杉田 麗美は空気が読めない
「で、どういうことなんだってばよ」
「……きちゃった(てへぺろ)」
きちゃった…、じゃ! ねぇだろぉぉぉぉがぁぁぁぁぁっ! と叫びたかったが、ここは教室である。
俺は深呼吸し、心を落ち着ける事に努めた。
目の前のお嬢様風の少女は杉田 麗美というらしい。
この少女の正体は、俺が前世で僅かながら関りを持った相手、つまり同じ転生者である。
先週…、まあ色々とあって彼女とは協力関係を築くことになったのだが、その彼女が何故この学校に…
「…なんでここにいる?」
「えっと…、一緒にいたかったからですが…」
その言葉に、聞き耳を立てていたクラスメート達がざわめきだす。
マズイ、非常にマズイ。
俺は彼女の耳元に口を近付ける。
「言葉は選べよ? その制服はどうした? まさか、認識阻害で侵入したのか?」
「ち、違いますよ。ちゃんと転校してきました。あと、マスター、息が当たって、その、くすぐったい、です…」
ゴルアァァァッ! てめ、ワザとやってのか!? などとは当然叫ばない。
俺のクールなイメージが崩れてしまうからな。
しかし、これは増々マズイ状況だ。
麗美の反応は当然論外だが、それを引いても転校生の美女と知り合いというだけで、大いに誤解をまねく可能性が高い。
それがヒソヒソ秘密の話などをしていたら、色々な誤解を受けることはほぼ必然である。。
ここは、一時避難を…
「杉田さん、少し席を外そう。色々と聞きたいことがある」
返事は聞かない。有無を言わさず手を掴んで立たせる。
こんな事をしなくても彼女は絶対服従の呪縛に捕らわれている為、拒否は出来ないのだが、正直頭が回っていなかった。
「待てよ、神山、聞きたいことがあるのは俺達も一緒なんだ。抜け駆けはズルイぞ? 二人は知り合いみたいだけど、話すならここでしろよ、な?」
「そ、そうよ! 独り占めは良くないと思うわ神山君。貴方はただでさえ雨宮さんを独占状態なんだから、そのくらいは譲ってもらわないと!」
などと口にしながら俺達を囲むクラスメート諸君。
なんという事だろうか、これでは脱出が出来ないではないか!?
どうにか説得せねば…
「い、いや、ちょっと大事な話があって、ね…? 少しだけでいいんだ、出来れば二人で話したいんだけど…」
「良助? 大事な話って? 私も行っちゃ駄目なの?」
っと、このタイミングで入ってくるのかひーちゃん…
頼むから空気を読んで…、って無理だよな…
そんな事は、彼女を育てた俺が一番よく知っている。
「あ、いや、一重は問題ないけど…」
「おい、なんで雨宮さんは平気で俺達は駄目なんだ?」
「ま、まさか、痴情の…?」
「いや、これはどちらかを捨てるフラグかもしれない。であれば俺達にもチャンスが…」
「え、でも神山君の事だから、新しい妻が増えたとか言い出すんじゃ…。ほら、隣のクラスの山田さんも、彼にだけは凄い可愛い笑顔を見せるって噂が…」
「あ、それ私も聞いたことある!」
いかんな…、この状況は収拾がつかなそうだ…
それにしても、俺って女子にそんな風に思われていたのか…?
少しショックだ…
とりあえず、とてもじゃないが抜け出せる雰囲気ではなくなってしまった。
もちろん強引に抜け出すことは可能だろうが、それをしたら恐らく後々酷い噂がたてられるに違いない。
ここはダメージを最小限に食い止める為、この聴衆の認識を良い方向に修正しないと…
「い、いや、みんな勘違いしているぞ? 彼女は確かに昔の知り合いなんだが、外国に引っ越すとかで長い間疎遠になっていたんだよ。それが急に同じ学校に転校して来たものだから、何があったのかと思って…」
嘘は言っていない。
聞きたい事もアバウトだが概ね間違っていない。
まずは話を合わせつつ、徐々に話を本題から逸らしていくのだ。
「それは、いくら連絡してもマスターが反応してくれないからですよ…。本当は転校の事も伝えたかったのに…」
「………あ、そうか」
ああ! そうだね! 確かにそれは俺が悪いね!
確かに俺は君の連絡を無視していたよ!
でも、仕方ないじゃないか…
俺には…、心の休養が必要だったんだ!
「そ、それは悪かったな。でも、完全に会わなかったワケじゃないし、その時に直接言う事も出来ただろ?」
確かに俺は彼女の連絡を基本無視していたし直接会うのも極力避けていた。
しかし、呪いの事もあったし完全に会わなかったワケでは無いのだ。
その時に言ってくれれば…
「相談しようとはしましたよ? でもマスターが、忙しいから細かい事は落ち着いてからにしろと…」
ああ、言ったな…。確かに言った。
いや、でもマジで疲れていたんですよ。
精神的には俺、老人もいいところだからな…
「私はマスターに絶対服従ですので、そう言われてしまうと、どうしようもないんですよ…」
「ね、ねえ杉田さん? さっきからマスターって言ってるのは何? それに、今、絶対服従って言わなかった?」
麗美…、君、わかってやっていないかい?
ああ、なんだか女子の目が敵を見るような目つきから、ゴミやらゲスを見るような目つきに変わっているような…
「す、杉田さん、誤解をまねくから、その呼び方はやめようか?」
努めて笑顔を作っているが、若干引きつってしまっている。
それを見た麗美は、さすがに察したのかハッとしたような顔をする。
「誤解って…、何が誤解なの?」
委員長はそう質問しながらも、その表情や声色には既に侮蔑の感情が混じっていた。
まあ、普通ならそんな呼ばれ方してる時点でアウトだものな…
「いや、実は彼女とはテーブルトークRPGっていうゲームで遊んでいてね? ついつい熱が入って、時折ロールプレイの癖が抜けずにその時の役割でお互いを呼んでしまう事があるんだよ」
一般人にはテーブルトークRPGなんて何かわからないだろうが、ゲームだと言ってしまえば勝手に想像で補おうとするだろう。
テーブルトークRPGで役割を演じる事など当たり前の事だし、後ほどググられたとしても問題は無い筈。
「そ、そうです! プレイの時の癖が抜けなくて、つい…」
再びざわめく一同。
ご主人様プレイだってよとか、そんな如何わしいゲームを二人で…? とか。
あの、麗美…、もう喋らないでくれるかな…?
それから俺は必死に説明を繰り返したが、残念ながら完全に誤解を解消する事は出来なかった…




