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倒れたイケメン

「ごめんって、悪気はなかったんだよ」


 揺れる電車の座席の隣で謝るイケメンを無視しながらスマートフォンのゲームアプリを操作する。


 あの後急いでパーカーを着た風花は覗き男に下着姿を見られたことで混乱していたのだ。


「玄関の鍵掛けて」


「あっ、はい……」


 普段の風花なら明良の指示に素直に自宅の玄関の鍵を掛けることもなかった。


 財布の入っていない鞄を持って家を飛び出すなんて失態を侵さずにすんだだろう。


 向かった駅で切符を買うために鞄を漁り財布を忘れたことに気が付いて、一旦自宅に戻ろうとした風花に、ちゃっかり乗車券を渡した明良に連れられて、あれよあれよと言う間に、現在電車に揺られて移動中である。


「悪気が無いなら部屋に入る前に、ノックして入っても良いかとか聞くよね?」


「そうか? おっと次降りるよ」


「おい!」


 強引に行き先も告げられず、明良に連れられてやって来たのは某大型ショッピングモールだった。


 店へと続くおしゃれな入り口の前で二の足を踏んで、店舗をポカンと見上げた風花は悪くないと思う。


 セレブな方々向けのお高いブランドが入るモールは、なんとアウトレット品の服を一着買うお金で、風花の普段着ている私服をフルコーデ出来てしまうという高価な商品を扱うショッピングモールだった。


 場違いにも程がある……少なくともクタクタのパーカーに履き古したダメージジーンズで入るようなお店ではない。


「ほら行くぞ」


「いやいやいや、無理だから!」


 慣れた様子でグイグイと店内へ風花を引き摺る明良に、必死に抵抗を試みる。


「言う事を聞けって」


「はぁ!? なんで私がわざわざ休日潰してまで明良君の荷物持ちしなくちゃなんないのよ。 一人で行けば良いじゃん!」 


「はぁ!? なんで荷物持ちになるんだよ」


「それ以外に文無しをこんなところに連れてくるなんて、何の用途があるってのよ!?」


 ぎゃいぎゃいとショッピングモールの入り口で攻防を繰り広げる風花達はどうやら業務の邪魔になっていたようだ。


「お客様、他のお客様のご迷惑となりますので、お話し合いでしたらあちらのカフェでどうぞ?」


 どうやらお店に垂れ込みがあったらしく、営業スマイルを貼り付けたショップ店員のおねえさんに促された。


 今流行りのおしゃれな衣服を身に纏い、綺麗に着飾った美人さんだ。


 スタイルが良くてファッションモデルも務まりそうな立ち姿はさぞかし男性にもてるだろう。


 店員さんは明良がイケメンだと知れるやいなや対応がくるっと百八十度変わり、一気に明良との距離を詰めると、先程までの剣呑とした空気を霧散させて恋の狩人モード切り替えた。


「うちのお店に是非よっていってくださぁい! 今年流行りのメンズ服入荷してあるんですよぉ」


 甘えるような声と慣れた手付きで明良の右腕に自分の腕を絡めると、流行ファッションのトップスを押し上げる立派な胸部をこれでもかと明良の腕に押し当てた。


 (うむ、パットで盛ってるかもしれないが、推定Eカップかな?)


 しかし、すっかり風花の存在を忘れて居るだろう。 


 関わらずに済むように他人のふりをしようとしたら、ボソリと明良が呟いた。


「……放せブス」


「えっ、ごめんなさいなんて言ったのかしら?」


 明良君の声が聞こえなかったのか、はたまた聞こえた言葉を信じたくないのか、店員さんが困惑している。


「汚い手で触んなって言ってんだよ」


 右腕を拘束していた店員さんの力が緩んだ隙に、強引に腕を引き抜くと、明良はまるで汚れでも払うかのように、勢い良く服をパンパンと叩き出した。


「なっ!?」


 まさかそのような対応をされるとは思ってもいなかったのだろう、羞恥と怒りに顔を赤く染めて言葉に詰まる店員さんから逃げるべく明良の腕をグイッと引っ張った。

 

「すいません! すぐに帰りますからお気遣いなく、ほら行くよ」


「……」


 無言の明良を強引に引っ張って右手を繋ぎ、入り口から見えなくなるところまで一気に走り抜けた。


 少し走っただけなのに、息が上がっている。


「もう、明良君どうしたの? いつも女子にモテモテな明良君らしくない……って明良君?」


 振り返れば顔面蒼白で冷や汗を流しながら虚ろな目をした明良が胸を抑えて浅い息を繰り返している。


「ちょっ、明良君大丈夫!?」


 立って居るのも辛いのか、その場に蹲ってしまった明良の背中を撫で擦る。


「だっ、大丈夫……」


「どこがだよ!?」


 どこをどう見たって今にも倒れそうだ。 


 浅い呼吸を繰り返す明良の両手はガタガタと痙攣を繰り返し、身体を丸めてその場に蹲ってしまった。


 すっかりパニックを起こしてしまっている明良の姿が、中学時代の女友達と重なる。


 この症状は多分見覚えがある。


 間違いじゃなければ明良のこの症状は過呼吸だと思った。


 血液の中の酸素と二酸化炭素のバランスが崩れ、身体が二酸化炭素不足になることで起こるさまざまな症状を過呼吸、または過換気症候群と呼んでいたはずだ。


「明良君、ちょっと待ってて」


 明良から顔を上げて風花は道路を挟んだ向かい側にあるコンビニへと駆け込み、店員に頼み込んで買い物の際に商品を入れてくれるビニール袋貰うと一目散に明良の元へと走った。


「おい、あんちゃん大丈夫かい?」


 どうやら座り込んでいる明良を心配して数人の人が彼の周りに集まっている。  

 

「すみません、明良君、はい! ビニール袋貰ってきたから、ゆっくり呼吸して」


 明良の口と鼻を覆うようにして当てると、痙攣した手で弱々しくビニール袋を抑える。


「すみません、念のために救急車を呼んでいただけませんか?」


「おっ、おう!」


 先程まで明良を見てくれていた男性に頼むと、ズボンのポケットから取り出した携帯電話で消防署に電話を入れてくれている。


 過呼吸はマラソンや水泳などの呼吸を多く必要とするスポーツの後に発症することが多いけど、精神的なストレスが原因でなることもあると聞いたことがある。


 ストレスが原因でなる過呼吸の小難しい病名は忘れたけれど、なんにせよ明良が起こしているのは過呼吸に違いない。


 遠くから救急車のサイレンが聞こえてくるのを聞きながら、明良の様子を観察する。


 まだ顔色が悪く、冷や汗が浮かぶ額を持っていたハンカチで拭き取る。


 少しずつ呼吸が整い始めてはいるものの、何か違う病気を持っている可能性も有るため、風花は到着した救急隊員に促されるまま、明良の付き添いとして救急車に乗り込んだ。


 初めての乗った救急車が友達の付き添いとか、不謹慎にも車内を観察してしまった風花は悪くないと思いたい。


 直ぐに血中の酸素濃度を測る機械を指先に取り付けて酸素マスクが着けられた。


「……風……花?」


「おっ、明良君気がついた?」


 薄っすらと開いた瞳が周りをキョロキョロと見回している。


「今救急車で病院に向かってるからもう少し寝てなよ」


 ズレた毛布を肩口までかけ直せば、毛布の中から風花に向って手が伸びてきた。


 (うーむ、これは握れと言うことかな?)


 そろそろと伸ばされた手を握ると、弱々しく握り返された。


「どこにも行くな……」


「この状態でどこに行けと?」


 風花がそう告げれば見たことが無い無邪気な笑みを浮かべて、安心したようにまた眠ってしまった。


 ……風花の手を掴んだまま。




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