親衛隊……怖い
翌朝いつも通り学校へ登校した風花は、妙な違和感を感じていた。
遠巻きにされながらヒソヒソと囁かれる不快感に、囁きあう生徒に目を向ければ、わかりやすく視線をそらされる。
今までされたことがないような経験に苛立ちを募らせながら、教室へ向かう途中、廊下の壁に貼り付けられた茶色くコルクで作られた大きな掲示板の前に人だかりが出来ていた。
この掲示板は各種お知らせプリントや学期末のテストの上位五十名の氏名の発表などに使われることが多い。
「なんだろう?」
好奇心に逆らえず、フラフラと掲示板へ歩いて近づく。
「うわぁ~ショックぅ明良君趣味悪すぎ」
掲示板に貼り出された紙を覗き込んでいる女子生徒が可愛らしい声を上げている。
「まぁ、たしかにあのモテる明良君が地味専だったなんてな……笑える」
友人と掲示板を見に来たらしい男子生徒はまるで嘲るように、互いに囁き合っているようだった。
掲示板に貼り出されていたのは目の部分だけ黒い油性ペンで長方形に塗りつぶされた風花を後ろから抱きしめる明良の写真だった。
A3サイズまで引き伸ばされた写真には、『スクープ激写! 学園のプリンスの熱愛発覚!』と見出しがつけられている。
「ねぇ、写真の子ってあの子じゃないの?」
呆然として掲示板の前に立ちつくす風花の耳に聞こえてきた囁きに、カァっと顔が熱くなり咄嗟に掲示板の写真をむしり取り、廊下を走って逃げた。
(なんで、誰があんな写真を取ったの?)
バクンバクンと不安と混乱から早まった血流が全身をかけめぐる。
何かから逃げたい一心で走っていた風花は、ふいに自分の足元に伸ばされた足に気がつく事ができなかった。
「ぎゃっ!?」
可愛げの欠片もない声をあげ、伸ばされた足に足先が引っ掛かり重心が崩れる。
両手には剥がしてきた写真を握り締めていたため咄嗟に両手を着く事ができず、風花は学園の廊下に倒れ込んだ。
地面に打ち付けた両膝や腕などに鈍い痛みが走る。
「あら誰かと思えば明良様に近付く身の程知らずだわ。 廊下に寝転ぶなんて汚〜い」
「本当〜でも案外地味顔には汚い廊下はお似合いかもよ」
「言えてる〜」
クスクスと楽しげに笑う複数声に、痛みに涙が浮かぶ目線をあげる。
立ち上がれずにいる風花を見下ろしながら、写真を握り締めていた右手を黒いローファーに包まれた足が思いっきり踏みつけた。
「痛っ!」
右手の甲を踏み付け足はさらに捻るように廊下へ踏みにじる風花と同じ制服を着た三人の姿に見覚えがある。
学園内で明良の親衛隊を名乗る組織があり、その中でも容姿が優れた方である彼女たちは過激派として有名だ。
明るい茶色に染髪した長い髪とバサバサと何枚も重ねて付けられたつけまつ毛、真っ赤な口紅を塗った唇はグロスを重ね塗りしたせいで油物でも食べたあとのようにギラギラと不自然に光っている。
(せっかくすっぴん美人が化粧のせいで台無しだ〜ケバっ! なんかすごく勿体無い)
この状況下でそんな事を考えて現実逃避している自分に風花は思わず苦笑する。
女の風花が明良と個人的に友誼を深めれば、親衛隊が出てくるのは分かりきっていたはずなのだ。
「きもっ!? 踏まれて笑うとか何考えてんの」
そんな風花の態度が気に入らなかったようで、もう一人がお腹に蹴りを入れてきた。
「ぐっ、ゲホッ」
腹部を襲う激痛に噎せこむ。 泣く気は無いのに痛みに生理的な涙が溢れる。
視線をあげると視界の端、廊下の角にこちらの様子を伺う愛美の姿を見つけて目を見開いた。
目があった瞬間に、愛美は数歩後退り反対側へと走り出していった。
もしかしたら助けてくれるんじゃないかと期待する心と、もし助けに入っていれば愛美まで巻き込まれる恐れがグチャグチャと心の中を掻き乱す。
「これに懲りたら明良君に近づかない事ね」
散々私を罵った事で気が済んだのか言い捨てられた言葉をうまく働かない頭でぼんやりと聞き、風花は意識を手放した。




