俺は戦闘力5のおっさんと思われているようだ
「ふむ……、総魔力25ですか。中々の逸材ですね……。おっと、僕の名前は……、いいか。初めましてお嬢さん。ちょっとお話しをしませんか?」
いきなり表れた少年は、ニコニコ笑いながらそう切り出してきた。
この状況でその笑顔は、逆に警戒心を強めるだけだと思うのだが、わかってやっているのだろうか……?
一重も困惑しているようで、さっきからひっきりなしに俺と少年を交互に見ている。
「警戒させてしまったかな? 心配しなくても敵意はありませんよ。ただ、そろそろ彼らも復活しそうですし、少し場所を変えませんか?」
その問いに対し、どうする? と視線を投げてくる一重。
得体のしれない相手に迂闊に逆らうと危険だ。
俺は警戒しつつも一重に頷き返す。
「い、いいわよ。でも、良助も一緒じゃなきゃ駄目ね!」
「ふむ……。まあ僕としてはお嬢さんにしか用は無いんですが、心情的には仕方ないですかね……。いいですよ。では、付いてきて下さい」
そう言って、背を向けて歩き出す少年。
一見隙だらけだが、あれは恐らく逃がさない自信の表れだろう。
俺達は、罠などを十分に警戒しながらもそれに付いていく。
万が一に備え静子に連絡を取ろうと思ったが、繋がらない。
どうやら電波妨害までされているらしい。
(一重、気づいているかもしれないが、アイツ、魔力を使うぞ。十分に気を付けろ)
(わ、わかったわ)
一重も気づいていたようだが、動揺が隠せていない。
何しろ、俺や静子、研究所の人以外では初めて見る魔力使いなのだ。正直、動揺するのは無理もないと言える。
しかも、少年は一重を見て、総魔力25と言った。この数値は俺の想定値とほぼ一致している。
それはつまり、少年にはこちらの魔力を計るなんらかの術があるという事を意味している。
魔力の計測は研究所でも未完成の技術であり、機械的な測定は未だ実現していないというのに、だ。
……いや、絶対にそうだとは言い切れないが、少なくとも日本には存在していないだろう。
つまり、少年は科学的では無く、魔術的な技術で一重の魔力を計測したという事だ。
その事実は、俺達にとって不安要素でしかない。
天然の、所謂超能力者的な存在であればまだ良いのだが、術者の組織的なものが背後に存在していると非常に厄介である。
「さて、この辺でいいかな。一応、人避けはしてあるから心配はしないでいいですよ」
「そ、それで、一体何の用かしら?」
少しビビり気味の一重。
状況的には仕方が無いと言えるが、実は単純に初対面の人が苦手だからだったりする。
ああ、もちろん俺のせいです。はい。
「突然ですけど、お嬢さんには僕の協力者になって貰いたくて。ここ最近、あちこちの学校で魔力を持った人間が目立ち始めているって聞いた事ありませんか?」
……なんだそれは? 全然聞いた事無いぞ?
そもそも当たり前のように魔力という言葉を出したが、俺の知らないところで魔力ってポピュラーになっていたりするのか?
「聞いた事、無いわ?」
そんな自信無さそうにこっちを見ないでくれ、一重……
とりあえず首を横に振り、俺も知らないと主張する。
「そう? 地方掲示板のあんな情報に騙されちゃうくらいだから、てっきり見ているかと思っていたけれど……」
じょ、情報源の存在を知っているだと!?
も、もしかしてあれもポピュラーだったのか!?
「な、なんか驚いているみたいだけど、今時掲示板の利用なんて誰でも思いつきますからね?」
そ、そうだったのか……
どうやら生前からの閉鎖的な気質のせいで、視野が狭かったらしい。
いや、前世を知っているからこそ、あの情報の海の有用性に目が眩んでいたのかもしれないな……
「ま、まあいいや。それで、その魔力持ちを中心に勢力争いみたいなのが発生していましてね……。強い魔力持ちが、他地域を裏で支配するなんて事があちこちで起きているんですよ。知っての通り、魔力は悪用しようと思えばいくらでも悪用出来るので、結構えげつない事もやっているみたいでしてね……。噂が本当であれば、既に死人まで出ているらしくて、正直それなりに不味い状況なんです」
少年は芝居がかった仕草で、やれやれと首を振る。
「この地域はまだ手付かずですけど、最悪な事に厄介な連中の支配地域に挟まれていまして、いつ奴らの手が伸びてくるか分からないのです。片方から攻められるだけなら対処法は思いつくのですが、取り合いに巻き込まれたら目も当てられないでしょう? だから、その時に備えてお嬢さんには協力して貰いたいんですよね」
何それ怖っ! そ、そんな状況になっているのか……!?
それは最早ろくぶるすら超える面倒な状況である。
なにせ、うちの地域には四天王の一角がいるという事も無いワケで、純粋に被害地域になっているって事だろ?
まさか、植民地みたいな事になったりしないよな……
いや、待て。しかし、そんな魔力持ちの勢力争いになど、最初から関わらなければいいんじゃないか?
俺達はこんな活動こそしてこそいるが、不良でも何でもないし、一般人の枠に収まっていると言っていいだろう。
そんな状況になっていると分かれば、『正義部』の活動を控えたっていいわけだしな……
一重は納得しないだろうが、俺が譲らなきゃ渋々納得してくれる筈だ。
「言っておくけど、関わらないようにすれば問題無いなんて思わない方が良いですよ? アイツらは一般人に対しても、洗脳やレイプまがいの事を平気でやっているみたいですからね。お嬢さんのような綺麗な女の子は、真っ先に狙われると思いますよ?」
なんてこったい。それでは文字通り逃げ場が無いではないか。
というか、そいつらはどんだけゲスなんだ? あれか、暴走族とかよりも暴風族に近いのか?
俺の知らないところで、まさかそんなヤバい状況になっているとは……
「そんな事……、許さないわ!!」
そしてそれを聞いて、案の定闘志を燃やす一重。
これはいかん。このままヒートアップすれば一重は何を言い出すか分からない。ちょっと下がってもらおうか……
「あん!?」
一重を手で制し、下がらせる際に胸に触れてしまう。
失礼。ワザとでは無いんだ……
「協力って言っても具体的に何を望んでいるんだ?」
「そうだね……。まずは僕の言う通りに魔術を学んでもらう。それからウチの学校に転校してもらって……」
「待った! 転校?」
「うん。なるべく直近でね。やっぱり近くにいないと何かと不便ですし。個別に攻撃されても困りますからね」
合理的に考えればそうかもしれないが、はっきり言っていきなり転校させるとか、俺が言うのもなんだが常識無いんじゃないか?
そもそも俺も一重も1年生。入学して大して間もないこの時期に、いきなり転校なんてしたら何を噂されるか……
「無理に決まっているだろう」
「あ、貴方はどうでも良いので、そっちのお嬢さんだけでも。お金や手続きに関してはなんとかします」
「そういう問題じゃない! それに、ウチは中心高校だぞ? 一重じゃ編入試験も厳しいだろうし、学業に付いていけるとも思えない」
都立中央誠心高校、我が校ははっきり言って、地域の中でも最低クラスの偏差値を誇るお馬鹿学校である。
一重の頭では残念ながらココにしか入れなかったのだ……
ちなみに、俺も静子もそれに合わせて学校を選んだが、学力は上位だった為、教師には猛反対された。
「中心って……、あの……? ま、まあいいや。それも何とかします。とりあえず来週までに答えをだしてくれればいいので。はい、これ連絡先。紙で悪いけど、今は通信機能を使えなくしているから勘弁してね」
そう言って、俺を無視するように一重に紙を手渡そうとする少年。
しかし、一重はその手を払った。
「お断りするわ! 私は転校なんてする気は無いし、するにしても良助とじゃなきゃ絶対に行かない! それにさっきから貴方、良助に対して失礼よ! 凄く、腹立たしい……」
少年は振り払われた手を見て、ため息をつく。
「……悪いけど。協力してくれないなら、強制するしかないんですよね。出来れば催眠とかは使いたくなかったんだけどな……、仕方ないか」
急速に膨れ上がる不穏な気配に、一重を掴んで飛び退く。
「おや? いい、反応ですね。でも総魔力……、たったの5か……、やっぱりゴミじゃないですか。貴方は、やはりいらないですね」
一重の表情が強張る。
感知能力の低い一重も、ここまで威圧感があれば流石に察したらしい。
「りょー君! 下がって!」
瞬間的に身体強化を上乗せした一重の腕力に突き飛ばされる。
既に強化済みだった状態への上乗せになる為、かなりの力であり、俺は10メートル近く吹っ飛ぶ。
「ひーちゃん!」
「巻き込まないように彼氏を突き飛ばすとは、涙ぐましいですね……。けど、正直イラっとくるなぁ……。まあ、すぐに忘れて貰いますけどね」
ステッキを構える一重。
俺も体勢を立て直すが、戦力的に見れば一重の方が強いのは間違いない。
しかし、一重は放課後に3、先程の強化の上乗せを含め今夜だけで9も魔力を使っている。つまり、残りは13しかないのだ。
その状態で、この相手とまともに戦えるのかは、正直不安だ。
なにせ相手の総魔力は恐らくは……
「ほう、見た目に騙されましたが、しっかりとした魔杖のようですね? 面白い……。ですが、残念ながら私の総魔力は50、つまりお嬢さんの倍なのです。どこまでやれるか、見ものですねぇ?」
予想通りの数値に戦慄を覚える。
まずい。非常に、まずい……




