修羅場と濡れ衣
明良の神力の暴走から三日間、学園は破損した窓ガラスの補修工事のため臨時休校となった。
因幡の言う通り直下型地震が学園周辺で発生した事になっている。
神力の暴走の影響は学園の周辺にも被害をだしており、政府はこの度の直下型地震を激甚災害として対処することにしたようだ。
学園の補修工事が終了し、授業が再開される事が生徒たちへと通達されたため、風花も学校へ通学してきた。
憂鬱に足取り重く登校した風花は、予想していたいじめもなくなり呆気にとられていた。
生徒たちは地震の話で盛り上がりを見せては、気さくに風花に話を振ってくる。
どうやら生徒たちの記憶を操作する際に風花に関する記憶も改竄したようで、明良の親衛隊によるいじめも忌避される事もなく心安らかに過ごせている。
風花のスマートフォンに入ってきたSNSに目をやると、液晶画面には愛美の名前で大切な話があるから放課後にバレンタインデーに明良を最初に呼び出した空き教室へ来て欲しいと書いてあった。
「大切な話かぁ……」
スマートフォンを手に持ったまま、風花は割り当てられている机に伏せる。
神力の暴走での怪我はほぼ治したと因幡が告げていた為、愛美にもあまり深い怪我は無かったのだろう。
暫くしてスマートフォンを眺めたあと、風花は愛美に放課後に会う事を了承する旨を記してSNSへと連絡を入れた。
授業が終わり、空き教室へ向かう風花は、途中で龍也に声を掛けられた。
「風花ちゃん、愛美ちゃん見なかった?」
「えっ、愛美ですか? それなら今から待ち合わせしてるので一緒に行きます?」
(愛美ちゃんと二人きりで会って何から話したら良いか分からなかったし)
「えっ、良いの? 助かるよ」
そう話しながら二人で階段下の空き教室へ向かって歩き出した。
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一方で明良は愛美に話があると言って呼び出していた。
愛美から指定されたのは、授業が終わった放課後に階段下の空き教室でとの連絡だ。
天気が崩れるのか、次第に暗くなりつつある空を明良は自分の席から眺める。
放課後に明良は同級生の男子からの遊びの誘いを断ると、皆それぞれの部活に行った為に人気のない階段を静かに下っていく。
前に風花は愛美に頼まれて、この階段下の空き教室へと明良を呼び出した。
教室の中には藤堂龍也が先客として女との逢引に使用していた為明良は入室する事なく移動したことを思い出す。
「どうぞ」
空き教室の扉を叩けば、中から明るい女子の声が聞こえて明良はスライド式の扉を開けて中に入る。
「呼び出して済まないな」
教室の窓際にある空き椅子に腰を下ろしたまま、明良を出迎えた愛美の反応に僅かばかりの違和感を感じながらも明良は愛美と決して触れ合うはずがない距離をとる。
「話ってなに?」
いつもなら必要以上に近くへ寄ってくる愛美が静かすぎる。
「この間の提案を破棄したい……自分の気持ちに嘘をつくことも、風花を守るために君を利用する事も双方に対しての侮辱と変わらない事に気がついた……別れてくれ」
風花を守る為に二人で取り交わしたのは、世間の目を風花からそらし、欺くために男女交際相手として周囲へ愛美の存在を認知させるもの。
「やっぱりあの方がおっしゃる通りになったわね」
本来なら怒りをぶつけても構わない筈なのに愛美は声を荒らげることなくクスクスと笑っていた。
「何が可笑しい……」
「いいえ? あの方がおっしゃる通りもっとあの子を追い詰めれば、貴方からくだらない世迷いごとを聞かずに済んだのかしら?」
まるで幽鬼ように立ち上がり距離を詰める愛美に、反射的に離れようとした明良の足が動かず驚く。
「それともあの方から頂いた力を使えば貴方は私の……私だけの者になるのかしらね」
足だけではなく全身が自身でまるで拘束されたように動かせず、明良と愛美の距離は着実に近づいている。
「ねぇ……あんな地味な女のどこがいいの?」
明良の意志を裏切るように、両手が愛美の白く滑らかな首を覆い隠すブラウスを握りしめた。
「何を!?」
全く自由がきかない身体に抗うも、明良の両手は持ち主の意思を裏切って愛美のブラウスに力を込めて引き始める。
これまで一度たりともこのようなことは無かった。
神力を解放し抗おうとしても、何かに阻まれているのか、思うように発現できない。
「あの子は、お優しい風花は暴漢に襲われて涙を流す私と、暴漢した貴方……どちらを信じるでしょうね?」
クスクスと狂ったように楽しげに笑う。
「ふふふっ、あの方に頂いた力は便利だわ。 こうして貴方を私に繋ぎ止めることが出来るもの」
愛美は自分のブラウスを明良に握らせたまま、恍惚と明良の胸元に自分の手のひらを当てて撫で下ろす。
「……触っ……」
全身に走る嫌悪感に顔を歪ませる。
「愛美ちゃん居るの?」
閉じた扉の外から掛けられた風花の声に、愛美は小さく整った唇の口角を上げると、明良の両手が愛美のブラウスを引きちぎる。
はじけ飛ぶボタンと顕になる愛美の白く滑らかな胸元、そして甲高い愛美の悲鳴。
「愛美ちゃん!?」
扉を開けて教室に飛び込んできた風花の見たものは、ブラウスが破れ首からブラジャーが白昼に晒されるほど大きく開き、泣きじゃくる愛美の姿だった。
明らかに乱暴された様子の愛美は風花に助けを求めて駆け寄ると、その背中に隠れた。
風花は混乱覚めやらぬ様子で愛美をかばう。
「何があったのか説明してくれる? 明良君」
しかし明良の表情は血の気を失い青ざめて肯定も否定も返せずにいた。
「自分の彼女を抱いて何が悪い(違うんだ! 俺じゃない! 気がついてくれたな風花!)」
明良の意思を無視して思ってもいない言葉が口から発せられるのを、違うんだと必死に心の中で叫び続ける。
「確かに愛美ちゃんは明良君の彼女かもしれないけど、無理強いなんてっ……」
途中まで言いかけた風花の言葉が、小さくなって消えた。
「なんだ? お前も抱いてほしいんだろ?(違う! 俺はお前を傷付ける事なんて嫌だっ)」
風花は怪訝な顔をしながらゆっくりと軽薄そうな表情を浮かべる明良に近付くとそっと頬へと手を伸ばした。
「どうして泣いてるの?」
表情にそぐわない透明な雫が幾重にも明良の頬を伝い顎先へ流れ落ちる。
とめどなく流れ続ける明良の涙を風花は右手の親指で拭い去る。
「ふ……うか」
「うん?」
名前を呼ばれて見上げれば、明良の瞳が揺らぐ。
風花と明良の視線が交わった瞬間、バシッと何かが弾ける音がして明良の身体と言動を縛っていた力が霧散した。
「えっ、うそ」
その様子に驚愕に目を見開いた愛美の顔がみるみる憎悪に塗り替えられる。
「私のものにならないなら、風花も明良も消えてしまえば良いのよっ!」
その憎悪は鋭い刃となって風花を襲い掛かる。
「きゃぁっ!」
「しまった! 風花!」
操られていた影響か、明良が風花に伸ばした手は届かない。
衝撃を覚悟して風花は顔をそらして目を瞑る。
「約束が違うなぁ、風花には手を出さない約束だったはずだよね?」
凛とした雰囲気を放った声が室内に響く。
いつまでも訪れない衝撃に風花が恐る恐る目を開ければ、風花と愛美の間に制服を纏った男子生徒が立っていた。




