、汚い空が広がっているだけだった。
「死んだ後の世界にも空ってあるんだ」そう呟いた。
やがて雨が降ってきた。灰色の空が涙を流すように、しとしとと地味な雨が。
冷たい。
「死んだ後も温度は感じるんだ」
「死んだ後の世界でも雨は降るんだ」
そう呟いて目を閉じた。
目を閉じてすぐ、“ドン”という激しい音とともに身体にとてつもない痛みが走った。
「死んだ後も痛みって感じるんだ」
とは呟かなかった。
なぜって?
私は死んでなかったから。
ここは地球の、私の住む町だ。
あの時……
私は飛び降りた。そしたら、木に落ちちゃったみたい。
飛び落ちる最中に気絶したんだきっと。だから意識が無くなってったんだ。
落ちた時木の枝で右腕の肘を擦りむいたみたいだけど、それ以外はどこも怪我してない。
そして、雨が降ってきて木の上の安定感は悪くなって、
私は木の上から地面に落下した。
飛び降りたのが多分2時頃で、今は……携帯で時間を確認する。
5時過ぎだ。およそ3時間。誰も私に気づいてくれなかったみたい。
そして3時間もの間、私は木の上にいたんだ。
バカみたい
私は全身びしょびょしょだ。それに髪の毛は葉っぱだらけ。服はボロボロ。
どうしよう……こんなんで家に帰れない。
と思ったけど、今は家には誰もいない。はずだ。
お母さんはパートに行ってるし、お父さんはまだ帰ってくる時間じゃないし、
弟はたぶん友達の家で遊んでる。
恐る恐る私は家に帰った。雨の降る中、びしょびょしょで。
たぶんこの姿を誰かが見たらきっと私は
“可哀想な女の子”って思われるんだろうな……
全然可哀想なんかじゃないのに……と思いながら家に向かったけど今日は雨だし誰も出歩いてはいなかった。
だから誰にもこの無様な姿を見られることはなかった。
静かに鍵を開けて家に入った。予想通り家には誰もいなかった。
キッチンからラスクとオレンジジュースを持って部屋へ向かう。ラスクは硬い。歯が砕けそう。超ムカつく。それでも頑張って食べる。だってこのラスク最高に美味しいから。
死のうとした私は最高にかっこ悪かった。だって髪も身体もボロボロ。私は強くなるために飛び降りたのに、強くなろうとした結果がコレ。
強くなろうとしたのに、「強い」の欠片もない汚い私の出来上がり。確かにもともと私は汚いけれど……それでもなんか違う。スッキリしない。飛び降りたことにとても後悔している。外見が汚い私の、内面までも汚してしまったみたい。もしコレで本当に死んじゃったらどうなるんだろう?あの時ほんとに死んでたら、私“汚いまんま”死んでたってことだよね?汚れた心臓を抱え、ボサボサで汚い髪の毛を身にまとい、身体には痣と傷。そんな姿で私は死ぬはずだった。
それを考えると涙が止まらない。
もう泣かないはずだったのに……あふれ出す涙。汚いままで死ぬなんて……絶対ヤだ。
それに、よく考えてみると私にはやり残したことが山ほどある。
好きな人見つけてないし、
キャビアとかフォアグラとか食べてないし、
六本木ヒルズで買い物してないし、
『ここからここまでの商品全部ちょうだい』ってやってないし、
料理も洗濯もできないし、
宇宙旅行してないし、
それどころか海外にだって行ったこと無い。
ディズニーランド貸切にしてないし、
爪にお花とか飾ってみたい。
髪だって染めてないし、
芸能人と握手したことだってない。
朝一人で起きられるようになってないし、
ピアス開けてないし、
ニキビ治ってないし、
それに……
世界を平和にしてないし。
死んだらこんなことどうでもいいのかもしれないけど、
これをやらないで死ぬなんてもったいない。
死んだら後悔なんてしないのかもしれないけど、
やらずに死ぬのはヤだ。
世界には私の知らないことがまだまだいっぱいあるはず。これから先やりたいことがいっぱいでてくるはず。それを私が体験しないで、周りのみんなが楽しんでるなんて腹が立つ。死んだらどうなるかなんてわからない。天国に行くのか、地獄に行くのか、灰になるだけなのか、
そんなのわからない。
でも、少なくとも“私”として生きられるのは“私”だけだから。“山城ミキ”が“この世”で生きるのは、これが最初で最後だから。
この世界で体験したい。楽しいこと、おもしろいこと、全部全部全部私が体験する。それをやらずに死ぬなんて……私どんだけバカなんだろう。それで強くなんかなれるわけない。それで楽になんかなれるわけない。死んじゃったら楽しくも楽にもなれない。絶対に。私の勘はあたるんだから。
山城ミキは欲張りな女だよ。欲張りらしく生きなきゃ!
だから、学校生活を楽しもう。
私なんでこんなに前向きになったんだろう?
私になにがあったんだろう?
自分でもよくわからないけど、たぶん……
私は、根は元気でポジティブな女の子なんだよ!
―――きっと
私はポジティブ。自分にそう言い聞かせると、勇気が湧いてきて……
学校で戦う決心ができた。