目覚めると、そこには筋トレをしているむさ苦しい男が二人…
目が覚める。
時計を見ると、もう16時過ぎだった。
朝方まで起きていたとはいえ、10時間以上寝ていた事になる。
流石に寝過ぎたな…
「チッ…、不味ったな」
この時間であれば、恐らく母、晶子はもう仕事に出ている。
あの母さんの事だ、恐らく声自体はかけて行ったのだろうが、全く気付かなかった。
…返事くらいはしておきたかったが。
まあ、過ぎてしまった事は仕方ない。
それもこれも、昨日来た尾田達が悪いのだ。
いや、尾田は兎も角として、問題はもう一人の神山という男だ。
あの野郎は、あれからすぐ帰ると思いきや、何故かドアの前でぶつくさと何か話し始めやがったのだ。
こっちはヘッドフォンを付けているとはいえ、いつ入ってくるかという不安から動画に全く集中できなかった。
お陰で、興味の無い適当な動画を見漁る羽目に…
いや、別にゴレンジャイが恥ずかしかったとかじゃねぇよ?
それをネタにして、俄か野郎に色々語られるのが嫌だっただけだ。
そして、ようやく帰ったと思ったら、今度は何故か俺の携帯に電話がかかってきやがった。
一体どうやって調べたのか…?
自慢じゃないが、俺は高校に入ってから誰にも連絡先を教えていない。
別に教えなきゃいけない相手なんていないしな…
いや、待てよ? もしかしたら情報源は母さんなのではないだろうか?
記憶はおぼろげだが、母さんにしつこく聞かれて連絡先を教えていたような気がしないでもない。
しかし、仮にそうだとしてもおかしな点はある。
俺は、とりあえず着信に対して居留守を決め込むことにしたのだが、今度はメールが飛んできたのだ。
メールアドレスなんて、母に教えていないどころか、自分でもよく覚えていないレベルであるというのに…
アレには流石に戦慄を覚えた。
あいつらはマジで何者なんだと、少し怖くなったくらいだ。
不良に絡まれた時に感じた恐怖とは別の、なんというか、得体の知れない恐怖である。
メールは1時間ごとに届いた。
内容はどれも他愛のない挨拶や自己紹介ばかりであったが、内容が気になって放置する事が出来なかった。
メール自体は23時過ぎには飛んでこなくなったのだが、いつ来るかという不安と恐怖から、俺は結局眠る事が出来なかったのだ。
気を紛らわすために見始めた別の特撮も、余り頭に入ってこなかったし…
ようやく眠気が訪れた時には既に時刻は4時を過ぎており、その辺りからの記憶が無い。
恐らくそこから気を失うように眠ったのだろうが…
「…腹減った」
空腹感を感じた俺は、ひとまず腹に何か入れる為、部屋を出る。
しかし、10時間も寝ていると流石に尿意が強い。
(…まずはトイレからだ……、ん?)
部屋の明かりが付いている。
消し忘れか? いや、もしかして、今日は仕事に行かなかったとか?
ガチャリ
気になった俺は、トイレより優先してダイニングを確認する事にする。
すると、そこには…
「んなっ!?」
俺はチビリかけた。
いや、正確には少しチビった。
何故ならばそこには男が二人、上半身裸で腹筋と腕立て伏せをしていたからだ…
「25…、おや? 起きたか如月君。26…、おはよう、いや、おそよう? 27…」
「ふっ…、ふっ…、よお…、如月…」
男二人はそれぞれ、腕立て伏せと腹筋を継続しながら反応する。
腹筋をしているのは尾田で、腕立て伏せをしえいるのは例の神山という男…
「お、お前ら! 他人の家で何やっていやがる!?」
「28…、何って、見ての通り、筋トレだよ。29…」
「ふっ…、ああ、する事が無かったんでな。ふっ…、少しばかり筋トレさせてもらっている」
こ、こいつらは何を当たり前のように答えているんだ!?
他人の家で筋トレとか、頭おかしいんじゃないのか!?
「30…っと。キリがいいから一旦止めるかな」
「ふっ…、それも、そうだな」
「しかし、まさか尾田君もトレーニングが趣味とはね」
「ん…、まあ、図体だけが取り柄だからな。筋肉は嘘をつかねぇし」
「同感だよ尾田君。やはり君とは気が合うね」
「やめろってその言い方…。なんかゾワっとくるんだよ…」
ゾワ、どころじゃねぇよ!
俺はお前達の奇行に気絶しそうな程の衝撃を受けたんだが…?
そりゃもうチビるくらいに…、ってヤバい!
俺は慌ててトイレに駆け込む。
あまりの光景に固まりかけていたが、そんな場合では無かった。
流石にあの場で漏らすのは色々マズイ…
無事、ダム決壊を逃れてダイニングに戻ると、何故か食卓に料理が運ばれ始めていた。
「…なんだよ、これ?」
「ん、もちろん料理だよ。何も食べていないんだろう?」
「そうだが…、なんで料理なんかあるんだよ?」
「作ったからに決まっているじゃないか」
「…誰が?」
「彼女…、山田静子さんだよ。単純に料理の腕だけなら俺も自信があるんだが、やはり若い女性が作った料理の方が嬉しいだろう?」
食事を運んでいた少女と目が合う。
彼女はペコリとお辞儀をし、再び台所に引っ込む。
他の女共は…、と思い視線を巡らせると、二人がテレビの前で何やらゲームをやっているのを発見する。
あんなゲーム機は家には無い筈なので、恐らくは持ち込みだろう。
いくらなんでも、自由過ぎやしないか…?
「…出てけ」
「そうはいかないよ。ちゃんと晶子さんにも許可は貰っているしね」
…っ!?
あっさりと返され、思わずキレそうになる。
…と思ったのだが、なんだこれ?
頭に上りかけた血がスーッと引いていくのを感じる。
妙に思考がクリアだ。
…なんだか、どうでも良くなってきたな。
「…じゃあ、俺が出てくわ」
別に売り言葉に買い言葉というワケでは無いが、このままやり取りするのも面倒になった。
興奮はしていないが、やってられるか! という気分は未だに残っている。
ここの住人である俺が出ていく必要なんて全く無い筈なのだが、変に合理的になった思考が自然とその答えに辿り着いたのだ。
「おっと、待ちたまえよ。流石にその反応は予想していなかったね。…わかった、今日の所は俺達が退こう。皆、撤収準備だ」
「「「は~い」」」
今日の所はって、また来る気かよ…
駄目だ、本当は怒鳴りたい気持ちで一杯なんだが、寝起きのダルさと意味不明な展開のせいなのか、大声を出す気力も無かった。
撤収準備を始める彼らを見守ることなく、俺は洗面所に向かい顔を洗う事にする。
その時、尾田の奴だけがこっちをジッと見ていたが、何だよと突っかかる余裕も無かった。
十数分後、我が家に静寂が戻る。
食卓の上には先程の食事が、母や兄の分までタッパーに詰められて置いてあった。
「食事はしっかりとりたまえ」と書かれたメモ書きを乱暴に引っぺがし、料理も捨てようとする。
しかし、食事を作ってくれた少女の顔がチラつき、それは出来なかった。
…結局、俺はそのまま席に付き、作られた料理を食べる事にした。
「………うめぇし」
危うく兄の分にまで手を伸ばしそうになる程、珍しく俺の箸は進んだのであった。




