過去からの邂逅と波乱の日々の幕開け
「………………はっ!? ここは!?」
跳び起きるように布団を跳ね上げる少年……、いや少女だったか。
「目、覚めたか? ここは、まあ……、ただの空き家だよ」
あの後、少女二人を担いだ俺は、先程少年達と戦った駐車場に放置されているお坊ちゃんを発見した。
既に他の者達は居なくなっているというのに放置されている辺り、どうやらこのお坊ちゃんに人望は無かったらしい。
目覚めていなかったのは、一重と違い加減の無い一撃を少女に食らった故だろうか。
兎も角、俺はまず坊ちゃんを叩き起こした。
可哀そうに、怯えきったお坊ちゃんに、俺は努めて笑顔で、優しく接してあげた。
そして、とりあえず休む場所を提供するようにお願いした所、この場所に案内されたのである。
ここが何のために用意された場所かを考えると反吐が出る思いだが、一応は未使用らしい。
比較的新しく、小奇麗な事からも、まあ信用して良いだろう。
出会いは最悪だったが、このお坊ちゃんは実に有用そうである。
将来的に良い仕事に就けるかもしれないし、可能な限り良い関係を築きたい所だ。
「マ、マスター!? さ、先程は失礼致しました! まさかマスターだとは思いもせず、数々の失言を! どうか! お許しを!」
俺の声に反応し振り返った少女は、再び跳び上がるとその勢いのまま土下座の姿勢に移行した。
フライング土下座……、人がやるのは初めて見たな……
「いや、構わないから土下座はやめてくれ。俺も気づかなかったとはいえ、結構危険な真似しちゃったし、それでチャラって事で」
先程俺が実行した技術である『呪詛返し』は、防御的な技術にも関わらず、非常に殺傷力が高い。
というのも、この技術は文字通り相手の呪詛――対象の身体や精神に影響を及ぼす呪術、を術者本人に返す技術なのだが、相手の呪詛を押し返すのにこちらの魔力を上乗せする関係上、効果を倍近くにして返してしまうのだ。
呪詛の程度にもよるが、身体能力低下程度の呪詛ですら、返されると重度の疲労困憊に陥るレベルだったりする。
呪詛の内容次第では、最悪死に至るケースも……
「いえ、呪詛返しなど基本的にされる方が間抜けなのです。マスターは何も悪くありません」
返される方が間抜け、とはよく魔術師同士の会話などで皮肉交じりに語られる決まり文句だ。
基本的に術を仕掛ける側は、自分も仕掛けられる覚悟を持つべきであり、当然自分はその対抗策を用意しておくべきなのだが、呪詛に関しては特に注意が必要だ。
何故ならば、呪詛返しは自身の術を介して行われる為、基本的に防ぐ事が出来ないからである。
返される可能性がある以上保険をかけるのは当然であり、より確実に呪詛を成立させる為に、対象の事を事前に調べておくことは必須条件と言ってもいい。
そして、もし対象に呪詛返しをされる可能性があると判断したのであれば、仕掛けること自体を取りやめるのが普通なのである。
つまり、呪詛返しをされるという事は、自らの調査不足、またはそれを見抜けぬ程の愚か者であると判断されてしまうのだ……
「まあ、迂闊だったのは確かだが、最低限相手の魔力量を確認していたワケだしな。この世界にはアミュレットみたいな物も存在していないようだし、油断するのも無理は無いだろう。……ただ、その、本当に大丈夫か? 正直切羽詰まってたから、細かな分析もせずに対象の書き換えしか出来なかったんだが……」
呪詛とは、言い換えれば対象に対して流し込む、強制力を伴った命令文のようなものである。
呪詛返しは、その命令文を読み取り、対象や効果の部分を書き換えて魔力で強引に押し返すのだが、先程の俺には既にその命令文を読み解く余裕は無く、対象の部分だけを書き換えて無理やり送り返したのだ。
もし込められていた呪詛が、精神破壊に繋がるようなものであった場合、この少女の精神は不味い事になっているかもしれない……
魔力の総量から考えれば、そこまで危険な呪詛では無いと思うのだが……
「その点は幸いでした。行った呪詛は私個人に対する服従の呪いです。呪詛返しによる効果が倍増している為、はっきり言って解呪は困難ですが、そもそも私はマスターに対して絶対服従なので、何も問題ありません」
………………大問題じゃないか。
頭痛くなってきたぞ……
「あ~っと、ラミア君、だったか? 確かに君は優秀な生徒だったし、色々アドバイスはしていたように思うんだが、そんな間柄ではなかったろう? 悪いんだけど、俺はあの頃魔術にしか興味なくてね……。正直、連結魔術式を見せられなければ、君の事だって思い出せなかったと思うぞ?」
俺は、彼女の事を熱心な研究生だなとくらいにしか思った事は無い筈だ。
そもそも俺は、学院の正規の教授というワケでは無かったしな……
上のジジイ共がやれやれと煩いので仕方なく講義を行う事はあったが、不定期の上あまり真面目にやっていたとも言えず、研究生の評判が良かったとも思えない。
「た、確かに私はマリアス様の正式な弟子ではありませんでしたが、私はいつも心の中でマスターと仰いでいました! あの頃の私にとって、マスターは神に等しい存在だったのです! 私だけではありません、他の研究生や教授の中にもそう思っている者達はそれなりにいた筈ですよ!」
そ、そうなのかー……
全然知らなかった……、ていうかちょっと怖いんだけど……
知らないところで、崇められていたとか聞かされても、正直ドン引きである。
……まあ、この事実をあの頃の俺が知らなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
あの頃の俺は人付き合いが非常に苦手だった為、そんな事実を知っていたらノイローゼで倒れていた可能性すらある……
ダンダンダンダーダダンダーダダン♪
と、内心で俺が苦笑いを浮かべていると、懐で着信音が鳴り響く。
ディスプレイを見てみると、げげ……、静子だ……
さっきまで電波妨害されていたからすっかり忘れてた……
「も、もしもし」
「ぇぐ……、し、師匠? 無事……なの?」
滅茶苦茶泣き声であった。
「あ、ああ、無事だよ」」
「よ、よがった……。電話、繋がらないし、っぐ、駐車場に行っても、誰も、いないし……」
あの駐車場に来ているのか……
あれ程現場には来るなと言っておいたのに……
いや、それは言うのは少し可哀そうか……
俺だって静子に連絡が取れなくなれば心配にもなる。
「……すまない。連絡が遅れた。今もそこにいるのか?」
「……はい」
ならばそれ程距離は離れていないな。
俺は場所の説明をして一旦通話を切る。
およそ200メートルくらいの距離だし、迷う事は無いだろう。
「話途中ですまんな。それで……、ってなんだその顔は?」
少女、ラミアはこちらを見ながら凄い顔をしていた。
俺の母が、父の下着にスーハ―スーハーしながらmellow、とか呟いているのを見てしまった一重もこんな顔をしていた気がする。
「マスター……、今、電話越しに、師匠、と聞こえた気がするのですが……」
「あ、ああ、どういうワケかいつの間にか師匠と慕われるようになってな……。一応同級生の筈なのに、何故こうなったのやら……」
静子には確かに魔術の手ほどきをしたが、それはあくまで友達に裏技を教えるような感覚であった。
それがいつの間にか師弟関係になっていたのである……
「そ、それを認めたというのですか!? あのマリアス室長が!? 大賢者なのに!? 人嫌いの偏屈者で有名だったのに!?」
さ、最後のはほとんど悪口じゃないだろうか……?
確かに、俺は偏屈者で人付き合い悪かったけどさ……
でも、別に人が嫌いだったワケじゃないんだぞ?
ただ、ちょっと付き合い方がわからなかっただけで……
「こ、こんな事は前代未聞です! かの世界の者達がこの事実を知ったら、世界を震撼させる大ニュースになっていましたよ!?」
「そ、そんな事は無いんじゃ……。別に弟子の受け入れ拒否していたワケじゃないし、大袈裟過ぎだと思うぞ?」
「な、なん……だと……? そ、それはもしかして、私が懇願していれば、弟子として受け入れたかもしれない……、と?」
「あ、ああ、君は優秀だったし、特に断る理由も無かったと思うぞ」
まあ、最終的に面倒になって断ったかもしれないが……
ペタン、と腰が抜けたように沈むラミア研究生。
興奮した様子だったので、意識でも失ったかと思い顔を伺おうとすると、グルンと音がしそうな勢いで顔が跳ね上がった。
そして天井を見上げ、両腕を広げる。
「ジィィィィィッーーーーザス!!!」
うお、び、びっくりした……
流石に声でか過ぎだろう……、鼓膜が破れるかと……
夜中といっても良い時間に、この音量は不味いだろと思ったが、幸い近くに民家は無いようだ。
まあ、そもそもこの部屋は防音が効いているらしいので音漏れの心配は無いようだが……
「マスター! で、では、私を弟子にして頂いても宜しいのですね!?」
「え……? いや、別に名乗るのは構わないけど、今の俺は君の言う所の総魔力5のゴミだぞ?」
「その節は大っ変っ失礼しました!!! ゴミなどととんでもない! 『転換の秘法』を体現するゴミなどあるはずもありません! 総魔力が例え5であろうとも、マスターが偉大である事に疑う余地などございません! だから……、その……是非、是非とも私めを貴方様の弟子に!!!!」
再び頭をシーツにこすりつけ、土下座の姿勢を取られる。
一日に二回も、それも少女に土下座されるてなんなのだろうか……
それに、いくら『転換の秘法』が使えると言っても、変換効率の関係で結局は前世程の魔術を行使できるワケではないのだ。
しかも生命を削る事から、最悪死ぬ可能性まであるという……
前世の世界であれば、間違いなく禁呪指定を受けるの代物と言えるだろう。
はっきり言って、この少女が師事するほどの価値は、今の俺に無いと思うが……
チラっと少女の顔を見る。
その目は期待に満ち溢れており、頬はヒクヒクと痙攣しているようであった。
(これ……、断ったらそのまま気絶、いやショック死してもおかしくないレベルだな……)
俺は諦めるように溜息をつく。
「ああ、OKだ。ただし、俺達は同じ年齢らしいから、普段は普通に接するんだぞ。いいな?」
「ハイィィィッ!!!! ありがたき幸せにございますぅぅっ!!!」
土下座の姿勢から、さらに沈み込むように突っ伏す少女。
ショック死こそしなかったが、興奮でなにやらヤバイ事になっている。
シーツが湿っている気がするのはアレだよな、興奮による発汗だよな。
まさか失禁なんて事は……
いや、これは深く考えては駄目そうだ……
バン!
俺が現実逃避をしていると、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「うぐ……、師ぃぃぃ匠ぅぅぅ……」
ああ……、また面倒なタイミングで……
時刻は既に0時を回ろうとしていた。
明日の授業はきっと眠くなるだろうなぁ……
◇
あれから約一週間が経過した。
あの後の事は正直思い出したくないレベルである。
ラミアは、今の名を杉田 麗美というらしい。
麗美は、静子を見るや否や一番弟子の座を譲らないかと交渉を開始。
しかし静子は人見知りな所があり、俺の背に隠れるように、縋りつくように、師匠師匠と泣きつく。
あまりの騒々しさに、寝付いていた一重が目覚め、先程まで敵対した麗美を確認すると威嚇を開始。
その中心にいる俺は、極限の疲労と現実逃避が功を奏したのか、途中から意識を失っていた。
意識を取り戻すと場は静まっており、凄くホッとした事が印象深く残っている。
なんでも、途中で白目を向いている俺に気付き、全員一丸となって介抱した事で落ち着きを取り戻したとか。
疲れた。本当に疲れた。体力的にも精神的にも。
俺には心と体の休養が必要であった。
だからこの一週間は正義部の活動もしていないし、麗美からの誘いも全て断った。連絡も極力無視した。
その甲斐もあり、俺は実に平和な日々を送っている。素晴らしい日々であった。
もう、いっそこのまま、平穏に過ごすのも良いでは無いか? と思うくらいに……
「おはよう諸君。本日は諸君らに転校生を紹介する。今日からクラスメートになる彼女を、どうか暖かく迎えてやって欲しい。では、入りたまえ」
「皆さま、おはようございます。本日よりこのクラスでお世話になります、杉田 麗美と申します。色々と至らない事もあるかと存じますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
お嬢様然とした彼女に対し、喝采を送るクラスメート達。
反比例するように沈み込む俺。
ああ、平穏など、所詮は夢に過ぎなかったな……
――――俺は今後予想される波乱万丈の日々に頭を抱えるしかなかった。




