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「ねぇ聞いた〜? 明良君一年生の佐藤愛美と付き合いだしたらしいよ」


「マジかぁ、そりゃ愛美はどっかの誰かさんと違って美人だから」


「言えてる〜。 明良君の隣に立てるような容姿じゃ無いのに、調子乗っちゃいますかぁって勘違いしてるバカ女も居るけどね〜」


 廊下を歩けばそこかしこから風花を嘲笑う声が聞こえてくる。


 そしてその内容は明良が愛美と男女交際を始めたと言う内容だった。


 風花は重い心で動きが鈍る足を動かして、下校するために下を向いたまま玄関へ向かって早足で進む。


 噂は真実なのか、確認したくてもいざ明良の姿が視界に入ると、先日の保健室でのキスを思い出してしまうのだ。


 恥ずかしいとついつい接触を避けるように逃げ隠れしていた風花は、故意としか感じられないほど、あちらこちらで囁かれる明良と愛美の交際の噂を聞いたとき、足元が崩れたと錯覚しそうなほど衝撃を受けた。


 何かに耐えるように、唇をぎゅっと引き結び唇を噛む。


 どうしてこんなに心が痛いのだろうか、締め付けられるような苦しさに浮かぶのは明良の顔。


 図々しくもさも当たり前の様に風花の家に上がりこみコーヒーを飲む明良。


 女性が苦手で触られただけで過呼吸を起こし、ひっくり返る明良。


 実は神様の子供らしい明良。

 

 ヘタレで強引で優しいく意地悪な明良はどれだけ風花の心にたんぽぽ並に根深く、しぶとい根っこを張ったのだろう。

 

 だから愛美と手を繋ぎ歩いてくる明良の姿が見えたとき、それまで頑なに認めようとしなかった風花の心が、すんなりと自分が明良に抱く感情を認めた。


「あぁ……私って明良君が好きだったんだ」


 もう今更気が付いても遅いのに、風花の心が明良と会えたことに歓喜し、隣を睦まじげに歩く愛美の姿に、どす黒い感情が湧いてくる。


 愛美が明良を好いていた事をずっと前から相談されていたし、親友が恋を成就出来た事はめでたい事。


 なのにどうしても風花は祝福する事が出来なかった。


「今更気が付いたって全部遅いのにね……」


 唇から溢れた後悔の言葉は涙腺まで決壊してしまったのだろう、瞳から透明な雫が頬を伝い床に落ちる。


「風花?」


 背後から掛けられた声に、ビクリと小さく肩が跳ねた、涙を乱暴に袖で拭い、今一番会いたくないと感じていた愛美の声にゆっくりと振り返る。


 風花の目に飛び込んできたのは互いの指と指を絡めるように繋いだ愛美と明良の姿。


 見たくない。


(笑え)


 今すぐに逃げ出したい。


(笑うのよ)


 相反する感情をなんとか作り笑顔でおし隠す。


「おはよう、二人共付き合うことにしたんだって? 朝早くからラブラブだね」


 自分の醜い感情を悟られたくなくて、風花は明るく声をかける。


「そうなの〜! 風花のおかげだよ〜。 ねっ? 明良君」


 そう言って愛美は明良の右腕に自らの左腕を絡めて密着してみせた。 


 ズキリと酷い痛みが胸を刺す。

 

 愛美の視線が明良の顔に向けられて風花も顔を上げると、苦虫でも噛み潰したような顔をしている。


「……あぁ」


 小さく答えた声は二人の関係を肯定するもの。


「そっか、ごめん。 これから用事があって帰らなくちゃいけないんだ」


(これ以上二人の寄り添う姿を見たくない)


 この場を離れたい一心で風花の唇が嘘を紡ぎ出す。


「そっか、ごめんね忙しいところ呼び止めたりして」


 愛美はすまなそうにそう言うと明良の腕を引いて離れようとするが、明良は動かずに風花の顔を凝視している。


 僅かな沈黙。


「泣いていたのか?」


 愛美に拘束されていない左手を伸ばしてくる。


 シャラリと涼やかな音を立てて、左手首の銀の鎖が揺らめいた。


 伸ばされた手から視線が外せない。


「明良君!」


 力強く愛美が引っ張った事で、明良の手は風花に届く事なく空を切る。


 その届きそうで決して届かない距離が近いはずなのに、二人にとってとても分厚い壁に見えた。


「私もう行くね」


 再び溢れそうな涙を見せたくなくて、二人に背を向けて走り出す。


「これで良い……これで」


 その直後、大きな地響きと共に校舎が大きく揺れた。


   



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